元禄大正怪盗伝

山岸マロニィ

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Ⅱ.クニツクリの涙

(9)宣戦布告

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 その夜。
 トウヤが書斎を訪れると、この部屋の主は柔和な笑顔で彼をソファーに招いた。

「娘から色々と聞いている。君の機転に助けられているようだね、感謝するよ」
「いえ、こちらこそ、お嬢様の真っ直ぐさにいつも勇気をいただいております」
「いやはや、ものは言いようだな……さて」

 と、ノノミヤ公爵は本棚に立て掛けられたものを運んできた。
「君に渡したいお礼の品というのは、これなのだがね」

 彼が差し出すそれを見て、トウヤは思わず叫んだ。
「いいいい一文字!?」

 ――まさしく、魔刀一文字。
 黒の漆に銀の装飾金具を施した鞘は、一度見たら二度と忘れられないシブさである。

「先日これを見た時に、君が気に入ったようだったからね。良かったら使ってくれないか?」
「そ、そんな、滅相めっそうもない」
「そう言わず、受け取ってくれたまえ」

 公爵は彼に鞘を押し付けようとするが、さすがにこれは受け取れない――盗むつもりだったのに渡されるのは想定外すぎて、さすがの怪盗も面食らうしかない。

 トウヤは両手を挙げる。
「このような大層なものをいただくほどの事はしておりません。どうかお納めください」
「それはできない相談だ。これでも私は公爵で内務大臣。引くに引けない立場なのだよ」
「いやいやいやいや」

 首をブンブンと横に振り続けるトウヤを見て、公爵は破顔する。
「実を言うとだね、私昔、こっそりと剣術を習っていたのだよ。しかし、全く上達しなくてね」
「…………」
「二、三日前、君が庭で木刀を振るっているのを見て、その太刀筋の見事さに感服したのだ」
「み、見ておられたのですか……」

 宝物庫でこの名刀を見てから、久しぶりに剣を振ってみたくなり、そこらへんの木の棒で格好だけやってみたのだ。
 それをまさか、見られていたとは……。

「お恥ずかしい限りです」
「そんな事はない――あれだけの腕のある君が持った方が、この刀も幸せだろう。この名刀を、ずっと金庫で眠らせておくのが忍びなかったのだ。どうか、受け取って欲しい」
 公爵はトウヤの右手を取り鞘を持たせる。

「――そして、娘を守って欲しい」

 正面から彼を見つめる公爵の顔は、すでに笑っていなかった。
「近衛兵団が出張ってきたという事は、イザナヒコに何か思惑があるという事。我々の想定を超える事態となるかもしれない」
 言いながら、公爵はトウヤの左手も鞘に導く。
「もしそうだとすれば、どれだけ備えても足らないだろう。とはいえ、私が表立って動く事はできない……今はまだ、その時ではないからな。ならばせめて、娘の近くにいる君に、君にふさわしい武器を持っていてもらいたい」

 公爵の手が鞘から離れる。
 トウヤはただじっと、公爵の顔を見返す。

「この刀に込められた魔力は、水属性。天竜の涙と同じものだ。魔法を発動する事はできないが、攻撃の際に水属性の効果が付与される。ワカバヤシから聞いている。君は優れた潜在魔力の持ち主だ。君ならこの魔刀の持つ力を、余すところなく発揮できるだろう」
「…………」
「もちろん、君が魔法を使えないのは承知の上だ。だが、魔刀の力は攻撃魔法とは別物でね。属性効果の付加でしかないから、君の潜在魔力を積算させるようなものではない。だが、付与される効果は潜在魔力に左右される。分かるかね? 君ほど魔刀を使うのに向いた人物はいないのだよ」

