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Ⅰ.トーキョー・ファントムシーフ
(8)探偵ノ心得
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トウヤは、予告状に付着したシミの正体が口紅だと気付いた瞬間から、これがノノミヤ公爵のご令嬢による狂言だと見抜いていた。
この時代、化粧というのは一般的なものではない。化粧品は贅沢品で、使用人の身分で使えるものではなかった。
そしてこの屋敷に住んでいる家人は、随分前に夫人を亡くしたノノミヤ公爵とその一人娘のみ。
つまり、この屋敷で口紅を使う人物は、ノノミヤ・ヒカルコただ一人なのだ。
予告状に始まる一連の騒動は、英国から帰国したばかりの公爵令嬢によって、最初から仕組まれた「探偵選考試験」の内容に過ぎなかったのである。
トップハットにフロックコート姿のヒカルコは、突然現れたみすぼらしい格好の男に目を丸くした。
「よく気付いたわね。どうやって真相を見抜いたの?」
……だが、それを聞かれるとトウヤは困る。
「俺が怪盗ジュークだ」と名乗らなければ、納得のいく説明ができないからだ。
トウヤは言葉に詰まった。
「え、ええと……何となく……」
と、目を泳がせた瞬間――
投げられたトップハットが視界を覆う。それと同時に、
「おりゃあああ!!」
と、弾丸のようなドロップキックが飛んできて、トウヤは咄嗟に芝生に身を投げた。靴先がかすめた眼鏡がどこかへ吹き飛ぶ。怪盗としての鍛錬を積んだ反射神経を持っていなければ、一撃で意識を飛ばされただろう。
所詮ご令嬢の気まぐれ。真相を見抜けばヘコむだろうと思っていたのだが、彼女はトウヤの想定する「ご令嬢」の枠組みから、少しばかりはみ出しているようだ。
トウヤは受け身を取ってすぐさま起き上がる。そして、
「何するんだよいきなり!」
と声を上げると、公爵令嬢は芝生に落ちた彼の杖を拾い上げた。
「なかなかやるじゃない。でもこれ、ただの棒切れよ。私に何の魔法を掛けるつもりだったのかしら」
彼女は指先でパキンと半分に折る。
……いや、少しばかりではない。かなり型破りなお嬢様だ。トウヤの背を冷や汗が伝う。
そんな彼をまじまじと見て、ヒカルコは首を傾げた。
「先程と目の色が違う……どんな魔法なのこれは」
トウヤは慌てて目を伏せる。夜中とはいえ、各所に置かれた投光器で昼間のように明るいのだ。
肌と同じ色の色眼鏡で、目の色を誤魔化していたのだが、思わぬ展開につい油断をした。
紫の瞳というのは、この時代では他にない。とはいえ、カラーコンタクトレンズを自作するのはさすがに無理だ。
だから、目立たない色の素通しレンズで色を足していたのだ。しかし、その眼鏡はどこに飛んで行ったか分からない。
……これはまずい、とトウヤは強引に話題を切り替えた。
「随分と暴力的な試験なんだな」
「仕方ないのよ。名探偵は頭脳だけではダメ。暴漢に襲われても対抗できるだけの心得がなくっちゃ」
「そこは魔法じゃないんだ……」
するとヒカルコは顔を逸らした。
「……だって私、魔法が使えないんだもの、蘇生魔法しか」
トウヤは魔法についてあまり詳しくない。けれど、そう言った時の彼女の表情が影を帯びているのには気付いた。
彼女は魔法にあまり良い印象を持っていない……そんな気がした。
魔法がロクに使えない公爵令嬢。
魔人の頂点と言える家柄でありながら、これはどういう事だ?
探偵の募集といい、格闘術を試すような行為といい、何か裏の目的があるのではないか。
トウヤは彼女に興味を持った。
だが探ってみるにも、やられっぱなしではこちらが不利だ。
トウヤは強気な表情を作り、腕組みして公爵令嬢を睨む。
「ふうん。まあいいや。それにしても、自分から仕掛けたという事は、やられる覚悟もあるんだろうな」
彼女の顔が前を向く。黒い瞳が挑戦的な輝きを持ってトウヤを見据えた。
「当然でしょ」
その返事を聞き終わるより早く、トウヤは足払いを掛けた。
しかし軽いステップでかわされ、逆に彼女の踵落としが炸裂する。
「――――!」
寸でのところでその足下を潜り抜ける。肩を掠めた強烈な蹴りが芝生に穴を穿ち、土がトウヤの頭上に降り注ぐ。
……このお嬢様、ちょっと、本気すぎないか?
