意味が分かったとしても意味のない話

韋虹姫 響華

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EXTRA FILM 3rd ※三章の幕間

雨と雪と霙を覆う霧の中で

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    気を失った水砂刻達をビニールシートに寝かせた後、来幸───、いや【美しき残滓】スレンダーマン【恋路に潜む魔窟】サタナキアと激突していた。
    工事跡地に降り注ぐ豪雨が、次第に雪雲と重なり霙となって両者に降りかかるなか、サタナキアはケラケラと笑いながら掴み合いに転じていた。

「いやぁ♪実験は成功のようですねぇ♪」
「そう……。それが貴女の……狙い?」
「そうですよぉ?互いにすれ違いから起こる嫉妬心に火をつけ、憎しみ合うことで怪異としての力は急激に増大する♪これなら、インフェクターなんて中間管理職は必要なくなりそうですねぇ~~♪ギャハハハハッ!!」
「かもね……。だけど、そう簡単に……いかない。かつて、セミラミスがそうであったように……」

    サタナキアの実験とやらに、一つ助言めいた返しをして来幸は掴み合っている両手を引き込み、素肌が露出している腹部に脚を押し入れて巴投げをした。泥のついた靴底が触れたことと、ぬかるんだ地面に叩きつけられたことで、すっかり泥まみれになったサタナキアは狂気じみた笑みを浮かべてヌルッと起き上がった。
    そして、お得意の高速移動で来幸へ急接近し、スチームを蒸かして熱を発するアームをいつの間にか装着して、渾身のストレートを繰り出した。腕をクロスして、涼しい顔で防ぐ来幸。土を抉りながら後ずさった先に、回り込んだサタナキアの回し蹴りが急所をつくも、姿勢を倒して躱し空振りした太腿にカウンターキックを当てた。

「やりますねぇ♪流石、腐ってもインフェクターと言ったところですか?ニシシシシ……。あ、でも。わっち直接お会いするのはこれがはじめてですけどね?そもそも、8年前なんてわっち────、ッ!?」
「喋り過ぎ……だよ?」

    サタナキアの頬を銀色の線が、音を立てずに通過した。
    来幸のダガー。その軌道を視認するより先に、アームが顔をブロックした。衝撃が生じたのも束の間、来幸は差し向けた手とは対角になる膝を回し入れて、追い討ちをかけていく。間に合わず頭部に伸びた脛が直撃し、バチリとショックがかかると同時に、来幸は両手のダガーを両脇腹に突き入れる。
    サクッと綺麗にサタナキアの皮膚を貫通させ、そのまま押し込んで持ち上げた。アームから蒸気が出るのを確認すると、水面蹴りで脚を取り横転することも許さずに、宙へ打ち出した。無防備となったサタナキアの頭上まで飛び上がり、クルッと回転して両手拳で地面に叩きつける。落下の衝撃で、脇腹に刺されたダガーが吹き飛ぶ。それを来幸は降下しながら、自らの手に引き寄せて倒れているサタナキアの首元に突き立てた。

「────、どう?」
「はぁ、はぁ、はぁ♪やばいッスねぇ~、先輩♪」
「貴女には……決定的に、足りていないもの……ある」

    完全にマウントを制した来幸は、冷たく生気のない目でサタナキアを見下ろしていた。
    そして、来幸がいう足りていないものとは、怪異を生み出す能力を過信しているということにあった。インフェクターは、自身の性質にあった方法で怪異を作り出す。そう考えられているが、その本質は違っており、人間を怪異へと引き込める能力はあくまでも副産物に過ぎなかった。
    インフェクターとは、怪異を伝染させていく存在。インフェクションとベクター、つまりは感染遺伝子を運ぶもの。そう、インフェクターとは、怪異になる傾向のあるものを誘発し、世界に噂や都市伝説を広げ続ける存在なのである。その対象は

「理解が足りない、とぉ?確かにスレンダーマンさんって、インフェクターなのに怪異を生み出したことってないんですよねぇ?」
「ええ。私は、宿主に寄生する……そういう、怪異だから……。数を増やす……必要はない。これも立派な感染───、そう……取れない?」
「ギャハハハハッ!!そういうことッスねぇ♪ウィルスみたいなものだって言いたいわけですかぁ♪」