 トウヤの手の中で、魔刀一文字はずっしりと重い。その重さには、公爵の娘への思いも含まれている。

 ――これを受け取らずに、「覚悟」などと生易しく口にする事はできない。
 トウヤはそう思った。

「公爵様。確かにお預かりいたします。この一文字に誓い、全ての敵からお嬢様をお守りいたします――お嬢様のお心をわずらわす者は、全て敵に回す覚悟です」

 彼なりの決意表明だ。
 この魔刀を持った以上、もう二度と理不尽から逃げない――たとえ、相手がイザナヒコであろうとも。

 公爵は静かに微笑んだ。
「いい目をしている。私に正義を教えてくれた、あの子供たちのようだ」

 ◇

 その深夜。
 トウヤは星明かりが照らす建物の屋根に立ち、広場の向こうの帝都博物館を眺めていた。
 館内の照明は落とされ、辺りに人気ひとけはない。嵐の前の静けさ、といったところだろう。

 向かい風が漆黒のフロックコートを揺らす。その胸ポケットからリュウが顔を出した。
「明日やるでアリマスか」
「あぁ。あまり待たせるのも悪いからな」
 と、彼は背負った鞘から刀身を抜く。

 ――魔刀一文字。

 これから相棒となる刀を星明かりに晒す。すると刀身に集まった光が刃先に流れ、まるで流星のような輝きを放った。

 この魔刀は、使う事で生きる――ノノミヤ公爵はそうも言っていた。
「君がこの刀を生かしてくれる事を願う」

 ……つまりは、敵はこの刃で薙ぎ払えという意味だ――紳士ヅラして、とんでもない悪党だ。

 トウヤはニッと歯を見せる。
「俺はこの時を待っていたんだ。これから存分に暴れようぜ、相棒」

 それから刀を収め、トウヤは目を閉じた。
 明日やるべき動きを、現地を見ながらシュミレーションするつもりでここに来たのだ。

 ――怪盗ジュークが天竜の涙を盗み、エンドー・トウヤが取り返す。
 これが彼の筋書きだ。

 怪盗ジュークの存在をより世間に広め、その上でノノミヤ公爵の名誉も守る。
 そのために、緻密な作戦を練った。
 隙を見計らい、変装道具や怪盗道具を博物館内の各所に配置済みだ。当日の動きはリュウも把握している。
 あとは、大きな誤算が生じないように祈りつつ、臨機応変に対処できるよう幾通りもの可能性を頭に叩き込んでインプットしておく。

 一通り確認したところで、トウヤはゆっくりと目を開いた。
「久しぶりの大仕事だ。かなり忙しい動きになるが、リュウ、ついてきてくれよ」
「モチのロンでアリマス。けれど、この作戦はトウヤが少しも得をしないでアリマス。失敗ナシの怪盗ジュークに黒星が付くでアリマスよ」
「なに、負けてはいないさ……もう報酬は頂戴してる」

 と、彼はポケットからいくつかの魔法石を取り出した。全て茶色の土属性だ。
「ヒカルコさんと館内見物をしてる時に、いくつか偽物と交換しておいた」

 軍が抱え込んでる土属性は、こんな時でもなければお目にかかれない――それに、最も使ってはならない魔法石だ。

 トウヤはそれらをポケットに戻すと、黒のマスクで目を覆いトップハットを被った。
 怪盗ジュークはアメジスト色の瞳で、中央のドーム屋根に据えられた大時計を睨む。

「挑戦状には予告状をお返しするのが、怪盗としての礼儀だからな」

 黒い革手袋をした指が動くと、湧き出るように、人差し指と中指の間に白い封書が現れた。
 その途端。

 ……ボーン……ボーン……

 大時計の鐘が、日付が変わった事を告げだした。
 それと同時に、ジュークは指先で封書を弾く。

 宙に舞った封書は、風を受けて舞い上がる。そしてくるんと向きを変え、一直線に博物館の正面玄関へと落ちていく。

 それが入口を閉ざす鉄柵の隙間に挟まった頃には、すでに怪盗ジュークの姿は消えていた。
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