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しおりを挟む煌びやかな王城内を歩き続けていると、豪華な内装や調度品を見ても、何とも思わなくなってきた。
完全に感覚が麻痺してきている。
このままだと、家に帰ってちょっとお洒落な物とか見せられても、冷めた反応しか返せなさそうだ。
折角見せてくれた相手に失礼だし、嫌味だと思う。
『やーい、貧民の癖に城帰りー』って頭が悪い馬鹿な子供に絡まれるのが想像つく。
何人か悪ガキが頭に浮かんで、うんざりした。
気持ちとは裏腹に、窓から見える空は青々として澄んでいる。
「……ねえ、授業が終わったら、外に出ることって出来るの?鬱屈した気分を外で発散するのって大切だと思うのよ」
「外に出る事は許可されてない」
物凄くがっかりしたけど、いくら緩いとはいえ、流石に脱走の危険がある外へは行かせないようにしているようだ。
とは言え、外に行こうと思えば、小窓から外に出れそうな事だけは幸いだ。
廊下には、換気用の小さな窓が定期的に設置されている。
その窓はギリギリ私が通り抜けられそうな位の大きさで、まず大人の男は通り抜けられないだろう。
だが、無事に外に出たとしても、見つかるリスクを考えると外出禁止は都合が悪い。
どうしたものかと考えていると、ナタリアが続けて口を開いた。
「確かに制限が多くて、行けない所多いし、監視されていたりして、息詰まるかもしれないけど、ご飯は美味しいし、ふわふわのベッドで眠れるし、生活する分には不安はない。それにまだ先かもしれないけど、子供を産んだら帰ることも出来る……」
ナタリアの言葉が段々と尻すぼみしていき、途中で止まる。
すると、突然、ナタリアが私の手を両手で包み込むように握った。
「……マリー、一緒に帰れるといいね」
「……うん」
ナタリアも心に不安を抱えている、そんな気がした。
私は脱走する気満々だけど、ナタリアは違う。
ナタリアは子供を産んで、正当に真正面から帰る気でいる。
けれど、本当に約束通り帰してくれるのか、心の底では怪しんでいるのだろう。
何せ国全体で拉致をする国だ。
約束を反故にしても何ら不思議ではない。
正直に言うと、逃げる事を望んでいないナタリアを連れ出していいものか悩んでいる。
本人が正規に帰ることを望んでいるのに、あえて危険な橋を渡らせていいものか分からなかった。
今もどうしたらいいのか答えは出ない。
だけど、私は一緒に逃げたい、ナタリアを故郷に帰してあげたいって思っている。
だから、逃亡前にナタリアの意志で決めて貰おう。
私と逃げるか、ここに残るか。
より安全な逃亡計画を練る為にも、多くの情報を集めなければならない。
多少危険を犯すことも覚悟しなければ!
「私、頑張るわ」
「……え、なに?」
小声だったから、聞き取れなかったようで、ナタリアが首を傾げていた。
「ううん、何でもない!それよりも、一緒に帰ろう、ナタリア」
「うん!」
ナタリアがキラキラと輝く笑顔で私に飛びついて来た。
一緒に帰ろうと言ったことがそんなに嬉しかったのか、ずっとニコニコと笑っている。
状況は最悪なのに、ナタリアを見ていると自然と笑顔がこぼれた。
「もう、いつまで笑ってるの?早く教室に行くんでしょ?」
「もう着いてる。ここが私達の教室。結構広いの。入って」
ナタリアがドアを開けてくれたので、御礼を言ってから、若干緊張しつつドアをくぐり抜けた。
部屋の中には、同じ年頃の1人の女の子が縦肘をついて椅子に座っていた。
その子は私を見るなり立ち上がって、こちらに近寄って来た。
くるんと不規則にくるまった黒髪が揺れていて、巻き髪が可愛い。
「起きたのね。なかなか起きないから恐い病気なのかと思ったわ。私はケイシーよ。貴女は?」
「健康体で、ここ一年程風邪すら引いてないマリーよ」
「あっそう。初めに言っておくけど、王子様と結婚するのは私よ。私がこの城に残るの。分かったわね?」
「…………は?」
王子と結婚?城に残る?
