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Ⅰ.トーキョー・ファントムシーフ
(15)突入セヨ!
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……その頃。
密偵団の長であるタチバナは、扉の脇で困惑していた。
尾行対象が入った客室に、タジミ公爵家の衛兵の一隊が入って行ったからだ。
これはどう解釈すべきか?
彼と、彼の部下二人に命じられたのは、あのモジャモジャ頭の男が敵か味方かを見極める事……もし敵であるのならば、速やかに抹消する事。
もしかしたら、あの男はここで、タジミ公爵の手の者と落ち合ったのかもしれない。
しかしそれならば、もっと目立たないよう行動するはず。紋章付きの衛兵服で現われるのは不自然だ。
「どう思う?」
扉を挟んで立つ部下二人に目を向けると、左側のフジサキが答えた。
「不穏な気配を感じます」
「やはりそう思うか」
すると、扉の隙間に耳を当てるクスダが呟く。
「しかし、物音はしませんね」
「こういう場所だ。防音には気を使っている」
高官の密談に使われるようなホテル。そう簡単に室内の様子を伺えるはずもない。
とはいえ、こうしていても役目は果たせない。
タジミ公爵はノノミヤ公爵の政敵。あの男とタジミ公爵に繋がりがあるとあれば、見逃す訳にはいかないのだ。
しかし、踏み込むだけの根拠もない。迂闊に手を出せば、ノノミヤ公爵の立場を悪くしかねない。
そのため、三人はしばらく扉の奥の様子を伺っていたのだが、やがて奇妙な音に気付いた。
――ガリガリガリ。
内側から扉を引っ掻くような音だ。
一定のリズムを刻むその音に耳を澄ませているうち、フジサキがハッと顔を上げた。
「モールス信号ではありませんか?」
……確かに。
船舶間などで、光の明滅によって通信する方法。ヒノモトの船舶は魔法通信が主だが、外国籍、特に闇取引の船舶同士の合図に使われる事が多い。
密偵である彼らは当然、その信号を知っていた。
「……SOS カギハ アイテイル トツニュウセヨ……」
「どういう事だ?」
彼らは顔を見合わせる。
「罠ではありませんか?」
「こんな分かりにくい罠があるか?」
試しにタチバナは、慎重にノブに手を掛ける……すると、何の抵抗もなく回ったのだ。
「…………」
もう一度、三人は顔を見合わす。
どうやら信号の主は、タチバナたちの存在を把握した上で、助けを求めているようだ。
三人は目配せで意思疎通すると、ホルスターの手杖を取り出し、音を立てないよう扉を押し開けた。
――そして、バスルームでぐったりとする全裸の男と、彼を羽交い締めにするタジミ公爵家の衛兵たちを発見したのだ。
「おい――!」
そう大声を上げてから、バスルームの外に身を隠す。そして、衛兵の一人が攻撃魔法を発射したのを確認してから、三人はバスルームに踏み込んだ。
「先に攻撃したのはそちら側だ。こちらに義はある――氷刃!」
タチバナの合図で、三本の手杖が光を放つ。
青白い光は湯気に当たると形を変え、鋭い結晶を複数作り出す。その矢のような先端が、杖を構える衛兵の体を貫いた。
水属性の魔法は、水分を形態変化させるもの。
浴室という空間は、タチバナ達、水属性の使い手にとって絶好の場所だった。
「……おのれ!」
刃を逃れた衛兵たちも、だが呪文を唱える事は叶わない。
タジミ家は雷属性の使い手が多い。雷は水を通電する。狙い方によっては、濡れた床から自分が感電する危険があるためだ。
ならばと、物理的に攻撃しようとする彼らだったが、タチバナの冷静な判断に足止めされた。
彼の杖が、濡れた床に氷筍を出現させたのだ。その先端は軍靴を貫き、文字通り、足を床に縛り付ける。
「うわっ!」
「うぐっ!」
衛兵たちの悲鳴の中で、だが一人が立ち上がった――テラダである。
彼はかなりの│手練《てだれ》であるようで、氷筍ができる前に濡れていない場所に逃れていたのだ。
