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Ⅱ.クニツクリの涙
(8)閉ジヨ、ゴマ
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その日、トウヤはヒカルコに連れられて帝都博物館に来ていた。
警備体制の最終確認である。
魔法石展は明日から一週間。
魔人にとっての一大イベントとあり、展示の最終チェックをする学芸員たちの動きにも熱が入る。
三階の特別展示室を見る前に、ヒカルコに誘われ館内を見て回る。
大小さまざまな魔法石の数々、そして杖や魔具が展示され、魔法の歴史と解説が添えられていた。
しかし、やはり展示の目玉は天竜の涙のようで、五貴石に関する展示が多かった。中でも、五貴石それぞれの専用戦杖の実寸大レプリカは、精巧な造りで迫力がある。
天竜の涙用の戦杖は、水飛沫が渦を巻くような複雑な形状をしていた。
「これが、あのお屋敷にあるの?」
トウヤが聞いてみると、ヒカルコは事もなげに答えた。
「あるわよ。長すぎて金庫にも入らないし、クローゼットに立て掛けてあるわ。どうせ、これだけでは突っかい棒にしかならない役立たずだから」
……そんな扱いでいいのか。トウヤは苦笑した。
それから三階に向かう。
エントランスホールと同じ広さの、ワンフロア一室だけの特別展示室。
天窓から明かりを透かした、ガランとした空間の奥にポツンと置かれた展示ケースが異彩を放っている。
そこでは各所に人が集まり、例の装置の最終チェックをしていた。
「魔法お願いしまーす」
作業着の男に声を掛けられ、その場にいたテラダが杖を振る。
「閉じよ、ゴマ!」
すると、階段の出口に当たる場所に、ドーム天井から落ちる形で壁が出現する。その時間、コンマ五秒……とても逃げ込む余地はなさそうだ。
「……って、なんであいつが!?」
トウヤは慌てて人影に身を隠す――彼の正体を知る唯一の人物、要するに、天敵だからだ。
すると、ヒカルコが不思議そうな顔を彼に向けた。
「ダンスホールでお世話になった方よ、お忘れになって? お父様のお知り合いみたいで、最近、傭兵団を作られたんですって。衛兵の経験もおありで、魔法の実力はあの通り。ね、今回の任務を依頼するのに最適じゃない?」
……ヒカルコの意見には完全に同意だ。
同意なのだが、最悪だ!
――と、そのテラダがこちらにやって来た。見えないように顔を逸らすが、見逃してはくれない。
「おやおや、これは怪盗ジュークを捕らえるために雇われたという探偵殿ですか」
嫌味ったらしい事この上ない口調でテラダがそう言うと、ヒカルコがにこやかに返事をした。
「こちら、エンドー・トウヤさん。今回の作戦にご助言をくださったの」
「え、エンドーです……」
仕方なく、トウヤはペコリと頭を下げる。
「テラダと申します。かつてタジミ公爵家で衛兵長をしておりました。よろしくお願いいたします」
握手を求めてきたテラダの手に恐る恐る手を置くと、全力でグリグリと握ってくる。
「痛ィ……」
「必ず怪盗ジュークを捕まえましょう、探偵殿ッ!」
ようやく解放され、トウヤは手をブンブン振る。
するとテラダは、周囲にいる一同に向かって、これみよがしに声を上げた。
「いいか、この壁、もしくは天窓を閉める呪文は『閉じよ、ゴマ』だ! 開くための呪文はない。タイミングを間違えるな、いいか!」
「「はっ!!」」
警備員の格好をした男たちが一斉に敬礼をする――怪盗にしてやられた経験を持つ者たちだ。面構えが違う。
それからヒカルコは、天竜の涙が展示されるケースに彼を招いた。
空のガラスケースの前で彼女は説明する。
「ここに入れて展示されるの。魔法で硬度を強化した特別製だから、全属性に耐性付きな上、ハンマーで叩いても割れないわ」
と、ヒカルコは展示ケースに杖を振る。
「閉じよ、ゴマ!」
――するといきなり、天井から檻が落ちてきたからたまらない。
ガシャン、と重い音を立てて二人を閉じ込めた鉄冊は頑丈で、押しても引いてもビクともしない。
「こんな装置も付けてみたのだけれど、どうかしら?」
「こ、これは凄いね……」
と、トウヤは冷や汗を拭う。
これだけの警備がある上は、準備段階で交換するのもアリかと、記憶とリュウの撮影した画像を元に偽物を用意していたのだが、現物はギリギリまで展示室へ持ち込まれないようだ。この手も使えない。
それから特別展示室を出て、警備員の配置を確認して回っているところで、正面玄関の辺りが騒がしくなった。
「どうなさったの?」
とヒカルコが顔を出す。
