元禄大正怪盗伝

山岸マロニィ

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Ⅱ.クニツクリの涙

(10)開幕式ノ惨事

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 魔法石展の開幕式の朝は、早番の警備員が詰所に駆け込んできた事に始まった。

「――た、大変です! 怪盗ジュークの、予告状が――!!」

 その報は真っ先にノノミヤ公爵邸へ伝えられ、今日から常駐する予定の衛兵たちの出番を早める事となった。
 もちろん、ノノミヤ公爵も娘のヒカルコも大慌てで身支度をする羽目になる。

 のんびり朝食ミーティングに参加していたトウヤも、当然呼び出された。

 パンをかじりながら馬車に乗る。
 その横で、キッチリと身だしなみを整えたヒカルコは、興奮しながらまくし立てた。
「本物よ……本物の予告状よ! あの怪盗が、私の誘いに乗ってきたのよ! ……やだ、胸がドキドキする。なんだろうこの気持ち。一方通行のつもりで憧れのスターに出したファンレターに、まさかのデートのお誘いのお返事が来た感覚がこんな感じ? ――ッて、何言ってるのかしら私」

 トウヤは苦笑するしかない。
 しかしヒカルコの興奮は収まらない。

「昨日からドキドキして、夜も眠れなかったわ。女の勘かしら、来るなら初日だと思って、夜明け前から準備してたの」
「どうせ、奴が来るのは夜だろ? そんなんで持つのか?」
「大丈夫よ、怪盗ジュークに会えるんだもの……それとね、彼を迎えるためにもうひとつ、用意したものがあるの」
「何?」
 するとヒカルコはニコリと微笑む。

「――飛行船」

「…………」
「空からね、サーチライトで照らすの。これで、怪盗ジュークがどこからやって来ても死角はナシよ」

 愛想笑いを返しながら、トウヤは内心で青くなった――ドーム屋根に怪盗道具一式と、念の為に魔刀一文字も置いてあるのだ。
 もちろん、天窓から覗いて見えるような位置ではない。ドーム屋根は人が歩ける場所ではないため、確認するにしても死角ができる。そこに隠したのだが……。
 飛行船で見られたら丸見えである。

「……いつ、飛行船は来るのかな?」
「まず、開幕式を盛り上げるために紙吹雪を撒きに来る予定よ。あとは予告状の時刻に合わせて、というところね」

 トウヤは絶望した。

 ◇

 正面玄関から博物館に入る。会場前のエントランスでは、正装をした館長が待ちかねていた。
「公爵様、天竜の涙の展示を延期なさっては」
 と、彼がノノミヤ公爵に示した予告状には、新聞の切り抜き文字が並んでいた。


 ――今宵零時、天竜ノ涙ヲ頂キニ参上スル――


「怪盗ジュークが狙うのは今晩です。ですので……今日の展示はレプリカとし、本物の展示は明日からとされては?」

 そう耳打ちする館長に、だがノノミヤ公爵は首を横に振った。
「それは困った。すでに持ってきてしまったのだよ」
 と、彼は上着のポケットから青い石を取り出す。

 周囲がどよめき一歩退がる。
「こ、公爵様、これは――!」
「ご覧の通り、天竜の涙だよ」
「何と――!」
「何を驚いているのかね? 今朝持ってくると約束をしてあったから、持ってきただけだが?」
 公爵はハハハと笑う。
「大仰に構えた方が目立つからね。私が持つのが一番安全だ。私は常に皆に守られているのだから」
 と、公爵は周囲を見渡した。確かに、武装した衛兵たちが彼を囲み、少し離れてタチバナ率いる密偵団もいる。

 それからノノミヤ公爵は、エントランスを抜けて階段に向かって歩きだす。
「こちらから挑戦状を叩き付けておいて、偽物を展示するのは礼儀に背く。正々堂々、受けて立とうではないか」

 ◇

 開幕式は盛大に行われた。
 正面玄関前の広場で、館長の挨拶に続き、ノノミヤ公爵の祝辞。その後、飛行船を迎える予定だ。
 「五貴石」が人々の前に姿を見せるのは二十年ぶりとあり、大勢の人々が魔法石展に押し掛けていた……もちろん、怪盗ジュークの予告状の件が号外新聞で知らされたのもある。

