元禄大正怪盗伝

山岸マロニィ

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Ⅱ.クニツクリの涙

(3)魔法適正検査

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 ――場所を移し、食堂。
 トウヤの正面には、ワカバヤシ主任執筆が座っている。
 魔法診断士の資格を持つ彼に、トウヤの潜在魔力を診てもらおうという訳だ。

 あれこれと質問をされ、彼が答えるとワカバヤシはメモをしていく。
 それから、手の動きを見たり、目を調べたり……義眼や義顔の存在がバレないかと少しヒヤヒヤしたが、さすがに二十二世紀のシロモノは見抜けなかったようで、ワカバヤシは片眼鏡を元に戻した。
 そして、初めて見る測定器をトウヤの掌に押し当て、彼はメーターの針を睨む。

 ……彼は難しい顔でメーターを眺めていたのだが……

 測定が終わると、彼はトウヤにこう言った。
「誠に申し上げにくいのですが、あなた様はこれ以上、魔法に関わられない方がよろしい」

「どういう事なの?」
 同席したヒカルコが眉を寄せる。
 すると、ワカバヤシは少し迷った様子を見せた後、答えた。
「魔法力の数値が、今でこそ基準内にありますが、個人差はあれ、魔法のトレーニングをすれば、その数値は通常、二、三倍に増します」
「それは、つまり……」

「ヒカルコ様、あなた様のお母君と同じ状況になられる可能性が高いのです」

 ヒカルコが息を呑む。
「要するに、私と同じって事?」
 その顔を申し訳なさそうに見ながらワカバヤシは続けた。
「魔法を知らずにここまで生きてこられたのは僥倖ぎょうこうと言えます。このまま魔法に一切関わらずに、非魔人として過ごされる事を、私はお勧めいたします――特に、このお屋敷で過ごされるのなら」

 ◇

「驚いたわ、あなたにあんな力があったなんて」

 極力明るい笑顔を見せているが、ヒカルコがかなりのショックを受けている事をトウヤは察していた。
 非魔人と結婚したくて、いきなり彼に求婚したくらいなのだ。それが、魔力に呑まれ自害した母――つまりは自分自身――と同等の潜在魔力を持っていると知れば、戸惑うのも無理はない。

 トウヤもこれには何も言い返せなかった。まさか、自分に魔力なるものがあるとは思ってもいなかった。

 食堂を退出してから、庭をブラブラと並んで歩く。
 午後の日差しが柔らかく木々を照らしているが、ヒカルコの表情は暗い。

 トウヤは彼女をどう励ましていいか分からず、つい口走った。
「……プロポーズの件、なかった事にしてもいいんだぜ」

 すると、ヒカルコは足を止め、冷たく言い放った。
「そんな言葉、聞きたくない」
「…………」
「ごめんなさい……私、どうやって自分を納得させればいいか分からなくて……」

 気持ちのやり場に困った二人の足は、何となく礼拝堂に向かっていた。

 ヒカルコは中ほどの椅子に座り、じっとマリア像――彼女の母の面影を見ている。
 トウヤはそれを邪魔しないよう、窓辺に腰を下ろして庭を眺めた……とはいえ、建物を隠すように周囲に木が植えられているから、あまり眺めは良くない。

 景色に飽きて、窓の装飾に目を移す。百合の形を抽象化した飾り窓はりんとして美しく、ヒカルコの存在そのもののようだ。
 その窓の上、壁に飾り彫りを施された線が、礼拝堂の内部を一周する形でぐるっと配されている。その模様を見ていると、何となく文字に見えてくるから不思議だ。

 ……ノノミヤ公爵が、勇者オージオへの憧れを込めたこの礼拝堂。ひょっとして、これが何かのメッセージだったりしたら面白いな。

 トウヤはそんな事を思い、手持ち無沙汰に呟いた。
「これ、何かの文字に見えないか?」

 当然、笑って流されるだろうと思ったのだが、やって来たヒカルコはそれを見て息を呑んだ。
「……古代ヒノモト文字だわ。見慣れてるのに、全然気付かなかった」
「何だ、それ?」
神代かみよ文字とも呼ばれているものよ。なんでこんなものが……」
「つか、なんでそんなものを知ってるんだ?」

