元禄大正怪盗伝

山岸マロニィ

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Ⅱ.クニツクリの涙

(6)公爵カラノ挑戦状

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 トウヤは舌を巻く……これでは、怪盗として立つ瀬がないし、探偵としても立場がないじゃないか!
 せめて探偵として、少しは存在感をアピールしなければ……。

 と、トウヤは図面を睨んで腕を組む。
 そして、ヒカルコの作戦に脆弱ぜいじゃく性を見付けようと脳をフルに動かした。

「どう? 私の作戦に隙はあって?」
「いや。かなり完璧に近いと思う……でも万にひとつ、奴が隙を突くとすれば……」
 と、トウヤはヒカルコに目を向ける。
「その、可動式の扉や二重窓は、どうやって操作するの?」
「壁に装置があって、それで……」
「その装置は誰が?」
「監視員が操作するわ」
「そこだね」
 少々不満げなヒカルコにトウヤは説明する。
「監視員の動きを封じてしまえば、壁も二重窓も動かせない。俺が奴なら、それを狙うかな」

 ……それをバラしたら自分の首を絞めるけどな。
 トウヤは思った。

「監視員を複数配置して、壁の装置を魔法で動かせる仕組みにしたらどうかな。誰でも遠隔で壁や窓を操作できるようにすれば、より隙がなくなると思う」
 すると、ヒカルコは丸い目でトウヤを見返した。
「さすがね……探偵として雇った甲斐があったわ」
「それほどでも……」
 モシャモシャと癖毛を掻き回し、トウヤは引きつった笑いを浮かべる……さて、ここから怪盗として、どんな逃走経路を考えればいいんだ?

「あとは、可能性として、他の出入口からの侵入経路も確認しておきたいわ」
 ヒカルコはとことん真面目だ。
「正面玄関の他に、両翼の展示館の裏には搬入口と二階への隠し階段、中央棟の階段裏に職員用通用口がある。正面玄関以外は、常時鉄冊で封鎖されていて、使う時だけ開ける仕組み。正面玄関は、閉館後は鉄冊で封鎖されるけど、開館中は誰でも入れるわ」
「なるほどね」
「義賊である怪盗ジュークが、来客を巻き込むのは考えにくいから、彼の侵入は閉館後、深夜と予想してる。どの出入口を狙われてもいいように、警備員を百人体制で配置して……」

「ちょっと待って」
 トウヤはヒカルコの話を遮る。
「その警備員はどうやって確保するの?」
「うちの衛兵を連れて行ったり、傭兵を雇ったりね」

 そこでトウヤは意味深な顔をした。
「そこに、偽物が混じる余地はないかな?」
「……え?」
「奴は怪盗だ。変装もやるんじゃないか?」


 ――怪盗ジューク。
 その名はもちろん、師匠である『怪盗十九号』から取っている。
 ならば、怪盗十九号の名は何が由来か?

 ……かつて、師匠が言っていた。
「『怪人二十面相』。若い頃、彼に憧れてね。『二十の顔を持つ男』という意味で、変装の達人なんだ」
「じゃあ、なんで師匠は『怪盗二十号』にしなかったの?」
 すると、彼はハハハと笑った。
「二十面相と並ぶなんておこがましいから、一を引いたのさ」


 ――当然、トウヤも変装はお手のものだ。
 そして、警備が厳しくなればなるほど、部外者の潜入の隙が生まれる事も知っている――そこを狙うという手もあった。

 ……なのに、ついバラしてしまった……。
 トウヤは内心歯噛みする。

 一方、ヒカルコは軽く手を打って目をみはった。
「さすがトウヤね。名探偵の素質があるんじゃないかしら」
「それは言い過ぎだよ、アハハ……」
 もう、笑うしかない。
「そうね、警備員を厳選するわ。うちの衛兵は問題ないとして、傭兵よね。個人は避けて、信頼できる組織に依頼した方が良さそうね」
「それがいいと思うよ」

 ◇

 ――翌日の朝刊。


 『怪盗ジュークニ告グ 天竜ノ涙ヲ奪イニ参ラレタシ』


 一面に踊る挑戦状が、トーキョーじゅうを沸かせた。
「ノノミヤ公爵の秘宝だろう?」
「五貴石の一角で釣るとは、なんて大胆だ!」
「賭けようぜ、公爵が勝つか、怪盗が勝つか」

