ルーデンス改革

あかさたな

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 彼らと幾分打ち解けた私は、彼らの好意で服を借りる事となった。
 汚れたままの服を着させていては申し訳ないと言ってくれたロバートさんの申し出を受け、余っている騎士服を貸してもらった。
 一番小さいサイズだと渡されて着てみたが、私の身体には少し大きくて袖が余る。
 おかしくないか姿を確認したい所だが、姿見などない、がらんとした空き部屋では全身を見る術がない。


「……着替えは済んだか?」


 着替えが終わってすぐに、扉の向こう側からクライドさんの声が聞こえて来た。
 タイミングが良すぎて、覗かれているのではないかと常ならば疑った所だが、真面目なクライドさんに限ってそんなことはあり得ないだろう。


「終わったわ。今、行く」


 急いで脱いだ衣服を簡単に畳み、すぐさま部屋を出るべく準備を済ませる。
 汚れたワンピースを胸に抱えながら、ドアを開けると、部屋の前に佇むクライドさんと目が合った。


「お待たせ」


 彼は私の全身をじっくり見て、口を開いた。


「……中々、様になっている」

「ええ!?強そう?騎士に見える?」

「……そうとは言っていまい」


 彼は相変わらず無表情だが、私を見つめる目は優しい。
 出会った頃の全身が凍りつきそうな冷たい目が信じられないほどだ。
 私が彼らと接して変わったように、彼も何か心境の変化があったのだろうか?


「それにしても、あんたは変わった。出会ったころの刺々しさがまるでない」


 まさか、同じような事を考えていただなんておかしくて、思わず笑ってしまう。


「それはお互い様でしょ?」

「……そうだな」


 クライドさんも私につられるように、笑みを浮かべる。
 数時間前の険悪さが嘘だったかのような、穏やかな雰囲気が漂っている。
 クライドさんは微笑んだまま、更に言葉を重ねた。


「戻るぞ、団長がお待ちだ」


 歩きはじめるクライドさんの横に並び、廊下を進んでいく。
 以前と違い、彼と歩くのは悪くない気分だった。
 談話室のドアを開けてくれたクライドさんに軽くお礼を言ってから、薄暗い部屋の中へ入った。
 椅子に座るロバートさんは私の姿を見るなり、切長の眼を細めた。


「これは、随分と可愛らしい騎士だ。よく似合っている」

「あ、ありがとう。騎士の服なんて、初めて着たから似合うか分からなかったんだけど、変じゃないみたいで良かったわ」


 直球な褒め言葉が出てくるから、思わず吃ってしまった。
 ロバートさんってプレイボーイの素質があるかも……。
 誰彼構わず、無意識で口説き文句みたいな事を言っていたら、勘違いする人も出てくると思う。
 ある意味、ロバートさんが女性の少ないルーデンス王国に産まれたのは、女性に苦労しないと言う意味で幸運だったのかもしれない。



 ***



 時が経ち、朝日が昇って空が白み始めてくる。
 私が断罪される時間が刻一刻と迫っていた。

 部屋が明るくなっていくにつれ、私の緊張も比例して高まっていく。
 そんな折、軽やかなノックが談話室に響いた。


「ロバート・サイムズ殿はいるか?至急話したい事がある。いるのなら共に来ていただきたい」


 ドアの向こう側から籠もった男の声が聞こえてくる。
 その声に応えるようにロバートさんは、複雑そうな顔をして立ち上がった。


「……ご指名だ。それじゃあ、行ってくる」


 談話室から出て行くロバートさん背を眺め、長いようで短い彼らとの関係も終わりを向かえようとしているのを実感する。
 私は一体どんな処罰を受けるのだろうか。
 あらゆる罰や拷問を思い浮かべると、恐ろしくなってくる。
 女不足のこの国で殺されるような事はないと思うが、それに準ずる苦痛は覚悟しておくべきだろう。
 とは言っても、いざ目の前まで迫ってくると、苦痛を受ける覚悟なんて決まりそうにない。
 憂鬱な気分のまま、何気なく窓を見やると、外から入る陽の光がキラキラと輝いていた。
 気分転換するなら、外の空気を吸うのが一番だ。
 そう思い立ち、クライドさんに声をかける。


