百合御殿ノ三姉妹

山岸マロニィ

文字の大きさ
上 下
20 / 69
【参】巡ル探偵

しおりを挟む
 不知火松子が帰った後、入れ替わりにやって来たのは、サチコとヨシコだった。
「もうお昼過ぎたから、賄いですいませんけどお召し上がりください、だって」
 サチコが置いたお膳には、山盛りの握り飯が置かれていた。繁忙を極める時期の旅館なら、こんなものだろう。
「お昼まで気を使って貰って、申し訳ないわ」
「あたしらもおにぎりを作って貰ったんだ」
 そう言って二人は、小皿に置かれた握り飯を持って腰を下ろした。
「好きなところで食べてらっしゃいって言われたから、顔のいいおじさんと食べてもいいでしょ」
「いいよね、顔のいいおじさん」
 桜子が横目で零を見る。
「顔のいいおじさんって、何?」
「さあ……」
 零は首筋をゴシゴシと擦りながら、握り飯に手を伸ばした。
「あなたたちも、今晩のお祭りに出るのよね」
「村の子供はみんな、子供神楽に出るんだよ」
「二時に集合だから、あたしたち、忙しいの」
 ネーと、二人は顔を見合わせた。
「練習は、どこでしてたの?」
「学校だよ。講堂でやるの」
「学校が終わってから、五時くらいまで。四月から、学校がある日は毎日だよ」
「それは大変ですね」
「面白いから大丈夫」
 ネーと再び、二人は顔を見合わせた。
「……それでさ、さっき、顔のいいおじさんが来たから、ひいひい爺ちゃんに追い出されて、まるいやに行ったんだけど」
と、ヨシコが桜子に目を向けた。
「お客さんいたから、多摩荘に来たの」
「あら、お邪魔しちゃったわね」
「その時に、聞いちゃったんだ」
 そう言うと、ヨシコは声を低くした。
「お姉さん、変なおじさんの話してたでしょ?」
「変なおじさん?」
「顔のいいおじさんじゃないよ、変なおじさん」
 桜子は思い返し、ハッと手を打った。そして、零にも分かるように、先程まるいやの店主・丸井セツに聞いた話を繰り返した。
「その、山高帽に口髭の、痩せた男がどうかしたの?」
 すると二人は、モジモジと顔を見合わせてから、こう言った。
「あたしたちも、変なおじさんに声を掛けられたんだよ」
「……それはいつですか?」
 犬神零は、年端もいかない子供に対しても敬語を使う。この時も、探偵として聞き取り調査をする格好で、サチコとヨシコに問いかけた。
「うーん、今月のはじめかな?」
「水泳訓練が始まった頃だったから、七月に入ってからだよ」
 ……すると、その男、何度も村へ出入りしていた事になる。
「お神楽の練習が終わってね、ヨシコちゃんと一緒に、水川銀座に向かってた時」
「建物の影に隠れて、ちょっと来いって言うの」
「でも、お母ちゃんに、知らない人について行っちゃダメって言われてるから、二人で逃げたんだよ」
「晴れてるのに、レインコートを着てるし、絶対変だと思ったもん」
「偉いわ、二人とも」
「でもね、あたしたちの他にも、別の日に、声を掛けられた子が何人もいるの」
「中にはついて行って、色々と聞かれた子もいたんだよ」
「どんな事を聞かれたのか、ご存知ですか?」
「なんか、陣屋様のところに悪い噂はないか、って」
「陣屋様の、悪い噂……?」
「怖いし変な質問だから、知らないって、その子、逃げたみたい」
「そう、なんですね……」
 その時、学校のチャイムが鳴った。サチコとヨシコは慌てた様子で顔を見合わせた。
「集合時間だ!」
「急がなきゃ!」
 そう言って二人は握り飯を口に放り込み、皿を持って立ち上がった。そして、部屋を出ようとしたところで足を止め、零と桜子を振り返った。
「お神楽、見に来てくれるよね」
「ヨシコちゃんとこは、お母ちゃんとお父ちゃんと、ひいひい爺ちゃんに新造兄ちゃんまで来るけど、うちは旅館が忙しいから、お父ちゃんしか来れないんだよ」
 それを聞き、桜子は満面の笑みで答えた。
「もちろん、見に行くわ。楽しみにしてるから、頑張ってらっしゃい」
「絶対だよ、顔のいいおじさんと……」
 二人はクスクスと顔を見合わせた。
「綺麗なお姉さん!」
 声を合わせてそう言うと、ケラケラと笑い声を廊下に響かせながら走って行った。
「……綺麗な、お姉さん」
 零は静かに茶を飲む。
「…………」
 桜子は、不知火松子に対面した時よりも、顔を赤くしていた。