 その騒動はすぐにノノミヤ邸にも伝わった。
 ……そして、書斎にて。

 ノノミヤ公爵は穏やかな笑顔で、娘と彼女が雇う探偵に目を向けていた。
「ずいぶんと派手な事をしたものだな」
「だって、このくらいしないと、怪盗ジュークは捕まえられないもの」
「まあいい。おまえがそのつもりなら、相当な考えがあっての事だろう」
「ええ。作戦は万全よ。あとは来週の魔法石展開催までに、会場の準備を整えるだけ」
 と、ヒカルコは公爵に計画を説明する。
「この通り、隙はないわ。絶対に怪盗を捕まえてみせる」
「そうだな、そうあってくれねば困る。万一、アレが盗まれるような事があれば、私は陛下に首を差し出さなければならない」

 それには、ヒカルコもトウヤも言葉を失った。
 不用意な侵入を受けたタジミ公爵でさえ、立場がかなり悪くなっているのだ。挑戦状を叩き付けておいて失敗したとなると、厳しい懲罰は避けられない。

 ……だからこそ、公爵に恥はかかせられない。
 全力で受けて立つのが、怪盗としての礼儀だ。

「ところで……」
 そこで、トウヤは切り出した。
「可能性として、犯行の発覚を遅らせるために、魔法石を偽物とすり替える場合もあると考えています。偽物を見分けられるよう、一度、我々だけに本物を見せていただけませんか?」

 ――そして、案内されたのは地下室だ。
 その入口は、まるでスパイ映画のような仕掛けが施されていた……まさか、書斎の本棚の本の並びが鍵となって、テーブルの下の床が開くなんて、思いもしなかった。当然、脳波でリュウに指示を出して、一部始終を録画している。
 そこで待っていたのは、迷路のような地下通路と、厳重な魔法鍵を施された扉がいくつか。その魔法鍵というのも、初聞で暗記不可能なほど複雑な呪文によって解錠される。

 その果てに行き着いた先――。
「この先が宝物庫だ。普段はここにしまってある」
 と、公爵は鉄の扉に杖を向ける。
 すると、扉の文様がうねるように動いて、ガチャリと音を立てた。
「さあ、入りたまえ」

 分厚い円形の鉄扉が動くと同時に、青白い光がぼんやりと室内を照らす。
「入る前に言っておかなければならない。この部屋で魔法を使ってはいけないよ。壁が全て反魔鏡になっているから、魔法を全て自分で受ける事になってしまうからね」

 公爵の言葉通り、薄暗い室内は四方を鏡で囲まれていた。広さは八畳ほど、だろうか? 合わせ鏡の空間が無限に広がっているような奇妙な光景のため、距離感が分からない。
 ……しかし、金庫らしいものはどこにもない。一体どうなっているのか?

「それから、鏡に触れてもならない。触れた瞬間、絶対零度の冷気を発する魔法を掛けてある」
 トウヤの背筋を冷や汗が伝う。一瞬で全身が氷漬けになるだろう。
「そんな危ない場所なのでね、ヒカルコも入れた事がないのだ。私の近くにいれば問題ない。入りたまえ」

 トウヤの横で、ヒカルコも恐る恐る扉の先に足を踏み入れる。
 そんな話を聞いた後だからだろうか、異様な冷気に包まれている気がして、トウヤは首を竦めた。

 公爵はそんな二人の前で、ツカツカの部屋の中央へ進んでいく。
 するとそこには、磨かれた黒い石でできた腰ほどの高さの柱が立っていた。何の装飾もない円柱だ。
 公爵はそれに歩み寄ると、杖の先で平面の断面をポンと叩く。

 ……すると。
 鏡の一部が切り取られたようにせり出したのだ。
 トウヤは目を見張る。鏡の表面に切れ目など全く見えなかったのに。

 どうやら、それが引き出し式の金庫のようで、公爵はそこから何かを取り出した。
「おや、引き出しを間違えたようだ」
 と、彼が見せたのは小さな仏像だった。
「先祖代々の骨董品もしまってあってね。時々、どの引き出しに入れたのか忘れてしまうのだ」
 公爵はそれを中に戻し、再び石柱をポンと叩く。
 すると引き出しが元に戻り、すぐ近くの引き出しがせり出す。
「そうそう、ここだったな」
 彼はその中身を取り出し、石柱の上に置いた。

「――これが、天竜の涙だよ」

 それは、サファイアのように透き通った青色をした、洋ナシほどの大きさの涙型の宝玉。
 表面に細かく施されたカットが、真上から照らす魔法灯を反射して煌めく。それがミラーボールのように周囲に七色の光を放った。鏡に反響した光が、狭い金庫室をまるで天上世界のように彩る。

「初めて見たわ……」
 と、ヒカルコが深くため息を吐いた。
「綺麗……」
「さざめく波を封じ込めたと謳われる、『五貴石』の中で最も美しいと言われている魔法石だ」
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