だが、そんな雑念も彼には許されないようだった。
回し蹴り、エルボー、ハイキック……
次々と繰り出される攻撃をギリギリで回避するトウヤに、反撃するだけの余裕はない。
「……なかなかやるじゃない」
渾身の掌底打ちが、身を反らしたトウヤの顔前を素通りしたところで、ようやくヒカルコは手を止めた。
「私の攻撃が当たらないとは、大した武術の腕前ね」
「そんな大層なモンじゃねえよ」
トウヤは癖髪をかき上げる。
「師匠に仕込まれたんだ。身を守るために」
すると、ヒカルコは目を丸くした。
「随分と物騒なところにお住まいなのね」
何気なく返した彼女のその言葉に悪気は含まれていない。しかし彼女の言葉は、トウヤの中の何かを刺激した。
……彼女は知らないのだ、誰にも守られない生き方を。
そんな生き方を強いられる者たちがいる事を。
やはり、探偵募集の件も気まぐれなのだろう。安全地帯からの高みの見物でしかないのだろう。
トウヤは急速に彼女への興味を失った。
公爵邸の下見をするという最低限の目的は達成したのだ。長居は無用だ。
それならばと、トウヤはつい皮肉を返す。
「公爵家のご令嬢が来られるような場所ではないのでね、ご存知あそばされないでしょうが――世の中には、金のために人を殺す奴がゴロゴロいるんだよ」
そして彼女に背を向けた。
「用が済んだのなら、俺は帰るぜ。こんな茶番に付き合うのは御免だ」
すると、ヒカルコは慌てた様子で呼び止める。
「ごめんなさい。失礼な事を言ってしまったかしら」
素直に謝られると、逆にやりにくい……。
トウヤは軽く振り返る。
「べ、別に、そういう訳じゃ……」
何なんだ、このお嬢様は。
強気かと思えば、恐ろしく素直。どうにも掴みどころがない。
トウヤは戸惑って頭を掻いた。
そんな彼を見ながら、ヒカルコは口調を改める。
「失礼ついでに、確認させてもらうわ――そんな言い方をするという事は、あなた、ミソギなの?」
トウヤの顔から表情が消える。
余計な詮索をさせてしまった時点でトウヤの落ち度ではあるのだが、公爵令嬢のこの質問に対し、どう答えればいいのか。
黙り込む彼に、ヒカルコは再び慌てるような仕草を見せた。
「勘違いしないで。身分がどうこうと思っている訳ではないの――ただ、魔法がお好きなのか、確かめたくて」
トウヤは彼女に目を戻し、じっと見返す。
明るく照らされた庭園の中で、彼女の瞳は黒ダイヤのように澄んでいた。
彼は知っている。この世界で魔法を貶めるような発言をすれば、立場どころか命すら危うい。
とはいえ、トウヤの「怪盗」としてのポリシーの根幹にある部分で、嘘は吐きたくなかった。
どうせ帰るつもりだったのだし、ミソギというのはバレている。
なら、正直に答えてやろうと、トウヤは口を開いた。
「嫌いだね。消えてなくなればいいと思うほど、大嫌いだ」
言いながら、トウヤは彼女の腕を掴んで思い切り下に引く。そして、よろめいた足元に足払いを掛けた。
本音を言ってしまった以上、もうここにはいられない。どうせなら、彼女のフロックコートのポケットにあるお宝を頂いておさらばしようと、そう思い立ったのだ。
……どうもこのお嬢様と話していると調子が狂う。怪盗とは、決して本音を見せないものなのに。
得体の知れない不快感から逃げるように、トウヤは彼女に敵意を向ける。
ところがこのお嬢様、足払いで倒れかかる中、悲鳴を上げるどころか、逆にトウヤの首に腕を掛けてねじ伏せようとしてくるのだ。
先程の彼女の一方的な攻撃から、ヒカルコが防御を苦手としてるのではないかとトウヤは読んでいた。
公爵令嬢という立場だ。どこで拳法を習ったか知らないが、気持ち良く攻撃をする事ばかりを教えられたのだろうと。
ならば、体術でならやり込めると考えたのだが、どうやらトウヤの見込みは甘かったようだ。