そして、血走った目を侵入者に向けた。
「貴様ら、何者だ!」
それに返答をする前、タチバナはチラリとモジャモジャ頭に目を遣った。彼はバスタブに落ちたようで、頭の先だけが水面に出ている。意識の有無までは伺い知れないが、早く決着をつけなければ危険だろう。
とはいえ、密偵である以上、調査対象に身元を知られるのは避けなけらばならない。
少し迷った末、タチバナは答えた。
「お互い、最も会いたくない立場の者だ」
すると、テラダの唇が動く。
――その途端。
タチバナの視界が歪んだ。
闇属性の魔法だ。闇属性には状態異常を引き起こすものがある。雷属性の使い手とばかり思っていた彼の不意打ちをまともに受けて、さすがのタチバナもよろめく。
その隙に、テラダがタチバナに体当たりを仕掛けた。
「何のつもりかは知らんが、貴殿らに捕まる訳にはいかないのでな」
という囁きと同時に、タチバナは背後の壁に叩き付けられた。後頭部を強かに打ち、意識が混沌する。
「貴様!」
クスダの手杖が動く。しかし、傷を負いつつも抵抗を見せるテラダの部下に飛びかかられ、攻撃魔法は天井に当たって弾けた。
「おい、止まれ!」
フジサキも同じく。複数人に圧し掛かられてはどうしようもない。
とはいえ、数は多くとも手負いだ。敵に戦う意思はないようで、テラダを先頭に出口に向かったのだが……。
「――――!!」
突然テラダが、もんどり打って倒れたのである。
「衛兵長!」
部下たちが駆け寄る。上官を踏み越えて逃亡を図る者がいないところを見ると、彼は部下たちに慕われているようだ。
だからといって、見逃す訳にはいかない。
痛む頭を押さえながら、タチバナは二人の部下と共に彼らを取り囲む。
「大人しくしてもらおう。悪いようにはしない」
すると観念したのか、彼らは手杖を床に投げた。
「……しかし、どうしたんでしょうね、突然倒れるとは」
フジサキが呟くと、クスダも首を傾げた。
「さあ。魔法の誤射か?」
「初心者じゃあるまいし……」
咄嗟の機転で氷筍を避けたほどの実力者が、初歩的なミスを犯すとは考えにくい。
腑に落ちないものを抱きながらも、この場は部下に任せ、タチバナは尾行対象であるモジャモジャ頭を確認するため、バスルームに戻ったのだが……。
そこには既に、彼の姿はなかった。その代わり、奥の寝室の開いた窓から吹き込む風が、カーテンを揺らしていた。
◇
「……ふう、酷い目に遭った」
人気のない路地に逃げ込んだトウヤは、光学迷彩マントから顔を出した。
タチバナたちが踏み込んだ瞬間、彼は状況を把握した……サーモグラフィーで扉の外の尾行者を感知したリュウが、彼らに助けを求めるべく鍵を外し、モールス信号で危急を知らせたのだ。
結局のところ、リュウに助けられてしまった……相棒失格だ。
テラダの逃走を阻止して密偵団に引き渡したのもリュウだ。雷属性の魔法と同様、浴室で放電をしたら大変な事になるから、逃げ出すのを待って攻撃を仕掛けたのだ。
それに比べ、油断から危機を招いた自分の未熟さといったら……。
トウヤはため息しか出ない。
とはいえ、辛うじてこのマントとブーツ、そしてワイヤーリールを仕込んだ腕時計を回収できた事だけが、不幸中の幸いだ。これ、がなければ、今頃、無様な姿を晒していたに違いない。
しかし、とても無事とは言えない。自分で関節を外したとはいえ、無理にねじ上げられた肩が痛む。関節を戻すのに苦労しそうだ。
路地を少し行ったところで、トウヤは物陰に身を寄せた。これ以上、動けそうにない。
ずり落ちるようにうずくまると、間もなく壁伝いにリュウがやって来た。
「どうして逃げたでアリマスか。あの密偵団は敵ではないでアリマスよ」
小さな体がトウヤの膝にトンと落ちる。そして暗視モードの光る目で彼を見上げた。
「誰にも頼ってはならないんだ、怪盗は」
「けれど今、トウヤは困っているでアリマス」
痛みで目がかすむ。リュウの顔を見て気が抜けて、アドレナリンが減少したのだろう。