どういう事なのかと私はナタリアの方を見た。
「……ケイシーは家に帰りたくなくて、城で暮らしたいみたい。実は、私達が教育を受けているのは、王子様の花嫁修行って感じなの。3人のうち、最も王子様に相応しい人が王子様と結婚する。私は故郷に帰れれば別に良くて、ケイシーは王子様と結婚したい。だから、一応私はケイシーに協力してる」
「……そうなの」
子供だからって、親切で食事と教育を受けさせるなんて、そんな上手い話はやっぱりあるはずもなかった。
でも、これで何故私達に知識をつけさせようとするのか、納得だ。
そりゃあ、無知な王妃は国にとって困るわよね。
だけど、わざわざ他国から連れてきた女を王子と結婚させなくてもいいんじゃないの?
ルーデンス国でも0.1%は女児が産まれている訳だし、国中を探せば王子と似合いの年頃の女もきっといるはず。
裕福な王城暮らしが確定してるし、希望者も多いと思うんだけど……。
私はナタリアと同じ考えで故郷に帰れれば、顔も見たことの無い王子との結婚なんて鼻をかんだ塵紙みたいなものだ。
つまり、王子と結婚して城に残る者が1人で、城から何処かへ出されるのが2人。
その2人が同じ場所に行くとも考え難い。
ならば王子とケイシーの結婚までに、逃亡して故郷に帰る。
もし、能力を図るための試験があれば、ナタリアと態と間違えて、ケイシーを常に1番にすれば良い。
私の心は決まった。
心の中でぐしゃぐしゃの塵紙をゴミ箱へ投げ捨てる。
「私もケイシーに全面的に協力するわ。あなたが未来の王妃よ」
「私達、仲良く出来そうね」
ケイシーと微笑みあっていると、いきなりナタリアが腕にしがみついて来て、私は少しよろけた。
「……マリーとは私が先に仲良くなった」
「ふーん、随分とご執心なのね。まあ、どうでもいいけど」
ナタリアはケイシーを無視して1つの席を指差す。
「マリーの席はあそこ。私の隣なの」
「ちなみに私は貴女の正面よ」
「行こう」
ピリピリとした空気に戸惑いながら、ナタリアに案内されて、自分の席に座る。
席の横には教材と思われる本が積み上がっており、ペンとインクも置かれていた。他にも細々とした物が沢山ある。
「それはマリーの勉強道具。初日に配られた」
私は勉強道具を興味深く、1つ1つ手に取り検分し始めた。
どれもこれも新品かつ最新の道具で、胸が高揚してくる。
中には、見たこともない道具もあり、まじまじと色んな角度から眺めた。
道具を粗方見終わって、次に教科書をパラパラと巡り、流し見る。
本は文字の羅列で、時々禿げたおじさんの似顔絵が出てくることに、うんざりした。
「マリー、何読んでるの?」
「哀愁漂う切なさを教えてくれる素晴らしい本よ」
「……なにそれ。そんな本あったっけ?」
ナタリアに答えようと口を開こうとすると、1人の神経質そうな男が部屋に入ってきた。
男は私とナタリアをジロリと睨め付けると、眼鏡を押し上げ高慢そうに声を出した。
「初対面の人がいるので、改めて挨拶する。俺の名はシーブル。お前らの教育係だ。お前らが王太子殿下に相応しい人物になるよう指導する。尚、出来の悪い奴は補習を受けたり、追加課題を提出して貰うことになる。王太子妃殿下が確定するまで、どんなに成績が悪くても城から追い出されることはないが、王にはお前らの情報全てを報告する。素行が悪ければ、ここを出た後に苦労するのはお前ら自身だ。よく身の振り方を考えて行動するように。以上、質問は受け付けない。授業を始める」
1人でペラペラと捲し立てたシーブルは、王族論と書かれた教科書を持ち上げた。
なんとも仰々しいタイトルの本だ。
「王族論は王族としてあるべき姿、守らねば成らぬ規則を学ぶ。王太子妃殿下に選ばれた、お前らの内の1人は王族として過ごさねばならない。非常に重要な授業であるので、一門一句覚えるつもりで取り組め」
王族になると聞いて、ケイシーは目を輝かせていたが、私は疑問でならなかった。
女を他国から攫う行為は王族としてあるべき姿なのか?
王族論とやらに人を攫ってはいけませんと書いてなくとも、常識的にやって良い事か悪い事か、分かりそうなものである。
周りが敵だらけの中、目立つ事は避けたい。
私は喉から出かけた反抗的な言葉を呑み込んだ。
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