首技で組み伏せられる直前、だが彼は常人離れした身体能力で体勢を変え、ヒカルコの背後を取る。
そして羽交い締めにしてしまえば、体格差で彼女の動きを封じるのは難しくなかった。
「離しなさい! 離しなさいったら!」
ヒカルコは腕を外そうともがく。
「お宝を頂戴したら離してやるよ、偽怪盗さん」
と、トウヤはフロックコートのポケットを探る。だが左右のポケットには何もない。次は胸ポケットと手を伸ばした時。
触れた事のない柔らかみを感じて、トウヤは手を止めた……もしかしてこの状況、人間としてダメなやつかもしれない。
しかし、気付いた時は既に遅かった。
「ぶ……無礼者!」
と強烈な頭突きを食らって目が眩む。それと同時に、胸ポケットに入れた手を後ろ手にねじ上げられていた。
「痛ええ!」
ガシッと掴まれた手を吊り上げられて、ようやくトウヤは思い出した……もう一人の存在を。
ヒカルコを裏口まで見送った人物が、その場に留まって様子を見ていたのだ。
振り返って見上げれば般若の形相が睨み下ろしていて、トウヤはギョッとする。
二十二世紀でも小柄な方ではなかった彼がつま先立ちしたよりも、頭ひとつ抜き出た大女。
ただ背が高いだけではない。ガッシリとした体躯で彼の腕を掴んだ手はビクとも動かない。
その口から、
「お嬢様に何という事を……!」
という地響きのような低音が響いたから、トウヤは焦った。
「な……成り行き上仕方なく……」
「問答無用!」
手首を強く引かれた瞬間、天地が逆になり、芝生に叩き付けられる
あまりの早さに受け身を取る余裕もない。見事なまでの一本背負いだ。息が詰まり全身が軋む。頭の上ではキラキラと星が舞い踊る。
綺麗だな……とそれを眺めているうち、全身から力が抜け、トウヤの意識は暗転した。
この時代、化粧というのは一般的なものではない。化粧品は贅沢品で、使用人の身分で使えるものではなかった。
そしてこの屋敷に住んでいる家人は、随分前に夫人を亡くしたノノミヤ公爵とその一人娘のみ。
つまり、この屋敷で口紅を使う人物は、ノノミヤ・ヒカルコただ一人なのだ。
予告状に始まる一連の騒動は、英国から帰国したばかりの公爵令嬢によって、最初から仕組まれた「探偵選考試験」の内容に過ぎなかったのである。
トップハットにフロックコート姿のヒカルコは、突然現れたみすぼらしい格好の男に目を丸くした。
「よく気付いたわね。どうやって真相を見抜いたの?」
……だが、それを聞かれるとトウヤは困る。
「俺が怪盗ジュークだ」と名乗らなければ、納得のいく説明ができないからだ。
トウヤは言葉に詰まった。
「え、ええと……何となく……」
と、目を泳がせた瞬間――
投げられたトップハットが視界を覆う。それと同時に、
「おりゃあああ!!」
と、弾丸のようなドロップキックが飛んできて、トウヤは咄嗟に芝生に身を投げた。靴先がかすめた眼鏡がどこかへ吹き飛ぶ。怪盗としての鍛錬を積んだ反射神経を持っていなければ、一撃で意識を飛ばされただろう。
所詮ご令嬢の気まぐれ。真相を見抜けばヘコむだろうと思っていたのだが、彼女はトウヤの想定する「ご令嬢」の枠組みから、少しばかりはみ出しているようだ。
トウヤは受け身を取ってすぐさま起き上がる。そして、
「何するんだよいきなり!」
と声を上げると、公爵令嬢は芝生に落ちた彼の杖を拾い上げた。
「なかなかやるじゃない。でもこれ、ただの棒切れよ。私に何の魔法を掛けるつもりだったのかしら」
彼女は指先でパキンと半分に折る。
……いや、少しばかりではない。かなり型破りなお嬢様だ。トウヤの背を冷や汗が伝う。
そんな彼をまじまじと見て、ヒカルコは首を傾げた。
「先程と目の色が違う……どんな魔法なのこれは」
トウヤは慌てて目を伏せる。夜中とはいえ、各所に置かれた投光器で昼間のように明るいのだ。