「窓、開けてもいい?」

「ああ」


 了承の返事を機に、ゆっくりと窓辺へと近づく。
 私が窓から逃げ出すことも起こり得るのに、クライドさんは席を立たず、視線だけを私へ向けた。
 逃げてもすぐ捕まえられると思ってるのか、それとも逃げないと思っているのか、クライドさんの表情からは何も伺えない。
 談話室の窓を全開に開くと、ひんやりとした風が身体通り抜け、ほんのり暖かい日差しが私を包み込む。
 まだ低い太陽の光がやけに眩しくて、目を眇めた。
 爽やかな朝の空気にほんの少しだけ、気分が楽になった気がする。
 今日の空は雲一つない晴天で、水色が何処までも続いていた。

 村の空も晴天なのかな……?

 ……結局、皆んなの所へ帰るには、どうすればいいんだろう。
 ここで逃げても捕まるだけなのは分かりきっている。
 鍛え方も体格も情報も、何もかもが劣っている。
 いつか好機が訪れるはずだって思ってたけど、この先もずっと同じような状況下に置かれる可能性だってある。
 だけど、諦めるなんてことは出来そうにない!

 村に私を待っていてくれる人がいる。その事実が私に活力を与えてくれた。

 私が諦めなければ、きっといつか帰れるよね……?

 心の中で問いかけた疑問は、当然ながら答えなど返ってこない。
 ただ、自由に空を飛ぶ鳥が目に焼きついた。

 窓を閉め、元の椅子へ腰掛けると、横から声がかかる。


「……もういいのか?」

「うん……」


 私の目的は最初から変わらない。
 母さんとケインの待つ故郷に帰れれば、他には何も望まない。

 その後、私とクライドさんとの間に無言が続いた。

 聞こえてくるのは、外で鳴いている鳥の声と草木が擦れる音。
 重苦しい空気の中、足音も気配もなく突然、談話室のドアが開いた。


「おはよう。気持ちのいい朝なのに、二人共随分と暗いね」


 飄々した雰囲気を持つこの男には、見覚えがある。
 笑顔で揶揄する彼は、確かーー。


「あ……クリスさんでしたっけ?」


 以前会った時とは違い、隙のない騎士服に身を包んでいて、あの時の彼とは別人のように見えたが、どことなく胡散臭い笑顔を向けられ確信する。
 私の言葉にクリスさんは笑みを深めた。


「僕の名前、サイムズさんから聞いたんだ。あの人、僕の悪口とか変なこと言ってなかった?」


 クリスさんの言葉に一瞬固まってしまう。

 なんか……問題児とか言ってなかった?
 これって悪口だけど、告げ口するのって良くないことだよね。


「さあ?」


 長く喋るとボロが出そうなので、一言で誤魔化すことにする。
 この事が原因で彼らの仲が悪くなったり、喧嘩になったりしたら、居た堪れない。


「ぷっ、バレバレ、全部顔に出てるよ。マリーちゃんって嘘がつけないタイプなんだ。嘘の練習、した方がいいと思うなあ」


 そ、そんなに分かりやすい顔をしてた?

 クリスさんは既に嘘と断定していて、何故か確信してる様子だった。
 元々、嘘が得意な方でないのは事実なので、下手に嘘を重ねても逆効果な気がして、不本意ながら観念する。


「……嘘ってなんだか苦手なんですよね。周りは嘘をつかない人ばかりでしたし、母にも嘘をつくと怒られたりして、知らない間に嘘に対して苦手意識を持ってました」

「……嘘全てが良くないなんてことはないと思うけどね。時には必要な嘘もあるし」


 クリスさんは真剣な顔でそう呟くと、一転して意地悪そうに口角を上げた。


「それで、どんな事を言ってたの?」


 また話が振り出しに戻り、言葉が詰まる。
 どうしたものかと困っていると、隣から冷静な言葉が聞こえてくる。


「……揶揄うのもそれ迄にしておけ」

「いいじゃない、折角揶揄いがいのある子が近くにいるんだから。クライド君だと反応が薄すぎてつまらないし」

「マリーはあんたの玩具じゃない。護衛対象だ。不適切な態度は改めろ」

「はいはい、クライド君ってほんと真面目だよね」


 渋々と言った態度でクリスさんは素行を改め、迷いのない動作で目の前の椅子に座った。


「サイムズさんが何処まで話してるか分からないから、軽く自己紹介するね。僕はクリス・ブレアムって言うんだ。第四騎士団でクライド君と副団長してる。ちなみに、平民だよ」