何とか意識を保とうと、彼は口を動かした。
「どうして、俺を、助けたんだよ……」
リュウに相棒と認められていないのだろう。このザマだ。言い訳のしようがない。
しかしリュウは、不思議そうに首を傾げた。
「ワガハイは道具でアリマス。道具は持ち主を助けるために存在するでアリマス」
緑色の顔に並んだ大きくクリンとした目がトウヤを見上げる。
擬人化して執着し、甘い考えをしていたのは、トウヤの方なのだろう。
「それに、トウヤがいなければワガハイは金平糖が食べられないでアリマス。トウヤを助けたのは、ワガハイのためでアリマス。人助けは自分のため……これも、怪盗の心得でアリマスよ」
確かに、師匠はそうも言っていた。
――けれど、それならどうして、師匠は自分を犠牲にしてまで、トウヤを助けたのだろうか。
意識が薄らぐ。
しかし、このまま眠りこけるのはまずい。
「肩を、何とか、しないとな……」
――無理に関節を戻した痛みで気を失い、意識を取り戻したのは明け方だった。
無理矢理口を開かれる感覚に目を開くと、リュウが歯の間に頭を突っ込もうとしていた……酷く寒い。
「うぐ……」
朦朧とした意識の中で、噛まないように口を開けてやると、舌の上にリュウが何かを吐き出す。それが余りにも苦くて反射的に嘔吐く。すると、首を引っ込めたリュウがザラザラした両手で口を押さえた。
「飲み込むでアリマス。通りの先の薬屋から拝借した鎮痛薬でアリマス」
……それから再び眠ったようだ。
騒がしさに目を覚ました時、辺りはすっかり明るくなっていた。
路地裏とはいえ、駅に近いためそれなりに通行人があるようだ。
リュウがすっぽりとマントを被せてくれたようで、壁際に寝そべるトウヤに誰も気付いていない。
マントの中で何とか身を起こす。薬のおかげで、だいぶ痛みが楽になった。
すると、腹の上で眠っていたリュウが顔を上げた。
「トウヤが再起動したでアリマス」
「あぁ、もう大丈夫だ」
小さな体を手に乗せ頭をなでる。
「道具なんて、悲しい事を言うなよ……おまえは最高の相棒なんだから」
密偵団の長であるタチバナは、扉の脇で困惑していた。
尾行対象が入った客室に、タジミ公爵家の衛兵の一隊が入って行ったからだ。
これはどう解釈すべきか?
彼と、彼の部下二人に命じられたのは、あのモジャモジャ頭の男が敵か味方かを見極める事……もし敵であるのならば、速やかに抹消する事。
もしかしたら、あの男はここで、タジミ公爵の手の者と落ち合ったのかもしれない。
しかしそれならば、もっと目立たないよう行動するはず。紋章付きの衛兵服で現われるのは不自然だ。
「どう思う?」
扉を挟んで立つ部下二人に目を向けると、左側のフジサキが答えた。
「不穏な気配を感じます」
「やはりそう思うか」
すると、扉の隙間に耳を当てるクスダが呟く。
「しかし、物音はしませんね」
「こういう場所だ。防音には気を使っている」
高官の密談に使われるようなホテル。そう簡単に室内の様子を伺えるはずもない。
とはいえ、こうしていても役目は果たせない。
タジミ公爵はノノミヤ公爵の政敵。あの男とタジミ公爵に繋がりがあるとあれば、見逃す訳にはいかないのだ。
しかし、踏み込むだけの根拠もない。迂闊に手を出せば、ノノミヤ公爵の立場を悪くしかねない。
そのため、三人はしばらく扉の奥の様子を伺っていたのだが、やがて奇妙な音に気付いた。
――ガリガリガリ。
内側から扉を引っ掻くような音だ。
一定のリズムを刻むその音に耳を澄ませているうち、フジサキがハッと顔を上げた。
「モールス信号ではありませんか?」
……確かに。
船舶間などで、光の明滅によって通信する方法。ヒノモトの船舶は魔法通信が主だが、外国籍、特に闇取引の船舶同士の合図に使われる事が多い。
密偵である彼らは当然、その信号を知っていた。
「……SOS カギハ アイテイル トツニュウセヨ……」
「どういう事だ?」
彼らは顔を見合わせる。
「罠ではありませんか?」
