元禄大正怪盗伝

山岸マロニィ

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Ⅱ.クニツクリの涙

(22)終ワリ良ケレバ

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 ……その日の昼。
 博物館へ付き添っていたタマヨたち親衛隊は、仮眠を取った後、朝食代わりの昼食を食堂で取っていた。

 口数は少ない。
 ヒカルコの心痛を思うと、一蓮托生である彼女らは、とても楽しく食事をする気分になれないのだ。

 黙々と食事を済ませ、ヒカルコの様子を見に行こうと立ち上がった時。

「おはようございまーす。サーセン、寝坊しましたー」
 と入ってきたのがトウヤだったから、四人は目を丸くした。

 しばらく、無言で向き合う。

「…………え?」
 ようやく声を出したのはタマヨだ。
「え、エンドー様、あの……生きてます?」
「………あ…………えっ?」
「えっ?」

 ◇

 ヒカルコと向き合うアフタヌーンティー。
 昨晩の出来事を聞かされても、トウヤはピンとこなかった。
「もしかしたら、記憶喪失かしら?」
「いや、君の言う通りだとしたら、手がくっ付いてる説明がつかない事になるな……」

 それから、潜在魔力の数値。
 トウヤが目を覚ましたと聞いたワカバヤシ執事が慌ててやって来て、測定器を彼の手に当てたのだ。
 その数値を見て、彼は目を丸くした。
「戻っています……基準内に、戻っています。信じられません……」

 ――テラダだ。トウヤはその時確信した。
 あの野郎、俺に恩を押し売りに来たのだろう。
 一体何を企んでるか分からない……。

 そう考えながらミルクティーを口にすると、ヒカルコはクスッと笑った。
「それにしても、タマヨの慌てようったらなかったわ。トウヤが食堂に来たけど、もしかしたら幽霊かもしれないって」
「君はどうだったの?」
 すると、ヒカルコはぷいと横を向く。
「全然、心配なんてしなかったわ。だって私、信じてたもの。あなたなら必ず戻ってくるって――約束は忘れないって、あなた、言ってたでしょ?」

 その横顔に浮かべた微笑みが眩しくて、トウヤはずっと見ていたいと思った。


 ――午前中、博物館では軍による現場検証があったようだ。
 ヒカルコが公爵伝てに聞いたところによると、オニマル、ツルマルの二体のアンドロイドは、粉々に砕け散って構造すら分からない状態だったらしい。
 おまけに、二振りの魔刀も高熱と衝撃で折れ曲がり、無惨な有様だったとか。
 それだけならともかく、現場検証の最中に、その魔刀の残骸が紛失するという事件があったのだ。しかし、軍の不祥事の慣例通り、それはうやむやにされるだろう。

 結局、あの機械人形は何だったのかすら分からずじまいになると、トウヤは確信していた。
 二十二世紀のオーパーツが、解明されるはずがない。
 この先、怪盗ジュークの魔法が作り出した何かだとか、妙な尾ひれが付いて終わるのだろう。


「それにしても、良かったわ。天竜の涙を含めて、展示されていた魔法石は全部無事だったのよ。もし何かあれば、お父様の責任問題になりそうだったから……ただし」
 と、彼女は意味深な笑顔を見せた。
「一部の魔法石がね、偽物にすり替えられていたらしいのよ。それも、軍所有の土属性のものばかり」
「…………」
「ねえ、やっぱり本当に怪盗ジュークは来たんじゃないかしら」
「さあ、どうかな……」
「ひと目見たかったわ。どんな人なのかしら、怪盗ジュークって」

 ……目の前にいるけどな。
 トウヤは心の中で呟いた。

 ◇

 その夜。
 リュウに詳しい話を聞いたトウヤは、本当に死にかけていたのを知って青くなった。
 ヒカルコは無理をしていたのだろう、終始笑顔で取り繕っていたから。

 その上、テラダの魔法がなかったら、たとえ生きていたところで義眼の修理ができずに、実質、死を迎える状況だった。
 義顔、それにピアスまで故障前に戻されたのは幸運というより他にない。
 よくよく考えると、大変な事態に陥ったものだと今さらながら肝が冷える――不本意だが、テラダに心から感謝しなければならない。