「マリーです。私も平民出身です。ルーデンス王国では、身分の高い人以外でも騎士なれるんですね」


 この国に対していい印象は持っていないが、生まれで判断されずに良い職業につけるのは夢のある事だと思った。
 私の国では、貴族以上の身分を持たないと、騎士になる事は出来ない。


「平民出身の騎士は結構いるよ。サイムズさんもそうだし、第四騎士団には平民出身が多いから、他の騎士団から平民騎士団なんて揶揄されたりもする。だから、面倒な仕事を押し付けられやすくてね……。あの人達、弱い癖に威張ってて腹が立つんだよなあ」


 殺気を含んだ笑みにゾワリと肌が粟立つ。
 相当、腹に据えかねているのだろう。


「最近だと君の監視と護衛なんて面倒なものを押し付けて来てさ、迷惑極まりないよ。サイムズさんも断ればいいのに……。挙句、その子は逃げ出しちゃうしね」

「それは、まあ……災難でしたね」


 逃げたことで彼らに迷惑を掛けたのは、事実なのでなんとも言えない気持ちになる。
 だからって、逃げない訳ではないのだが……。
 逃げたい私と監視する彼らの関係は、今までもこれからも相容れぬものであるには変わりはない。
 少し前と違って、彼らは仕事で監視しているのだと理解はしているが、私にも逃げなきゃならない事情がある。


「……あまりブレアムさんの言う事を気にするな。お前にも譲れないものがあることは分かっている」


 クライドさんの真っ直ぐな言葉に、私は感動してしまった。
 私の事情まで汲み取ってくれるなんて、本当にいい人だ。


「クライドさん……ありがとう」

「あれ?マリーちゃん、クライド君にはタメ口なんだ」


 やっぱり、会ったばかりの歳上の人にタメ口って非常識よね……。

 彼らと出会った頃の私は、周りを全て敵だと思い込んで、尖った性格をしていた。
 その時の名残で、タメ口のままになってしまっている。


「クライドさん達とは改心前に会ったものですから。なんだったら、敬語にします」

「……余計な気を回さなくていい。言葉遣いなど、俺も団長も気にする事はない」

「クライド君みたいに気にしない人もいるだろうけど、知らない相手には敬語で話した方が良いだろうね。この城には面倒な事を気にする人が多いし」

「そうですよね……」


 クリスさんの言ってる通り、変に絡まれない為にも、言葉遣いは敬語にしておいた方が無難そうだ。
 うっかり王族にタメ口をきいたからには、逃亡罪のほかに、不敬罪なんてオマケを付けられかねない。
 世界一要らないオマケだ。

 そんな時、目の前のクリスさんが、私からドアの方へ目を移した。
 そして、確信を持った口調で言い切る。


「……サイムズさん、来たみたいだよ」


 またいつものタチの悪い冗談かと思ったが、少し経つと忙しい足音が、段々と大きくなっていく。
 そして、足音が談話室の前で止むと、ドアがゆっくりと開かれ、硬い表情をしたロバートさんが姿を表した。
 彼の表情から、私の処遇が悪いものだったのだと判断するしかなくて、無意識に拳を強く握りしめた。
 けれど、ロバートさんの口から出た言葉は、私が予想するものからは大きく外れていた。


「マリー……陛下が直々に君の話を聞きたいとおしゃっている。着いてきてくれるかな?」


 …………一体何を聞きたいというのか。
 逃げた理由?そんなの分かりきってることだ。
 それとも、恨言でも聞いてくれるとでも言うのだろうか。

 どちらにせよ、友好的に会話が出来るはずがない。
 ただ、誘拐の元凶といえども、しっかりこの目で見極めようと思う。
 冷静さを失えば、馬鹿を見るのは私の方だ。

 覚悟を決めて、しっかりと頷く。


「ノースとブレアムもついて来てくれ」

「承知しました」

「ま、仕方ないか。日中の監視兼護衛は僕の仕事だし」


 こうして、私たちは王宮へ向かうべく、第四騎士団の寄宿舎を後にした。



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