「こんな分かりにくい罠があるか?」
試しにタチバナは、慎重にノブに手を掛ける……すると、何の抵抗もなく回ったのだ。
「…………」
もう一度、三人は顔を見合わす。
どうやら信号の主は、タチバナたちの存在を把握した上で、助けを求めているようだ。
三人は目配せで意思疎通すると、ホルスターの手杖を取り出し、音を立てないよう扉を押し開けた。
――そして、バスルームでぐったりとする全裸の男と、彼を羽交い締めにするタジミ公爵家の衛兵たちを発見したのだ。
「おい――!」
そう大声を上げてから、バスルームの外に身を隠す。そして、衛兵の一人が攻撃魔法を発射したのを確認してから、三人はバスルームに踏み込んだ。
「先に攻撃したのはそちら側だ。こちらに義はある――氷刃!」
タチバナの合図で、三本の手杖が光を放つ。
青白い光は湯気に当たると形を変え、鋭い結晶を複数作り出す。その矢のような先端が、杖を構える衛兵の体を貫いた。
水属性の魔法は、水分を形態変化させるもの。
浴室という空間は、タチバナ達、水属性の使い手にとって絶好の場所だった。
「……おのれ!」
刃を逃れた衛兵たちも、だが呪文を唱える事は叶わない。
タジミ家は雷属性の使い手が多い。雷は水を通電する。狙い方によっては、濡れた床から自分が感電する危険があるためだ。
ならばと、物理的に攻撃しようとする彼らだったが、タチバナの冷静な判断に足止めされた。
彼の杖が、濡れた床に氷筍を出現させたのだ。その先端は軍靴を貫き、文字通り、足を床に縛り付ける。
「うわっ!」
「うぐっ!」
衛兵たちの悲鳴の中で、だが一人が立ち上がった――テラダである。
彼はかなりの│手練《てだれ》であるようで、氷筍ができる前に濡れていない場所に逃れていたのだ。
そして、血走った目を侵入者に向けた。
「貴様ら、何者だ!」
それに返答をする前、タチバナはチラリとモジャモジャ頭に目を遣った。彼はバスタブに落ちたようで、頭の先だけが水面に出ている。意識の有無までは伺い知れないが、早く決着をつけなければ危険だろう。
とはいえ、密偵である以上、調査対象に身元を知られるのは避けなけらばならない。
少し迷った末、タチバナは答えた。
「お互い、最も会いたくない立場の者だ」
すると、テラダの唇が動く。
――その途端。
タチバナの視界が歪んだ。
闇属性の魔法だ。闇属性には状態異常を引き起こすものがある。雷属性の使い手とばかり思っていた彼の不意打ちをまともに受けて、さすがのタチバナもよろめく。
その隙に、テラダがタチバナに体当たりを仕掛けた。
「何のつもりかは知らんが、貴殿らに捕まる訳にはいかないのでな」
という囁きと同時に、タチバナは背後の壁に叩き付けられた。後頭部を強かに打ち、意識が混沌する。
「貴様!」
クスダの手杖が動く。しかし、傷を負いつつも抵抗を見せるテラダの部下に飛びかかられ、攻撃魔法は天井に当たって弾けた。
「おい、止まれ!」
フジサキも同じく。複数人に圧し掛かられてはどうしようもない。
とはいえ、数は多くとも手負いだ。敵に戦う意思はないようで、テラダを先頭に出口に向かったのだが……。
「――――!!」
突然テラダが、もんどり打って倒れたのである。
「衛兵長!」
部下たちが駆け寄る。上官を踏み越えて逃亡を図る者がいないところを見ると、彼は部下たちに慕われているようだ。
だからといって、見逃す訳にはいかない。
痛む頭を押さえながら、タチバナは二人の部下と共に彼らを取り囲む。
「大人しくしてもらおう。悪いようにはしない」
すると観念したのか、彼らは手杖を床に投げた。
「……しかし、どうしたんでしょうね、突然倒れるとは」
フジサキが呟くと、クスダも首を傾げた。
「さあ。魔法の誤射か?」
「初心者じゃあるまいし……」
咄嗟の機転で氷筍を避けたほどの実力者が、初歩的なミスを犯すとは考えにくい。
腑に落ちないものを抱きながらも、この場は部下に任せ、タチバナは尾行対象であるモジャモジャ頭を確認するため、バスルームに戻ったのだが……。