肌と同じ色の色眼鏡で、目の色を誤魔化していたのだが、思わぬ展開につい油断をした。
紫の瞳というのは、この時代では他にない。とはいえ、カラーコンタクトレンズを自作するのはさすがに無理だ。
だから、目立たない色の素通しレンズで色を足していたのだ。しかし、その眼鏡はどこに飛んで行ったか分からない。
……これはまずい、とトウヤは強引に話題を切り替えた。
「随分と暴力的な試験なんだな」
「仕方ないのよ。名探偵は頭脳だけではダメ。暴漢に襲われても対抗できるだけの心得がなくっちゃ」
「そこは魔法じゃないんだ……」
するとヒカルコは顔を逸らした。
「……だって私、魔法が使えないんだもの、蘇生魔法しか」
トウヤは魔法についてあまり詳しくない。けれど、そう言った時の彼女の表情が影を帯びているのには気付いた。
彼女は魔法にあまり良い印象を持っていない……そんな気がした。
魔法がロクに使えない公爵令嬢。
魔人の頂点と言える家柄でありながら、これはどういう事だ?
探偵の募集といい、格闘術を試すような行為といい、何か裏の目的があるのではないか。
トウヤは彼女に興味を持った。
だが探ってみるにも、やられっぱなしではこちらが不利だ。
トウヤは強気な表情を作り、腕組みして公爵令嬢を睨む。
「ふうん。まあいいや。それにしても、自分から仕掛けたという事は、やられる覚悟もあるんだろうな」
彼女の顔が前を向く。黒い瞳が挑戦的な輝きを持ってトウヤを見据えた。
「当然でしょ」
その返事を聞き終わるより早く、トウヤは足払いを掛けた。
しかし軽いステップでかわされ、逆に彼女の踵落としが炸裂する。
「――――!」
寸でのところでその足下を潜り抜ける。肩を掠めた強烈な蹴りが芝生に穴を穿ち、土がトウヤの頭上に降り注ぐ。
……このお嬢様、ちょっと、本気すぎないか?
だが、そんな雑念も彼には許されないようだった。
回し蹴り、エルボー、ハイキック……
次々と繰り出される攻撃をギリギリで回避するトウヤに、反撃するだけの余裕はない。
「……なかなかやるじゃない」
渾身の掌底打ちが、身を反らしたトウヤの顔前を素通りしたところで、ようやくヒカルコは手を止めた。
「私の攻撃が当たらないとは、大した武術の腕前ね」
「そんな大層なモンじゃねえよ」
トウヤは癖髪をかき上げる。
「師匠に仕込まれたんだ。身を守るために」
すると、ヒカルコは目を丸くした。
「随分と物騒なところにお住まいなのね」
何気なく返した彼女のその言葉に悪気は含まれていない。しかし彼女の言葉は、トウヤの中の何かを刺激した。
……彼女は知らないのだ、誰にも守られない生き方を。
そんな生き方を強いられる者たちがいる事を。
やはり、探偵募集の件も気まぐれなのだろう。安全地帯からの高みの見物でしかないのだろう。
トウヤは急速に彼女への興味を失った。
公爵邸の下見をするという最低限の目的は達成したのだ。長居は無用だ。
それならばと、トウヤはつい皮肉を返す。
「公爵家のご令嬢が来られるような場所ではないのでね、ご存知あそばされないでしょうが――世の中には、金のために人を殺す奴がゴロゴロいるんだよ」
そして彼女に背を向けた。
「用が済んだのなら、俺は帰るぜ。こんな茶番に付き合うのは御免だ」
すると、ヒカルコは慌てた様子で呼び止める。
「ごめんなさい。失礼な事を言ってしまったかしら」
素直に謝られると、逆にやりにくい……。
トウヤは軽く振り返る。
「べ、別に、そういう訳じゃ……」
何なんだ、このお嬢様は。
強気かと思えば、恐ろしく素直。どうにも掴みどころがない。
トウヤは戸惑って頭を掻いた。
そんな彼を見ながら、ヒカルコは口調を改める。
「失礼ついでに、確認させてもらうわ――そんな言い方をするという事は、あなた、ミソギなの?」