すると、正門を見張る警備員が困った顔を向けた。
「帝城の近衛兵団が応援にと」
すると、団長と思われる金ピカの肩章の男が前に出た。
「これ以上五貴石に何かあれば、ヒノモトの権威は失墜する。貴殿らがこのような騒動を起こした事に、神帝イザナヒコ陛下はお心をお痛めである。しかし、民の楽しみである魔法石展を中止する事はお望みではない。そこで我々をお遣わしあそばされたのだ。道を開けたまえ」
――嫌な予感がする。
トウヤの直感が警鐘を鳴らす。
これは怪盗としての直感ではない――探偵としてのものだ。
しかし、断る事は不可能だ。断る事は、すなわちイザナヒコの意思に反する事。
断れば、ただでは済まない。
ヒカルコも厳しい表情をしていた。厳選した警備員以外を入れれば、メリットよりもリスクが増えると、彼女も考えているのだろう。
トウヤはこの場を乗り切る方策を考える。
だが、何の立場もない、ましてや表向きはミソギである彼に取れる手段などなかった。
……と、その時。
「おやおや、近衛兵団のお出ましとは、一体何事ですかな」
と現れたのは、ノノミヤ公爵である。
さすがの近衛兵たちも、華族の頂点に君臨するこの紳士には道を開けた。
「お父様、どうなさいましたの?」
ヒカルコが進み出ると、公爵は穏やかに微笑んだ。
「出品者は一日早く見物に来ても良いと言われたのでね、魔法石展の見物に来たのだ」
「ノノミヤ公爵閣下、我々はイザナヒコ陛下より……」
団長が言いかけた時、
「おや?」
と、公爵は首を傾げた。
「もしや、この度の警備の責任者として、ここにおいでくださったのですか」
そう言って、公爵は豪快に笑う。
「さすがイザナヒコ陛下、あなた様のように優秀なご忠臣を責任者としてお送りくださるとは。そのお心のご寛大さにこの愚臣、心より感服いたしました。さあ、どうぞお入りくださいませ。警備体制の見直しをいたしますので、なにとぞご指示を」
固まったのは団長である。責任を負わされてはたまらないと思っているのが、手に取るように分かる顔付きだ。
さすがノノミヤ公爵と、トウヤはほくそ笑んだ。
しばらく考えた後、彼はこう宣った。
「内部の警備は貴殿にお任せする。我々近衛兵団は博物館の周囲を巡回する事とする」
……彼らが去った後。
「お父様、さすがだわ」
と、ヒカルコが公爵の肩に肩を当てた。
「惚れ直しちゃった」
「おいおい、おまえがそう言う相手は私ではないだろう」
と、公爵はトウヤを見る。
「こんなじゃじゃ馬に付き合ってもらっている君に、ひとつお礼をしたい。今晩、書斎に来てもらえないだろうか?」
警備体制の最終確認である。
魔法石展は明日から一週間。
魔人にとっての一大イベントとあり、展示の最終チェックをする学芸員たちの動きにも熱が入る。
三階の特別展示室を見る前に、ヒカルコに誘われ館内を見て回る。
大小さまざまな魔法石の数々、そして杖や魔具が展示され、魔法の歴史と解説が添えられていた。
しかし、やはり展示の目玉は天竜の涙のようで、五貴石に関する展示が多かった。中でも、五貴石それぞれの専用戦杖の実寸大レプリカは、精巧な造りで迫力がある。
天竜の涙用の戦杖は、水飛沫が渦を巻くような複雑な形状をしていた。
「これが、あのお屋敷にあるの?」
トウヤが聞いてみると、ヒカルコは事もなげに答えた。
「あるわよ。長すぎて金庫にも入らないし、クローゼットに立て掛けてあるわ。どうせ、これだけでは突っかい棒にしかならない役立たずだから」
……そんな扱いでいいのか。トウヤは苦笑した。
それから三階に向かう。
エントランスホールと同じ広さの、ワンフロア一室だけの特別展示室。
天窓から明かりを透かした、ガランとした空間の奥にポツンと置かれた展示ケースが異彩を放っている。
そこでは各所に人が集まり、例の装置の最終チェックをしていた。
「魔法お願いしまーす」
作業着の男に声を掛けられ、その場にいたテラダが杖を振る。
「閉じよ、ゴマ!」
すると、階段の出口に当たる場所に、ドーム天井から落ちる形で壁が出現する。その時間、コンマ五秒……とても逃げ込む余地はなさそうだ。
「……って、なんであいつが!?」
トウヤは慌てて人影に身を隠す――彼の正体を知る唯一の人物、要するに、天敵だからだ。
すると、ヒカルコが不思議そうな顔を彼に向けた。
「ダンスホールでお世話になった方よ、お忘れになって? お父様のお知り合いみたいで、最近、傭兵団を作られたんですって。衛兵の経験もおありで、魔法の実力はあの通り。ね、今回の任務を依頼するのに最適じゃない?」
……ヒカルコの意見には完全に同意だ。
同意なのだが、最悪だ!