    あと一つと口を開いた時、負わされた傷の修復が済んだサタナキアは、両脚を振り回して来幸を切り離し起き上がった。次の瞬間、サタナキアは中途半端に装着していたアームドを完全装着する。

悪魔憑着デビライズネーション───。

    メカマスク、メカアーム、メカレッグ、メカメイルを纏ったサタナキアの戦闘形態。そのフルアーマー状態へと、姿を変えた。しかし、本人の拘りからか、メイルは胸部とみぞおちを守る程度の装甲が着いただけで、肝心の腹部はへそ出しルックのままになっていた。
    変身をもう一段階隠し持っていたことに、来幸がたじろいだ一瞬を突きサタナキアの反撃が始まった。疾走からの飛び膝蹴りで、来幸の顎にクリティカルヒットさせる。さっきのお返しといわんばかりに、跳躍して両脚を海老反りで打ち上げられた来幸目掛け突き入れて、地面に叩きつけた。弾んだ来幸を逃さないと、メカテイルを装着した尻尾で掴んでサンドバッグ状態にさせて、両手を交互にジョブパンチを繰り出して高速で殴りつけていった。

「キャハハハ──、アハハハハ───、エアァ~~ハハハハッ♪」

    ドガドガと強烈な殴打音を奏でて、来幸の体をしたスレンダーマンを追い詰めていく。スカイアッパーで空高く吹き飛ばすと、何もない空虚に印を踏んでレーザーガンを呼び出し、スコープで来幸に狙いを定めて放った。


ピッ!ピュ────ィィン...グゴォォォンッッ!!!!


    禍々しくも電脳的な衝撃波と音を奏で、自由落下してくる来幸にレーザーが直撃して大爆発を起こした。その爆発を見て「いやぁ♪素敵な花火ィ♪」と、勝利を確信した口角上げを魅せるサタナキアであった。

    光が消えて、霙が静かに降りしきるなか、サタナキアは悪魔憑着を解除してゆっくりと。気絶している水砂刻達のもとへと近付いた。そして、水砂刻の顔を見つめると、しばらくその場で硬直していた。

(ほ~んと……、可愛いですねぇ♪もう持ち帰って、わっちの手で調教しちゃいたいくらい……♪)

    身震いさせながら、水砂刻に対して抱いてしまった感情と捗る妄想にヨダレを垂らしていると、霙が止んだ。音がなき静寂のなか、腰を落として水砂刻の顔に手を伸ばした。

────ガシッ!!

「ッ!?」
「それが……、貴女の……弱点、だよ」
「なっ……、しまっ────!?」

    突如、腕を掴まれたサタナキアは気が付くと放り投げられていた。投げ出された瞬間、視界に入った来幸は確かにレーザーガンの一撃を喰らっていた。しかし、被弾によって化けの皮が剥がれた背甲から黒く長い手が、まるで翼のように伸びていた。サタナキアはその巨大な腕に捕まれ、投げ飛ばされたのであった。
    このままでは、さっきみたく修復可能な攻撃では済まされないと予感する。がそれよりも早く、風すらも斬り裂いて接近するスレンダーマンの影のナイフに、全身を切り刻まれるサタナキア。まだ、悪魔由来の治癒力でどうとでもなる損傷ではあるが、そこに余裕はなく不安を感じていたことがスレンダーマンには筒抜けであった。

「貴女……、まだ……。だから、来幸には……勝てない。だから、水砂刻が……気になる……」
「ひ、ひぃ……っ!!??」

    心の底にあった、愛舞不確かなものを覗かれたようなその一言が、サタナキアの恐怖をより加速させた。来幸、いやスレンダーマン本体は動くことなく、影から伸びた長い手脚がサタナキアを嬲り続ける。
    やがて、一歩ずつ耐え忍んでいるサタナキアに近付いていくスレンダーマン。来幸の肌を形成していた皮膚が剥がれ、顔が変装マスクのように垂れ下がり素顔が明らかになる。真っ黒な、幼児が黒いクレヨンで塗りつぶした漆黒のシルエットに、穴の空いた白目。凡そ、三次元の顔ではない絵本の中から飛び出してきたバケモノが、刻一刻と終焉を引き連れてやって来る。