 来賓席で歓声と向き合うヒカルコを、トウヤは柱の影から眺めていた。
 一応、一張羅いっちょうらの三つ揃いで来てはいるが、彼はあの場に立つ立場ではない。あくまで使用人だし……正直、それどころじゃない。

 目立たないようにコッソリとその場を離れ、トウヤは無人の渡り廊下を進む。
 アレを隠すなら、人々の意識が正面玄関に集まり、なおかつ飛行船がまだ到着する前の、今しかないのだ。

 すると、声を掛けられた。
「エンドー探偵殿、どこに行かれるのかな?」
 ……ねちっこい言い方は顔を見ないでも分かる。テラダだ。
 トウヤは足を止め天井を仰いだ。
「特別展示室の見張りじゃないのか?」
「そのつもりだったが、貴様がウロウロしているのならば、片時も貴様から目を離さない方がいいのでな、交代した」
「…………」

 テラダは彼の背後に近付き囁く。
「今度こそ、貴様の尻尾を捕まえてやる。首を洗っておけ――怪盗ジューク!」

 ――詰んだ。
 トウヤは癖髪をモシャモシャと掻き上げる。
 そして振り返った。

「頼む! ここだけは見逃してくれないか? 何でも言う事を聞くから! この通り!」
 手を合わせて拝み倒すが、テラダは折れない。
「聞こえねえなあ! まあ、貴様が正体を白状するなら、聞いてやらんワケじゃねえがな」

 ……トウヤは諦めて、渡り廊下を進みだす。
 テラダは付かず離れず、一定の距離を置いてついて来る。

 だが彼には、まだ最後の手段が残っていた……あまり大袈裟にしたくはなかったのだが、こうなっては仕方がない。
 無言のまま、脳波ピアスを通してリュウに連絡を取る。
『事情は分かるな?』
『ドローンの上でスタンバイ済みでアリマス』
 ……さすが相棒、頼りになる事この上ない。

 そこでトウヤは、ぐるりと博物館内を一周し、これ見よがしに正面玄関に戻った。
 式典は来賓の挨拶が終わり、飛行船の登場を今かと待ちかねているところだ。

 トウヤは何食わぬ顔をしてヒカルコの横に立つ……ここが一番疑いを持たれない場所だから。
「そろそろ来るのか?」
「そのはずよ……ほら!」

 彼女が指した先。
 青空の彼方に白い機影が見えてきた。
「ヒノモトで開発された初めての飛行船よ。まだ試作段階なんだけど、博士に頼んでみたら快く引き受けてくれたわ」

 この辺りの歴史も、トウヤの知っているものとは少し違う。彼がかつて住んでいた世界より、飛行船の開発は十年ほど遅れているようだ。

 しかし、陽光を反射して白銀に輝く、空飛ぶクジラのような巨体は、見るものをワクワクさせるものた。トウヤも観衆と同じ心持ちで空を眺める……これを今から破壊するのは、いささか心が痛い。

 だが、もうリュウに通信は届かない。
 義眼をズームにしてようやく分かる、巨体の手前にある白い点……光学迷彩を施したドローンだ。
 当然、この世界にあり得ないモノだから、誰も気付いてすらいない。

 徐々に近付いてくる飛行船に、観衆のボルテージは上がる。
 ……と、ドローンから発射された光が飛行船の気嚢きのうを撃ち抜いた。
 搭載しているレーザー砲だ。ドローンの出力が弱いため何発も撃てないし、目眩し程度の威力しかない。

 とはいえ、気嚢に穴を穿うがつには足りたようだ。
 間もなく飛行船の挙動がおかしくなる。

「どうしたのかしら?」
 心配そうに見守るヒカルコの視線の先で、急転回をした巨体の高度が徐々に下がっていく。
 そして、機影が建物の影に隠れたところで水柱が上がった……方角的に、スミダ川にでも落ちたのだろう。
 観衆は悲鳴と恐慌で大混乱に陥った。

「た、た、大変!」
 大慌てのヒカルコが誰かに指示を出している横で、トウヤは目を細める……炎上はしてないし、あれだけ高度を落としていたから、死んではいないはず……。

 ――全部テラダのせいだ。

 そのテラダは愕然とした表情で、煙る水柱とトウヤの姿を見比べていた――彼がこの事件に関わったとは、この時代では想像にすら及ばないだろう。

 そんな彼に近付き、
「俺は何もしてないぞ」
 と念押しすると、テラダは歯をギリギリと鳴らしながら彼を睨んだ。
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