トウヤの顔から表情が消える。
余計な詮索をさせてしまった時点でトウヤの落ち度ではあるのだが、公爵令嬢のこの質問に対し、どう答えればいいのか。
黙り込む彼に、ヒカルコは再び慌てるような仕草を見せた。
「勘違いしないで。身分がどうこうと思っている訳ではないの――ただ、魔法がお好きなのか、確かめたくて」
トウヤは彼女に目を戻し、じっと見返す。
明るく照らされた庭園の中で、彼女の瞳は黒ダイヤのように澄んでいた。
彼は知っている。この世界で魔法を貶めるような発言をすれば、立場どころか命すら危うい。
とはいえ、トウヤの「怪盗」としてのポリシーの根幹にある部分で、嘘は吐きたくなかった。
どうせ帰るつもりだったのだし、ミソギというのはバレている。
なら、正直に答えてやろうと、トウヤは口を開いた。
「嫌いだね。消えてなくなればいいと思うほど、大嫌いだ」
言いながら、トウヤは彼女の腕を掴んで思い切り下に引く。そして、よろめいた足元に足払いを掛けた。
本音を言ってしまった以上、もうここにはいられない。どうせなら、彼女のフロックコートのポケットにあるお宝を頂いておさらばしようと、そう思い立ったのだ。
……どうもこのお嬢様と話していると調子が狂う。怪盗とは、決して本音を見せないものなのに。
得体の知れない不快感から逃げるように、トウヤは彼女に敵意を向ける。
ところがこのお嬢様、足払いで倒れかかる中、悲鳴を上げるどころか、逆にトウヤの首に腕を掛けてねじ伏せようとしてくるのだ。
先程の彼女の一方的な攻撃から、ヒカルコが防御を苦手としてるのではないかとトウヤは読んでいた。
公爵令嬢という立場だ。どこで拳法を習ったか知らないが、気持ち良く攻撃をする事ばかりを教えられたのだろうと。
ならば、体術でならやり込めると考えたのだが、どうやらトウヤの見込みは甘かったようだ。
首技で組み伏せられる直前、だが彼は常人離れした身体能力で体勢を変え、ヒカルコの背後を取る。
そして羽交い締めにしてしまえば、体格差で彼女の動きを封じるのは難しくなかった。
「離しなさい! 離しなさいったら!」
ヒカルコは腕を外そうともがく。
「お宝を頂戴したら離してやるよ、偽怪盗さん」
と、トウヤはフロックコートのポケットを探る。だが左右のポケットには何もない。次は胸ポケットと手を伸ばした時。
触れた事のない柔らかみを感じて、トウヤは手を止めた……もしかしてこの状況、人間としてダメなやつかもしれない。
しかし、気付いた時は既に遅かった。
「ぶ……無礼者!」
と強烈な頭突きを食らって目が眩む。それと同時に、胸ポケットに入れた手を後ろ手にねじ上げられていた。
「痛ええ!」
ガシッと掴まれた手を吊り上げられて、ようやくトウヤは思い出した……もう一人の存在を。
ヒカルコを裏口まで見送った人物が、その場に留まって様子を見ていたのだ。
振り返って見上げれば般若の形相が睨み下ろしていて、トウヤはギョッとする。
二十二世紀でも小柄な方ではなかった彼がつま先立ちしたよりも、頭ひとつ抜き出た大女。
ただ背が高いだけではない。ガッシリとした体躯で彼の腕を掴んだ手はビクとも動かない。
その口から、
「お嬢様に何という事を……!」
という地響きのような低音が響いたから、トウヤは焦った。
「な……成り行き上仕方なく……」
「問答無用!」
手首を強く引かれた瞬間、天地が逆になり、芝生に叩き付けられる
あまりの早さに受け身を取る余裕もない。見事なまでの一本背負いだ。息が詰まり全身が軋む。頭の上ではキラキラと星が舞い踊る。
綺麗だな……とそれを眺めているうち、全身から力が抜け、トウヤの意識は暗転した。
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