元禄大正怪盗伝

山岸マロニィ

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Ⅰ.トーキョー・ファントムシーフ

(6)予告状

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 応募者たちは皆素直だった。トラブルを起こせば、公爵令嬢の花婿候補が絶望的になるからだ。
 驚くほどスムーズに、入門の受付が進んでいく。

 そして、トウヤの番が来たところで、彼は懐から魔法石所持免許証を取り出した。
「お名前は?」
「キトウ・サダユキです」

 ……先程の対決で、リュウがあの男の身分証を盗み出したのだ。
 恥をかいただけでなく、身分を証明する事すら叶わなくなった不運な男は、今頃どんな顔をしているだろうか。

 門番の兵士はチラリとトウヤの顔に目を遣ると、すぐさま身分証を彼に返した。
「礼拝堂へお進みください」

 他の応募者に混じり庭を抜ける。
 一分の隙もなく刈られた芝生を、美しく葉を茂らせる木々が彩る。
 花壇で咲く花々は、つい先程までいた地下の廃駅とは別世界の鮮やかさだ。

 茶色の建物が密集するトーキョーの市街地に緑は少ない。乾いた路地を馬車が走るから、いつも埃っぽく霞んでいる。
 埃っぽくない空気を吸うのはいつぶりだろうか。トウヤは思い切り深呼吸をした。

 網代あじろに並べられた赤レンガのこみちを抜けると、木々に隠れるように鎮座する白い建物が現れる。
 アーチ窓を配された三角屋根の建物。これが礼拝堂だろう。

 トウヤは宗教観というものを持ち合わせていなかったが、この世界での「キリスト教の礼拝堂」というのは、かなり珍しいものであるのは知っていた。
 多くの者が、神帝イザナヒコを神として崇めているから。
 それなのに屋敷に礼拝堂を建てたノノミヤ公爵は、国の重鎮でありながら、相当自由な思想を持ち合わせているのだろう。

 玄関ホールを入ると、正面に向かって椅子が並んでおり、既に先客が半分ほど席を埋めていた。
 その部屋の四隅に戦杖を持った衛兵が立っているのを見て、トウヤは首を竦める……まぁ、警戒するのは当然だろう。この機に乗じて怪盗が忍び込む可能性だってあるのだ。
 そう思いつつ、トウヤは隠れるように半ばの席に身を落ち着けた。

 そして、物珍そうに礼拝堂の中を見回す。
 アーチ窓には、百合の花を象った縁取りがしてある。模様ガラスが午後の陽光を透かして何とも美しい。
 正面には色鮮やかなステンドグラスの薔薇窓があって、祭壇に白い女性の像が飾られていた――これがマリア様というやつか。
 この空間が作り出す空気の中では、信仰心の欠片もないトウヤでもおごそかな気持ちになるから不思議だ。

 ほどなくして席は埋まり、入口の扉が閉ざされた。窓のカーテンが閉められ、薄暗い室内に魔法灯のシャンデリアが点る。

 その光の下、中央の通路を一人の男が歩み出る。彼は祭壇に一礼すると、一同を振り返った。
「主任執事のワカバヤシと申します」
 初老の紳士は、白髪を丁寧に撫で付けた頭をもう一度下げる。
 片眼鏡をかけ、燕尾服えんびふくをまとったその出で立ちには、ざわつく面々を静寂に導くだけの威厳があった。
「恐縮ではございますが、ここでの話は他言無用とご承知置き願います。そのため外へ漏れぬよう、カーテンを閉め、衛兵を立たせております」

 一呼吸置いて、彼は応募者たちを見渡す。
「さて、この度お集まりいただきました皆様へ、ひとつお詫びがございます」
 そう言って彼は、胸ポケットから四つ折りにした紙を取り出した。
 それを開いて一同に示し、彼は言った。

「――今朝、怪盗ジュークからこのような予告状が届きました」

 一同がどよめく。怪盗ジュークの名は、一般庶民にまで浸透しているようだ。
 少しばかり満足げな表情を浮かべ、だがトウヤは目を細める――予告状が偽物であるに違いないのだから。

 まさか偽物が現れるとは想定外だ。しかも、予告状を送り付けるとは。

 トウヤは盗みを現実的なものとして捉えているから、これまで予告状など送った事がない。相手に警戒されるだけで、メリットがあるとは思えないのだ。
 師匠が好きだった「怪人二十面相」ならまだしも、実際にはバカげた行為でしかない。

 偽物に勝手な事をされるのは、本物としては非常に都合が悪い。
 怪盗を騙る不届き者は、一体どんな予告状を出したのか……。

 トウヤは眼鏡をずらし、さりげなくこめかみに触れる。義眼のズーム機能だ。
 すると、ワカバヤシ執事が掲げる書面が手に取るようによく見えた。新聞の文字を切り抜いて並べたもの。その文字列にはこうあった。


 ――今宵零時、文殊もんじゅ白毫びゃくごうヲ頂キニ参上スル――


「……文殊の、白毫……」
 ヒノモトの至宝と呼ばれる魔法石はいくつかある。そのいずれもが、ひと度その力を発揮すれば、敵対する陣営を壊滅させるほどの威力を発揮する。
 昨晩、彼が盗んだ『雷神の牙タケミノキバ』が攻撃魔法のいただきの一角なら、文殊の白毫は補助魔法最強の魔法石だ。

 補助魔法とあなどるなかれ。
 全ての魔法を無効化できるという噂のある、実質、雷神の牙よりも上位の魔法石なのだ。

 もちろん、その効果は都市伝説に近いもので、実際に能力が発揮されたところを見た者はいない……そんな事になれば、大魔法都市トーキョーの機能が停止してしまう。
 しかし、全ての魔法を盗むのが目的の怪盗ジュークとしては、絶対に手に入れなければならないお宝なのだ。

 ――しかし、一体誰がこんな予告状を?
 俺の仕事を横取りしてどうする気なのか。

 そう思いながら、トウヤは書面を丹念に観察する。
 新聞の字体は、各社共通のありふれたもの。若干のりがはみ出しているが、一列に並んだ文字は丁寧な仕事ぶりだ。
 だが……と、トウヤはある部分に目を止める。

 白い紙の右側中央、『頂キニ』の文字に隠れるように、ごく薄くシミがある。
 薄ら赤く見えるそれが何なのか。見抜く前にだが手紙は畳まれ、燕尾服の胸ポケットに戻されてしまった。
 ワカバヤシ執事は一同を見渡し、予告状の内容を朗々と繰り返す。

「今宵零時、文殊の白毫を頂きに参上する――怪盗ジュークは、そう宣戦布告をしてまいりました」

 『文殊の白毫』と聞いて、一堂からどよめきが湧き起こる。
 昨晩に続きヒノモトの至宝が盗まれたとあれば、この国の……魔人マヒトの誇りは地に落ちる。国家存亡の危機と言っても過言ではない。

 ワカバヤシ執事は左手を軽く挙げて一同を鎮めると続けた。
「そこで、お集まりいただいた皆様には、大変恐縮ではございますが、探偵選考試験の内容を変更いたします事を、ご承知いただきたいのです」
 執事の片眼鏡が、シャンデリアの灯りを反射する。

「――探偵選考試験の内容は、今宵、怪盗ジュークより『文殊の白毫』を守る事といたします」
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