――と、そのテラダがこちらにやって来た。見えないように顔を逸らすが、見逃してはくれない。
「おやおや、これは怪盗ジュークを捕らえるために雇われたという探偵殿ですか」
嫌味ったらしい事この上ない口調でテラダがそう言うと、ヒカルコがにこやかに返事をした。
「こちら、エンドー・トウヤさん。今回の作戦にご助言をくださったの」
「え、エンドーです……」
仕方なく、トウヤはペコリと頭を下げる。
「テラダと申します。かつてタジミ公爵家で衛兵長をしておりました。よろしくお願いいたします」
握手を求めてきたテラダの手に恐る恐る手を置くと、全力でグリグリと握ってくる。
「痛ィ……」
「必ず怪盗ジュークを捕まえましょう、探偵殿ッ!」
ようやく解放され、トウヤは手をブンブン振る。
するとテラダは、周囲にいる一同に向かって、これみよがしに声を上げた。
「いいか、この壁、もしくは天窓を閉める呪文は『閉じよ、ゴマ』だ! 開くための呪文はない。タイミングを間違えるな、いいか!」
「「はっ!!」」
警備員の格好をした男たちが一斉に敬礼をする――怪盗にしてやられた経験を持つ者たちだ。面構えが違う。
それからヒカルコは、天竜の涙が展示されるケースに彼を招いた。
空のガラスケースの前で彼女は説明する。
「ここに入れて展示されるの。魔法で硬度を強化した特別製だから、全属性に耐性付きな上、ハンマーで叩いても割れないわ」
と、ヒカルコは展示ケースに杖を振る。
「閉じよ、ゴマ!」
――するといきなり、天井から檻が落ちてきたからたまらない。
ガシャン、と重い音を立てて二人を閉じ込めた鉄冊は頑丈で、押しても引いてもビクともしない。
「こんな装置も付けてみたのだけれど、どうかしら?」
「こ、これは凄いね……」
と、トウヤは冷や汗を拭う。
これだけの警備がある上は、準備段階で交換するのもアリかと、記憶とリュウの撮影した画像を元に偽物を用意していたのだが、現物はギリギリまで展示室へ持ち込まれないようだ。この手も使えない。
それから特別展示室を出て、警備員の配置を確認して回っているところで、正面玄関の辺りが騒がしくなった。
「どうなさったの?」
とヒカルコが顔を出す。
すると、正門を見張る警備員が困った顔を向けた。
「帝城の近衛兵団が応援にと」
すると、団長と思われる金ピカの肩章の男が前に出た。
「これ以上五貴石に何かあれば、ヒノモトの権威は失墜する。貴殿らがこのような騒動を起こした事に、神帝イザナヒコ陛下はお心をお痛めである。しかし、民の楽しみである魔法石展を中止する事はお望みではない。そこで我々をお遣わしあそばされたのだ。道を開けたまえ」
――嫌な予感がする。
トウヤの直感が警鐘を鳴らす。
これは怪盗としての直感ではない――探偵としてのものだ。
しかし、断る事は不可能だ。断る事は、すなわちイザナヒコの意思に反する事。
断れば、ただでは済まない。
ヒカルコも厳しい表情をしていた。厳選した警備員以外を入れれば、メリットよりもリスクが増えると、彼女も考えているのだろう。
トウヤはこの場を乗り切る方策を考える。
だが、何の立場もない、ましてや表向きはミソギである彼に取れる手段などなかった。
……と、その時。
「おやおや、近衛兵団のお出ましとは、一体何事ですかな」
と現れたのは、ノノミヤ公爵である。
さすがの近衛兵たちも、華族の頂点に君臨するこの紳士には道を開けた。
「お父様、どうなさいましたの?」
ヒカルコが進み出ると、公爵は穏やかに微笑んだ。
「出品者は一日早く見物に来ても良いと言われたのでね、魔法石展の見物に来たのだ」
「ノノミヤ公爵閣下、我々はイザナヒコ陛下より……」
団長が言いかけた時、
「おや?」
と、公爵は首を傾げた。
「もしや、この度の警備の責任者として、ここにおいでくださったのですか」
そう言って、公爵は豪快に笑う。
「さすがイザナヒコ陛下、あなた様のように優秀なご忠臣を責任者としてお送りくださるとは。そのお心のご寛大さにこの愚臣、心より感服いたしました。さあ、どうぞお入りくださいませ。警備体制の見直しをいたしますので、なにとぞご指示を」
固まったのは団長である。責任を負わされてはたまらないと思っているのが、手に取るように分かる顔付きだ。
さすがノノミヤ公爵と、トウヤはほくそ笑んだ。
しばらく考えた後、彼はこう宣った。
「内部の警備は貴殿にお任せする。我々近衛兵団は博物館の周囲を巡回する事とする」
……彼らが去った後。
「お父様、さすがだわ」
と、ヒカルコが公爵の肩に肩を当てた。
「惚れ直しちゃった」
「おいおい、おまえがそう言う相手は私ではないだろう」
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