元禄大正怪盗伝

山岸マロニィ

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Ⅱ.クニツクリの涙

(16) 偽物ノ価値

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 モチベーションを保つ上での補助魔法的な役割をするもののうち、「希望」が最高のバフならば、「絶望」は最悪のデバフである。

「どうしたんだ? 壊せたんじゃないのか?」
 詳しい事情を理解できるはずもないテラダがトウヤに目を向ける。
 しかし、彼は返事ができない。

 トウヤの動揺が伝わってしまえば、人々から覇気が消えるのを止めようがない。
 二歩、三歩と後退し、アンドロイドたちから距離を取る。

 二体の殺人マシンは、天竜の涙が置かれた展示ケースに歩を進める。
 それを守るヒカルコと親衛隊の前に立ち、だがトウヤは愕然として動けなかった。

「……と、とにかく足止めだ! 」
 テラダの合図で幾人かが氷の鎖を放つが、排除対象に視線を据える彼女らを止めるには至らない。
「チクショウ! 何とかならねえのか!」
 と、テラダが二体の前に躍り出た。
 すると、氷の破片を蹴散らしながら、鬼丸国綱が彼に飛びかかった。

「あのバカ……」
 杖一本で敵う相手じゃない――! と、ようやく我に返ったトウヤは、再び「猫の目」を起動し前に飛ぶ。
 テラダを蹴倒し一文字で斬撃を受けると、彼の足元でテラダがうめいた。
「礼のつもりなら、もう少し加減をしろ!」
「あんたにだけは感謝の言葉を言う気はないね」
 トウヤはそう言いながら凶刃を払い除ける。そして、ポケットの中のものをテラダに投げた。
「これを持って逃げろ」

 キラキラと輝く青い雫――天竜の涙、の偽物である。

 本来なら、今回の「作戦」で使う予定だったものだ。
 こんなものをコッソリ作っていたと知られるのはマズいため、あまり出したくはなかったが、こうなっては仕方がない。

 ――どちらが本物か分からない状況を作り出して注意を逸らす。
 この二体を二手に分けられれば、まだ希望はあるかもしれない。咄嗟にそう考えたのだ。

 慌ててそれを受け止めたテラダは、ギョッとした目でトウヤを見る。
「き、貴様、まさか……!」
「いいから逃げろ! これだけは、絶対に渡す訳にはいかないんだ」
 再び襲う一撃を受け流し、トウヤはテラダに目配せする。生真面目な彼なら、後生大事に扱うはずだ。

 この偽物を、だと勘違いしてくれる人物――怪盗ジュークの正体を知っているテラダにしか、この役はできない。

 案の定、彼は後生大事に懐にしまい込み、襟元を押さえて後退あとずさった。
 トウヤはテラダの退路を確保する位置で一文字を構える――さあ来い!

 ……ところが。
 オニマルはテラダに全く注視しない。真っ直ぐにトウヤに向かって刃を踊らせてきた。

 ――これはどういう事だ?
 一撃をかわしながらトウヤは考える。

 とにかく、アンドロイドは「偽物を偽物と見抜いた」と考えるべきだろう。テラダの芝居がヘタだった訳ではない。彼はあれを本物だと心から信じて行動をしたのだから。

 ならば、何で見分けたのか。
 偽物の材質はガラス。とはいえ、宝飾品に使われる上質なものだ。色艶共にそっくりなものを選んだ。
 それを、リュウが映像解析した設計図通りにトウヤが加工した。コンマミリ単位で再現したから、見た目で判断する事は素人には困難なはず。

 となると、考えられるのは……。
「――魔力、か……」
 あの紫の目は、恐らくトウヤの義眼と同じもの。
 そこに、魔力を感知する機能を付けておけば、真贋しんがんの判断は簡単にできる……いや、それどころか、遠く地上から「雷神の牙」を見付け出す程度の高精度と思っておいた方がいい。

 ――なるほど。だから、先程からトウヤを「排除対象」と認識して追ってくるのかもしれない。
 その場にいる者のうち、最も潜在魔力が高いものを真っ先に倒すとプログラムされていると考えれば不思議はない。

 ……と、そこである事に気付き、彼の心臓は凍り付く。
 もし、彼が倒されれば、次に彼女らが狙うのは、ヒカルコという事になる。

 辛うじてツルマルの方は、タチバナを中心に氷魔法で足止めができているが、自由の身となったオニマルを壊す手段は、トウヤにはもうない。

 更なる絶望的な状況に、トウヤは考える――足止めできているうちに、退避を考えるべきだ。
 彼女には悪いが、今、彼女に命を懸けさせる訳にはいかない。
 ノノミヤ公爵、そして魔刀一文字に誓ったのだから。

「ヒカルコさん。君はその魔法石を持って逃げろ」
 トウヤが目を向けると、彼女は大きく息を呑んだ。

「正直、これを壊す手段は俺にはもうない。可能性に賭けるなら、ここに閉じ込めて、建物ごと爆破する」
「どうやって?」
「俺が引き付けているうちに、みんな逃げろ。後は何とかする」
「そんなの嫌。私はここに残るわ」
「君が逃げなければ、ここにいるみんなも逃げられないだろ」

 彼は振り返り、ヒカルコに笑顔を向ける。
「大丈夫、俺は殿しんがりを引き受けるだけだ」
 すると、彼女は呟いた。
「……嘘」
「…………」

「光属性の会得者は、人の嘘を見抜いてしまう呪いを受けるの」

「――――!」
「あなたが死ぬ気なら、私は蘇生役としてここに残らなければならない。それが光属性の役割だから」
「それはダメだ! 俺は代わりが効く。けれど、君の代わりは他にいない!」
「それも嘘よ。私にとって、トウヤの代わりは他にいないって知ってるクセに」

 すると、そこにタチバナが口を挟んだ。
「仲睦まじいところ申し訳ないのだが、工作員として魔法機関を停止させる方法を伝えておきたい」
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