元禄大正怪盗伝

山岸マロニィ

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Ⅱ.クニツクリの涙

(21)後悔

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 翌朝、ノノミヤ公爵邸の使用人部屋。
 ヒカルコは呆然と、ベッドに横たわる人物を眺めていた。


 ――昨夜、彼女がタマヨたちに、展示室へ連れ戻された直後だった。
 激しい爆発音と揺れで、博物館のエントランス部分が崩壊した。

 しかし、被害は最小限に食い止められた――密偵団のクスダによる、決死の救助要請で駆け付けた彼女の父が、建物にバリアを張ったためだ。
 水のバリアは周辺に瓦礫が飛び散るのを防いだだけでなく、内部にあったものをある程度は保護をした。天竜の涙にも、他の展示物にも被害はなかった。

 ……けれど、爆風をまともに浴びたトウヤが無事であるはずがなかった。

 ヒカルコが蘇生し、公爵自らが治療に当たる。
 しかし、全身に受けた火傷の完治は難しいらしい。

「魔法杖とは、術者の魔力を効率良く魔法石に伝える他にも、術者を魔法から守る役割もあるのだ」
 公爵は娘に説明した。
「戦杖ともなれば、攻撃魔法と同時に、術者を守る防御魔法も展開される。だから、レプリカなどで大魔法を放てば、魔法の反動をまともに受けてしまうのだ――」


 全身に包帯を巻かれた姿は、ピクリとも動かない。
 更には、落雷を受け動かなくなった右手は壊死のため切断され、分厚く布が巻かれている。
 
 それでも、体の形が残っていただけ幸運な状況だった。魔法発動の反動で、運良く展示台の裏に転がり落ちて、爆風の直撃を免れたのだ。

 とはいえ、それが彼の人生にとっての幸運なのかは分からない。
 ――もうひとつ、ヒカルコの心を塞がせているのが、ワカバヤシ主任執事の言葉。

 トウヤが魔法を使ったと聞いた彼が、潜在魔力値を測ったところ……
「基準値の、五倍に増しております」
 と青ざめた。
「弱い魔法から順に習うのは、体が魔力に適応するために必須の手順なのです。いきなり大魔法を、しかも天竜の涙のような強力な魔法石で放ったとなれば……」
 ワカバヤシは沈痛な面持ちで彼女に告げた。
「急激に上昇した魔力に耐えられずに、脳が損傷を負った可能性があります」

 ――二度と目覚めないかもしれない。
 その宣告は、彼女を絶望の淵に突き落とすのに十分すぎるものだった。

 今、ヒカルコの中にあるのは、悲しみよりも後悔――あれだけ違和感があったのに、止められなかった自分に対しての絶望だ。

 結局、嘘も誤魔化しも見抜けずに、一方的に守られただけ。
 それが悔しくてたまらないのだ。

 枯れ果てたと思っていた涙が、再び頬を伝う。
「…………バカ」
 ヒカルコは呟いた。

 ◇

 ――泣き疲れて眠ってしまったヒカルコを、タマヨが寝室へ運んで行った後。
 日常を始めた使用人区画に人影はない。

 その隙を伺うように、一人の人物が使用人部屋へ踏み入れた。
 そして、ベッドに眠るトウヤを見て下卑げびた笑みを見せる。

 彼は手にした手杖を伸ばし、こう言った。
「俺は貴様を許さない――怪盗ジューク」

 その人物――テラダは、血走った目でトウヤを見下ろす。

 顛末てんまつをノノミヤ公爵に報告した帰りなのだが、彼はどうしようもなく苛立っていた。
 そのため、復讐を果たそうとここにやって来たのだ。

 眠るトウヤに、テラダは告げる。
「俺は執念深いタチでね、目的のためなら手段は選ばない。今なら逃げられる事もなく、貴様を自由にできる」

 テラダはベッドを回り込み、ベッドの上に何かを置いた。
「俺は気に入らないのだ……貴様が英雄のまま死ぬのが」
 杖の先端をトントンと指で叩きながら、テラダは部屋を行き来する。
「気持ちいいだろうなぁ、みんなに尊敬されて死ぬのは。この先永遠に語り継がれるのだ。命を懸けて天竜の涙、そしてヒカルコお嬢様を守った英雄だと。とんでもない勝ち逃げだ――それが気に入らない!」

 と、彼はベッドに詰め寄った。
「怪盗のクセに、こんな死に方があるか? 悪党らしく、蔑まれながら汚らしくくたばるのが筋だろうが。なんで俺より活躍してんだコノヤロウ」
 テラダの恨み言は止まらない。
「だから、今、貴様を死なせる訳にはいかねえんだよ! 何が『死ぬなよ』だ! カッコいい事抜かしてんじゃねーぞクソ野郎。絶ッッ対に尻尾をとっ捕まえて、公爵様に突き出してやる! 貴様の本性をお嬢様に知っていただかなければ、本当に最悪の事態になるからな……うっ、想像しただけで寒気がする」

 テラダはそう言うと、思い出したようにポケットを探った。
「フン、こんなモンじゃ、何の証拠にもならねえ。せいぜい踊れ、俺が尻尾を捕まえるまでな!」
 と、彼は黒い仮面をトウヤの顔の上に落とす。

「これだけは言っておく。俺は純粋に、ヒカルコお嬢様の幸せを願っているのだ。け、決して、下心などない! あの御方は聖女様だ。絶対不可侵の聖域なんだよ。だからこそだ。今度こそ確実に、貴様を悪行を公爵に突き付けなきゃならねえ――だが、その前に」

 と、テラダはトウヤに杖を向けた。
「貴様の中の、大活躍した記憶を消し去ってやる! いいか、勘違いするな。これは貴様を助けるんじゃない。俺の気を晴らすために、貴様の記憶を消してやるのだ。何もかも忘れたアホ面で過ごすがいいわコンチクショー! 十二時間だ……いや、十二時間と五分だ。俺の寿命を貸してやる。本当は一日一回しか使えないんだがな、明日の分を前借りしてやるのだ! 借りはその首で返せ! この貸しは一生忘れねえからな!」

 そう言いながら、ベッドに置いたモノ――切断された手を腕の先に並べる。
「あのヤブ医者、こんなモンに金を取りやがった! 俺の手取りが半分になったじゃねえか! クソだ! 貴様はクソだ! 絶ッッ対に許さねえ!」
 と、思い付く限りの罵詈雑言を並べ立ててからテラダは叫んだ。

「――至劫逆空ウウウーッ!!」
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