百合御殿ノ三姉妹

山岸マロニィ

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【参】巡ル探偵

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 結局、桜子はワンピースを三枚買った。東京にはない品で、とても気に入ったのは事実だが、情報料というのもある。
 それらと濡れたワンピースを包んだ風呂敷を、荷物持ちよろしく持った新造と勝太が案内したのは、西集落の月原山道である。
「あれは確か、七夕の日だったよな」
 新造は弟を振り返った。
「そうだよ。学校で七夕飾りを飾るからって、竹を持ってったもんな」
「そうそう、その帰りだから、十時くらいだったかな。――ちょうどこの辺りに来た時、向こうから……」



「……祟りじゃ……祟りが起きるぞ……」
 それは、余りに異様な姿だった。ボロボロの着物を纏い、布袋竹の杖に寄り掛かるように腰を曲げ、月原山道を北の方から下ってくる。
「あな恐ろしや……この村は終わりじゃ……あな恐ろしや……」
 真っ白な白髪を振り乱し、ボソボソと呟きながら歩く異様さに、農作業をしていた人々は皆手を止め、そちらに目を向けた。
 これは良くない。新造は思った。若い衆頭として、この老婆を黙らせなければならないと。
「天狗の祟りじゃ……双子が、十五になってしまう……あぁ……恐ろしい事じゃ……」
 なおも老婆は呟き続ける。新造は決意した。
「勝太、駐在所に行け。小木曽さんを呼んで来い」
 小木曽とは、駐在所のお巡りである。勝太は心配そうに兄を見た後、橋へ向かい走って行った。
 新造は前を向き、長靴の靴音高く、老婆に向かって歩きだした。
 近くで見る老婆は、二重ふたえに腰を曲げているせいもあるが、酷く小さく見えた。彼女の行く手を遮る形で立ち、新造は声を張り上げた。
「婆さん、何者じゃ?」
 すると老婆は、蛇のように頭をもたげた。じろりと睨み上げるその目が、死んだ魚のように濁っていて、新造はヒイッと声を上げかけた。
「私ャ、天狗様の使いにごぜェます。……あの娘たちが十五になれば、祟りが起きますだ……なんという事じゃ……あな恐ろしや……」
 くしゃくしゃに丸めた藁半紙のような、皺だらけの口元を動かして、老婆は答えた。
「祟り? 何のことじゃ」
 虚勢を張って嘲笑して見せたが、新造の心の内は恐怖でいっぱいだった。少し隙を見せたら、足が勝手に逃げ出すに違いない、そう思った。
 だが老婆は嘲笑を許さなかった。見た目からは想像もつかない素早い動きで杖を振り、新造の鼻先にピタリ止めた。
 そして、大きく目を見開いて新造の顔を凝視しながら、音割れしたレコードのようなかすれ声で呻いた。
「覚えておらぬか、あの災いを。語り継いでおらぬか、あの悲劇を。……この村は終わりじゃ。……恐ろしや……あな恐ろしや……」



「――それで、老婆はどうしたのですか?」
 急に声がして、桜子はヒッと声を上げた。
「……なんだ、びっくりした。あなただったの」
 振り返ると、犬神零が笑っている。
「はい。今、長老のところでお話を伺いまして。東集落に向かおうと、月原参道を歩いて来たら、何か話されていたので、気になりましてね。……それより、桜子さん、服をどうされたんですか?」
「え、あ、いや、……す、素敵だったから、買ったのよ。ねぇ?」
「そ、そう、じゃ……」
「あ、こちらが、まるいやの新造さんと勝太さん。……この人がね、えっと……」
「犬神零です。こちらの桜子さんの連れです」
 新造は目を丸くして、妖怪でも見るような顔で零を見ている。……身なりから、そんな目を向けられる事にも、彼は慣れていた。ニコリと愛想笑いを返し、零は続けた。
「すいません、お邪魔でしたね。しかし、話が耳に入ってしまいまして。……その、天狗の使いという老婆は、その後、どうしたんですか?」
「消えたんだよ」
 答えたのは勝太だ。
「ちょうどそこ、小屋があるだろ? あそこに来た時、煙みたいに消えたんだよ」

 四人は勝太が示した場所へ向かった。そこは、月原山道を少し畦道に入ったところだった。畦道の脇に、ポツンと小屋が建っている。
「見た人は何人くらいいますか?」
「兄ちゃんと、そこら辺の田んぼにいた人が、十人くらいいたかな。あとは、僕と、小木曽さん」
「小木曽さんとは?」
「そこの駐在所のお巡りさんだよ」
 零は小屋の前に立って周囲を見渡した。見晴らしの良い田んぼ道である。……この小屋以外。
 零は舐めるように小屋を見回した。大小様々な板を隙間だらけに張った壁と、錆びたトタンの屋根。入口は観音開きの扉になっており、南京錠で閉じてあった。
「これは何のための小屋ですか?」
「リヤカーがしまってあるんじゃ。リヤカーを持ってる家ばかりじゃないからな、誰でも使えるように、ここに置いてるんじゃ」
「鍵はなぜ?」
「前、一回盗まれたんだよ。だから、鍵を付けたんだよ」
「鍵はどなたが管理されているんですか?」
「前は、うちのひいひい爺ちゃんが持ってたけど、一回失くしてな。それからは、善浄寺に預けてあるんじゃ」
「随分遠くないですか?」
「留守がちな家だと、使いたい時に困るから、絶対家に誰かがいるとなると、うちか善浄寺くらいなんだよ」
「それに、田植えと刈り入れン時くらいしか使わないんじゃ。でも、ないと不便なんじゃ」
「なるほど。……それで、老婆が消えた時には、鍵は掛かっていたんですか?」
「それは確かだよ。小木曽さんと一緒に確かめたから」
「中は見ましたか?」
「一応見ておこうと、俺が鍵を、善浄寺まで取りに行ったんじゃ。もちろん、中には誰もおらなんだけどな。小木曽さんも一緒に見たから、間違いない」
 零は睨むように鍵を眺めていたが、そのうちニヤリと顎を撫でた。
「中を見てみたいですね」

 ところが、それは事件の終盤までお預けになってしまった。
 その時、月原山道をドタドタと走ってくる姿が現れたのだ。
「い、犬神さん! こんなところにおいででしたか!」
 多摩荘の又吉朝夫である。大した距離ではないのだが、丸い腹をゆさゆさと揺らし、息も絶え絶えである。
「い、急いで、お部屋に戻って」
「何かあったんですか?」
 すると朝夫は目を見開いてこう言った。
「ま、松子さん。……不知火松子さんが、お部屋で、お待ちです!」



 まるいやの兄弟と別れ、慌てて多摩荘に戻る。
 夜の祭りの見物客だろう、続々と人が暖簾を潜りやって来る。若女将の史津は、てんてこ舞いの忙しさだ。
「あ、顔のいいおじさん!」
「顔のいいおじさん!」
 サチコとヨシコが、帳場であやとりをして遊んでいた。それに苦い笑いを向けて、零と桜子は部屋に戻った。

 障子を開けた途端、神々しいばかりの気配を感じ、零も桜子も足を止めた。
 ――その気配の元は、部屋の隅で正座していた。そして、二人の姿を認めると、三指をついて頭を下げた。
「急にお邪魔をいたしまして、申し訳ございません。――私、不知火松子と申します」
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