 だが……と、トウヤは自室のベッドで、リュウが壁に投影する図面を眺めて頭を抱えていた。
「自分でやったとはいえ、折り畳みドローンとレーザーカッターが粉々になったのはキツいな……」

 ドーム屋根に置いてあった道具類は、全てバラバラになって瓦礫と共に吹き飛んだのだ。
 ……だから実のところ、アンドロイドのものと思われる破片の中には、怪盗道具の破片も少なからず混じっている。

「特に、このレーザーの出力を上げるシステムに苦労した気がするんだよな……」
 とはいえ、こうして図面をリュウの中に残してあるから、前よりは楽にできるだろうが。

 すると、リュウがこちらに顔を向ける。
「道具はまた作ればいいでアリマス。聡明叡知そうめいえいちのワガハイが無事だった事は喜ばないでアリマスか」
 今日はやたら居丈高いたけだかに絡んでくる。昨日の大活躍で天狗になっているようだ。

 とはいえ、確かにリュウの言う通りだ。
 他の道具など何とでもなるが、リュウが壊れたら……と考えると背筋が寒くなる。

 特別製のウロコが彼を守ったのもあるが、爆風の向きを計算して、的確に逃げたのだ。
 ……いや、彼が意識を失ったトウヤの脳波を操作して、トウヤごと避難させた、と言った方が正しい。
 リュウの機転がなかったら、トウヤ今、ここにはいない。

 しばらく、リュウに頭が上がらないだろう。

「それにしても、おまえ、あの状況で生き残れると思ってたのか?」
「当然でアリマス。怪盗は相棒を信じるでアリマス。ワガハイの相棒はあの程度では死なないでアリマス」

 苦笑しながら、リュウのしなやかな体を両手でそっと掴んで仰向けになり、顔の前にもってくる。
 短い手足をブランとさせて、緑色のヤモリはトウヤを見下ろしている。
 
 リュウの相棒になって、三年。
 色々な経験をしてきたが、今では体の一部に等しい。
 師匠ほどではないにしろ、彼が「相棒」だと認めてくれたのは、純粋に嬉しい。

「ありがとうリュウ~おまえは俺の最高の相棒だよ~」
 トウヤが頬ずりしてやると、リュウもご満悦だ。
「金平糖の倍増しで許すでアリマス」

 ……と、顔を横に向けた時、ベッドの脇に立て掛けられた、もう一振りの相棒がトウヤの目に入った。
 魔刀一文字は、あの惨劇の中でも無事だった。水属性のため、水蒸気爆発のダメージを受けなかったようだ。
 軍の現場検証が入る前、天竜の涙と共に、ノノミヤ公爵がコッソリと回収したのだ。これも、不幸中の幸いのひとつだろう。

「とはいえ、道具だけでなく衣装も全部吹っ飛んだでアリマス。これからどうするでアリマスか?」
 クリンとした目が首を傾げる。
 滑らかな背中を指先で撫でてやりながら、トウヤは答えた。
「怪盗はやめねえよ。約束だからな、ヒカルコさんのお母上との――それに、怪盗がいなくなったらテラダがガッカリするだろ。怪盗を続けてやるのも、あいつへの恩返しなんだよ」
「奴は怪盗をキタナラシク殺したいでアリマス。なのになぜ、怪盗がいなくなるとガッカリするでアリマスか?」

 どうやら、テラダがトウヤに魔法を掛けた瞬間を見ていたらしい。本人が知ったら発狂モノだろう。
 武士の情け、それは本人に知らせないでやろうと思いつつ、トウヤはリュウを見上げて笑ってみせた。
「そういうモノなんだよ」

 するとリュウは目をぱちくりとさせた。
「ニンゲンとは、分からないものでアリマス」
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