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Ⅰ章 ストランド村編

(2)試練の地・ヘルヘイム

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 ――た、と思った瞬間、俺の体はまばゆい光に包まれた。
 あぁ、これが本物の「死」なのか……。
 そう悟ったところ。

「グヒッ!」
 変な叫び声。オークのものだ。

 そして、すぐ後ろに迫っていたはずの足音がピタリと止まる。

 ……いや、もしかしたら、天国へ転送される最中なのかもしれない。
 その割に、草のチクチクが生々しいが。

 そう思いながら、恐る恐る顔を上げると、俺のすぐ頭上を何かが飛び越えた。

「…………!?」

 それは、西洋甲冑かっちゅうみたいな装備に赤いマントを着た男だった。

「オラアアアアア!!」
 と叫ぶと、両手に構えた聖剣――よく知らないが、そう呼ぶのが一番相応ふさわしいようなゴツい剣――を、オークの頭上めがけて振り下ろす。

「…………!」

 形容し難い音に続き、血飛沫。
 オークの巨体がゆらりと揺れて、草の上に倒れた。

 ……まじか。
 ドクドクと流れる血を眺めて呆然としていると、甲冑男が振り返る。
 そして、大きく手を振って声を上げた。

「ニーナ、村への土産を確保したぞ」

 俺は戸惑った。
 俺はニーナなんて名前じゃないし、そんな大声で言うほどの距離じゃない。
 ……それに、誰だ、こいつ?

 すると男も、いぶかしそうに眉をひそめた。
「誰だ? おまえ」

 それは俺が聞きたい。
 とはいうものの、返り血を浴びて血まみれの剣を持った大男に、舐めた口を利くような度胸は俺にはない。
 できるだけ丁寧な態度でビビりながら俺は答えた。

「あー、多分、転生者っス」
 
 転生者と名乗れば、この世界に詳しくなくてもおかしくないし、特別扱いしてくれるだろう。
 「転生者さま」と奉られて、可愛い女の子たちに頼りにされて……。

 しかし男は驚きもせず、
「ふーん」
 と言って、オークの解体を始めた。

 ……解体である。
 文章にするのを躊躇ちゅうちょするような工程で、オークが肉になっていく。

「…………」
 言葉も出せずに呆然とそれを見ていると、突然頭の上から声がした。

「あら、見かけない子ね」

 情けなくも、俺は「うわっ!」と飛び上がった。
 そして声の方に顔を向ける。

 ――そこで、俺は心の中でガッツポーズをした。

 ヒロイン登場!
 まさに、そう形容したくなる美女が、俺を覗き込んでいたのだ。

「転生者だとよ。新入りだろ」
 作業をしながら男が言った。すると美女はニコリとして俺の顔を見た。

新入りさん? でも、良かったわね、オークに食べられなくて」

 ……随分と物騒な話だ。
 だがそれよりも、俺には気になる事があった。

「……?」
「あー、来たばかりじゃ分からないわよね」

 美女は手を伸ばして草っ原を示す。
 そして、こう言った。

「ここはね、なのよ」


   ____________
    【        ||
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 美女はニーナと名乗った。
 甲冑男と一緒に、この世界で旅をしてるらしい。

 年齢は二十代前半くらい。
 緩やかにウェーブするブロンドの長髪に、翼を象った髪飾りを付けている。
 襟元の詰まったローブの胸元に十字のペンダントが揺れるところは、聖職者のようだ。
 スリットの入った裾からはスレンダーな脚が覗いて、クシュッとしたブーツを履いているところが何とも可愛い。

 ……だが、ニーナが甲冑男を「夫」と紹介したものだから、百年の恋は一瞬で醒めた。

 甲冑男の名はバルサ。

 歳はニーナより少し上か。
 西洋甲冑と言っても、プレートアーマーみたいにゴツいやつではなく、体にフィットした、言うならば、RPGの勇者が装備してそうなやつだ。
 シックスパックの腹筋が甲冑の隙間から見えていて、日焼けした肌と合わせてたくましさが半端ない。
 それが、逆立った黒髪と赤いマントをなびかせて草原を闊歩かっぽする様は、悔しいがカッコいい。

「君の名前は?」

 ニーナに聞かれ、俺は少し迷った後、こう答えた。

神代かみしろ、ヘヴン――ッ!」

 右手で顔を覆い、足を軽く広げる。そして身を捻りながら左手を頭上に掲げる。

 ――自作小説の主人公の決めポーズである。
 本名のダサさに自覚があるから、せっかくの異世界、好きな名前でいこうと思ったのだが……。

 二人は振り返りキョトンとした。そして、
「名前が長いな。ヘヴンでいいだろ」
 とバルサが言うと、再び歩きだす。
「……はい」
 俺は大人しくついて行くしかなかった。

 彼らは、とある村を起点に、あちこち旅をしているようだ。
 一人でこの世界の攻略はかなり危険だから、とりあえずその村に案内してくれるらしい。

 ――ニーナの話では、ここは、「ヘルヘイム」。
 「現世に強い執着を持って死んだ者が、再び生き返るための試練を受けるための世界」という。

 だから、この世界の人間は、全員転生者、という訳だ。
 ……俺は、何の特別感もない存在だった。

「この世界にポンと放り出されて、いきなりオークに襲われて試練終了、って人も多いから、君は運が良かったよ」

 オークの肉を入れた皮袋を、三人で手分けして担ぐ。
 もちろん、あの巨体を全部持ち帰るわけではない。モモやロース、ヒレなんかの、肉として食べやすい部分を切り分けたものだ。
 ……この世界でオークは、豚の扱いのようだ。

 それにしても、この二人がたまたま通りかからなかったら。
 ニーナが光の玉を飛ばしてオークの目眩めくらましをしてなかったら。
 バルサが一撃でオークを仕留めるほどの剛腕じゃなかったら。
 今頃、俺は……。

 と思い至り、俺はニーナに聞いた。
「……試練終了、って?」

 ニーナはニコリと答えた。

「死ぬ、って事ね」
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