 昼食を済ませた零と桜子は、再び村に出た。
 橋を渡り、向かった先は、駐在所だった。
 木造二階建ての、他の商店と変わらない佇まいである。硝子戸の隣に、「青梅警察署管轄 水川駐在所」という看板が掛かっているから、辛うじて判別できる。
 中の事務机で遅い昼食を取っていた若い警官は、硝子戸から覗く奇妙な二人組を見ると、ガラッと戸を開けた。
「……貴様ら、近頃村を騒がせている変質者だな!」
「違いますよ。こういう者です」
 犬神零は名刺を差し出した。しかし、『私立探偵』という文字は、この警官を信用させるものではなかった。
「言い訳無用! 話を聞く。入れ」
 零としても、この巡査と話をしたかった訳で、断る理由はなく、事務机の前の椅子に腰を下ろした。桜子も、少し離れた場所に置いてある木箱を引き寄せ、並んで座った。
 慌てて弁当箱を片付けるこの巡査こそ、新造と勝太兄弟が言っていた、小木曽である。まだ新入りと見え、官帽の被り方が板についていない。
 小木曽はだが、得意気に引き出しから白紙の調書を引っ張り出し、机に置いた。
「この村には何をしに来た?」
「来住野竹子さんと梅子さんのご依頼で、天狗の調査に」
 来住野という名を聞いた途端、小木曽の態度が変わった。ゴホンと咳払いした後、恐る恐るという体で顔を上げた。
「……それは、本当か?」
「どうぞ、そこの電話でご確認ください」
「…………」
 小木曽は無言で調書を片付けた。
「先程のお話ですと、やはり、変質者の話はお聞き及びですか」
「ああ。先月末から今月初めにかけて、何度か村で目撃されている。しかし、興信所を名乗り、妙な質問をする以外に被害はないため、警察としては、見回りを強化する以外は動いていない」
「なるほど。という事は、その変質者の素性はお分かりになっていないと」
「そうだ」
「では……」
 それから零は、おもむろに腕を組んだ。
「――十年前に現れたとされる、天狗の面を被った変質者については?」
 小木曽はギョッとしたように零を見た。
「そこまで調べているのか」
「これでも探偵ですから」
 小木曽は、奥の棚に並んだ書類を探り、黒い表紙で閉じた一冊を取り出した。
「……本官が赴任する前の事件だが、前任者から引き継いでいる。――明治四十年から四十四年にかけて、天狗の面を被った男に、村の子供が襲われている。被害届が出ているものだけで、年に三、四件、四年で十五件。ただし、事が事だけに、被害届が出されていないもの、被害者の子供が被害を訴えられていないものもあると考えられる。実際は、その何倍かの被害が出ているだろうと、前任者は言っていた」
 冊子をペラペラとめくっていた小木曽は、やおら手を止め零を睨んだ。
「貴様が調べに来た天狗というのは、これの事か。ならば、捜査情報を明かす事はできん!」
「いや、我々の調査対象は、月原洞窟の天狗伝説ですから。――ところで巡査殿は、竹子さんと梅子さんに関する村の状況を、どうお考えです?」
「我々警察は、民事不介入が原則だ」
「しかし、これからそれが原因で事件が起きるかもしれないとなると、どうされますか?」
 小木曽は驚いた顔を零に向けた。単純そうなこの巡査、裏側で蠢いている、村の様々な思惑にまでは気付いていない様子だ。
「今晩と明日の祭りには、本官をはじめ、青梅署の応援も加えて、厳重な警備を敷く。それ以上の事は、警察としてはできない」
「事件が起きなければ動けない、という奴ですな」
 零の言い方が気に入らなかったのか、小木曽は顔をしかめた。
「そこは貴様の仕事だろう。どうせ大金で雇われてるんだろ」
 公職の薄給と待遇の悪さは……と、小木曽は愚痴った。
「しかし、あなたには、私にはない力があります。――組織力です」
 零は真剣な眼差しを小木曽に向ける。
「私の調査によると、この二日間の祭りの間に、最悪、死者が出る可能性があるのです」
 何の証拠もないため、水川夢子の名は出せない。しかし、十二分にも警戒をしなければならないのは、松子の話の通りである。
 相手はどこから、どんな手を使ってくるか分からない。事件を防ぐためには、零ひとりの力では足りない。そのため、警察の協力を仰ぎに来た、という訳だ。
 零の真剣さに、小木曽はゴクリと唾を飲んだ。
「何かあってからでは遅いのです。何とか、お力添えを頂けませんか?」
「……分かった。青梅署に増援の依頼をする」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】共生

ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。 ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。 隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...