そこには既に、彼の姿はなかった。その代わり、奥の寝室の開いた窓から吹き込む風が、カーテンを揺らしていた。
◇
「……ふう、酷い目に遭った」
人気のない路地に逃げ込んだトウヤは、光学迷彩マントから顔を出した。
タチバナたちが踏み込んだ瞬間、彼は状況を把握した……サーモグラフィーで扉の外の尾行者を感知したリュウが、彼らに助けを求めるべく鍵を外し、モールス信号で危急を知らせたのだ。
結局のところ、リュウに助けられてしまった……相棒失格だ。
テラダの逃走を阻止して密偵団に引き渡したのもリュウだ。雷属性の魔法と同様、浴室で放電をしたら大変な事になるから、逃げ出すのを待って攻撃を仕掛けたのだ。
それに比べ、油断から危機を招いた自分の未熟さといったら……。
トウヤはため息しか出ない。
とはいえ、辛うじてこのマントとブーツ、そしてワイヤーリールを仕込んだ腕時計を回収できた事だけが、不幸中の幸いだ。これ、がなければ、今頃、無様な姿を晒していたに違いない。
しかし、とても無事とは言えない。自分で関節を外したとはいえ、無理にねじ上げられた肩が痛む。関節を戻すのに苦労しそうだ。
路地を少し行ったところで、トウヤは物陰に身を寄せた。これ以上、動けそうにない。
ずり落ちるようにうずくまると、間もなく壁伝いにリュウがやって来た。
「どうして逃げたでアリマスか。あの密偵団は敵ではないでアリマスよ」
小さな体がトウヤの膝にトンと落ちる。そして暗視モードの光る目で彼を見上げた。
「誰にも頼ってはならないんだ、怪盗は」
「けれど今、トウヤは困っているでアリマス」
痛みで目がかすむ。リュウの顔を見て気が抜けて、アドレナリンが減少したのだろう。
何とか意識を保とうと、彼は口を動かした。
「どうして、俺を、助けたんだよ……」
リュウに相棒と認められていないのだろう。このザマだ。言い訳のしようがない。
しかしリュウは、不思議そうに首を傾げた。
「ワガハイは道具でアリマス。道具は持ち主を助けるために存在するでアリマス」
緑色の顔に並んだ大きくクリンとした目がトウヤを見上げる。
擬人化して執着し、甘い考えをしていたのは、トウヤの方なのだろう。
「それに、トウヤがいなければワガハイは金平糖が食べられないでアリマス。トウヤを助けたのは、ワガハイのためでアリマス。人助けは自分のため……これも、怪盗の心得でアリマスよ」
確かに、師匠はそうも言っていた。
――けれど、それならどうして、師匠は自分を犠牲にしてまで、トウヤを助けたのだろうか。
意識が薄らぐ。
しかし、このまま眠りこけるのはまずい。
「肩を、何とか、しないとな……」
――無理に関節を戻した痛みで気を失い、意識を取り戻したのは明け方だった。
無理矢理口を開かれる感覚に目を開くと、リュウが歯の間に頭を突っ込もうとしていた……酷く寒い。
「うぐ……」
朦朧とした意識の中で、噛まないように口を開けてやると、舌の上にリュウが何かを吐き出す。それが余りにも苦くて反射的に嘔吐く。すると、首を引っ込めたリュウがザラザラした両手で口を押さえた。
「飲み込むでアリマス。通りの先の薬屋から拝借した鎮痛薬でアリマス」
……それから再び眠ったようだ。
騒がしさに目を覚ました時、辺りはすっかり明るくなっていた。
路地裏とはいえ、駅に近いためそれなりに通行人があるようだ。
リュウがすっぽりとマントを被せてくれたようで、壁際に寝そべるトウヤに誰も気付いていない。
マントの中で何とか身を起こす。薬のおかげで、だいぶ痛みが楽になった。
すると、腹の上で眠っていたリュウが顔を上げた。
「トウヤが再起動したでアリマス」
「あぁ、もう大丈夫だ」
小さな体を手に乗せ頭をなでる。
「道具なんて、悲しい事を言うなよ……おまえは最高の相棒なんだから」
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