 すると、ヒカルコは気まずそうに目を逸らした。
「な、何かの暗号に使えるかなって、調べた事があったのよ……」
 父譲りのオタク気質、というところかもしれない。

 ――しかし、それがこんなところに彫られているのなら、意味がないはずがない。

「読めるのか?」
「本で調べれば……ちょっと待ってて」

 礼拝堂を出て行ったヒカルコは、しばらくして使いこまれた本を持ってきた。
「これ。例えばこの文字なら『か』、これは『ぬ』に該当するの」
「へぇ」
「読んでみましょ」

 それから二人は、壁の端から解読を始めた。
 トウヤが椅子に乗って文字を書き写し、ヒカルコが該当するひらがなをメモしていく。
 壁を一周するその文字列を解読し終わる頃には、窓の外はすっかり暗くなっていた。

 自動的に灯ったシャンデリアの下にメモを広げる。
 そして、そこに記された言葉をヒカルコは読み上げた。

「魔法とは、全ての人が平等に持つ能力であり、我々からそれを学ぶ権利を奪う事で、マヒトは優位に立っている……」

 そこで彼女は目を見開いた。
「これは……どういう事……?」

 トウヤには分かった気がした――かつてノノミヤ公爵が見たという、使用人のミソギが持っていた、勇者オージオの英雄譚の一節だろう。

 ヒカルコは続ける。
「我々は、彼らから魔法を奪う事を求めてはいない。ただ平等を求めるのみだ。人間としての、平等を……」

 ――そのために血を流す過ちを、私は知っている。革命に流される血の全ての罪を、私は背負おう。皆の心の正しい希望に罪はない。今こそ、立ち上がる時。全ての人の命を背負い、私は戦う――

「……絶対不変の正義に誓う――オオシオ・コシロウ」

 『オオシオ・コシロウ』というのが、オージオの本名なのだろう。
 八十年前の叛乱の宣誓文に違いない。
 トウヤの肌が粟立つ。このようなものを、この礼拝堂に彫り込んだノノミヤ公爵の思い以上に、この宣誓文がうたう内容の重さに、である。

 これは、ただの宣誓文ではない。マヒトという特権階級の欺瞞ぎまんを告発したものだ。
 ――こんなものが世に出れば、ヒノモトはひっくり返る。
 イザナヒコが叛乱を、どんな手段をもってしても押さえ込みたかった理由が、これなのだ。

 トウヤの横で、ヒカルコも震えている。
「これは、どういう事……」
 そう繰り返し、メモからトウヤに視線を移す。
「つまり、本当はミソギなど存在しない、って事なの?」
「この文面をそのまま読むと、そういう事になるな……」
「なら――」

 ヒカルコの目が潤む。
「私がトウヤを選んでも、問題ないって事ね……!」
 トウヤは笑顔を返す。
「だね」

「良かった……」
 と、彼女はその場に泣き崩れた。
「本当に私、どうしようかと……」
 トウヤはそんな彼女の肩にそっと手を置いた。
「これからマヒトもミソギもない世の中にするんだろ? どっちにしたって、関係ないじゃないか」

 するとヒカルコは顔を上げた。
「本当に、そんな世の中にできるのかしら」
「君が心からそう望めば、そうなるさ――俺がそうする」
 そう言って彼はニヤリと歯を見せた。
「実は、君の母上に約束しちゃったからさ。こう見えて、約束は守る主義でね」

 と彼が顔を覗き込むと、ヒカルコは頬を紅潮させて固まった。
「あ、あの……もう少し、顔を離してくださらない?」
 目を泳がせるヒカルコの肩をポンと叩き、トウヤは立ち上がる。

「やっぱり、君には笑顔でいて欲しいんだ――これが、俺の望み」


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