「やめておけ、スレンダーマン。不出来な弟子には、オレから教育してやっから、その辺にしてやってくれ」
「────っ?弟子想いなんだな、アスモダイオス……」

    そこへ現れた、【残念美形の魔将】アスモダイオスによって、戦闘は中断となった。すっかり来幸の大人しめな話し方から、怒りのこもった声色になっていたスレンダーマンは、インフェクター二体を相手するのは分が悪いとサタナキアの拘束を解いた。全快しているわけでもなく、戦闘ができる状態でもないアスモダイオスは、要求を飲んでくれたスレンダーマンに感謝をする。
    スレンダーマンは、修復を優先して来幸の姿へと戻ると、水砂刻達を霧の球体で包みその場を離脱する意志を見せた。「次は……貴女とも、戦う」といつもの口調に戻って、霧隠れの濃霧を巻き起こして姿を消した。しかし、窮地を助けてもらったサタナキア本人もその場から姿を消していた。

    師匠であるアスモダイオスの介入を利用し、間もなく倒されてしまう【雪女】と【雨女】のもとへと向かったのであった。


□■□■□■□■□


    辰上達、噂観測課への挨拶を済ませて退散してきたサタナキア。鳴堕なた 暁咲あきさという人間態に姿を変え、暗くジメッとしたドブの臭いが酷い裏路地を通って、クラブのなかに入っていく。
    そこには、ガラの悪い連中が違法賭博をやっている地下格闘技場があるが、暁咲は寄ってきた男のナンパをガン無視して奥へと進んだ。無視されたことに腹を立てた男が後を追うが、暁咲は食べていたガムをその辺の女に吐きかけた。すると、その女が追ってきている男に飛びつき服を脱ぎ捨てて、周囲の目を顧みず男と行為に及び始めた。
    奥のVIPルームの前に立った暁咲。目の前に立っていたサングラスをかけた男が、暁咲の顔を確認して部屋の中に案内する。そこには、複数組の男女が全裸の状態で悶絶している。ある者は泡を吹いて気絶、ある者は行為の果てに腹上死している有り様。暁咲はそんな光景には目もくれず、ボックス席に座っている人影の方へと足を進ませる。

「まぁた、随分と変態チックなところに呼び出しますねぇ♪エヘヘッ♪」
「仕方ねぇだろ。こんなとこにでも来て、人間ども精気吸わねぇと回復出来ねぇくらいに、オレは重傷だったんだからよ」

    そこに座っていたのはアスモダイオス、いや天汝あまな 狩婬かいんであった。バーボンをかっくらっている天汝の横に、とりあえず座って酒を注文する暁咲。バーテンダーは、非常に落ち着いた態度で頼まれた白ワインを差し出した。それもそのはず、何を隠そうこのバーテンダーも天汝の手下。つまりは、悪魔系怪異なのである。

「アスモダイオス様……、おっと失礼。天汝様をあまり困らせないでいただきですね、サタナキア様」
「わっち、この姿だと鳴堕 暁咲って言うんだけど?まぁ、サタナキアのアナグラムなんでぇ?あんまし意味ないんですけどねぇ?ギャハハハハッ♪んでんで?聴きましたよ~~色々と♪お師匠ってば、わっちが前に日本来た時に怪異にしてやったギャルの堕天に失敗したんですって?ウケます、それ♪」

    衝撃の事実。
    なんと、音雨瑠 空美。彼女を怪異化させたのは、サタナキアだったのだ。最も、その時は代田しろた 叶逢とあという人間で家族との喧嘩で家出して、見知らぬ男に体目当てで言い寄られていたところを助け、好きな男がいたとか色んな話を聞かされた後で、当時の実験のために音雨瑠 空美という人間としての記憶を与え、設定もギャルということにして怪異化させたのであった。

「女の情欲は凄いですからねぇ♪すっかり、手に入れた偽りの記憶で何人もの男を喰って、金を巻き上げてましたねぇ~♪怪異の変調を来たしてから、怪異になった後の記憶しかなくなってたのはビックリでしたけど、そのせいでお師匠はあの子が天然の怪異だと勘違いして、堕性流し込んでインフェクターにしようとしてたなんて────、ブフッ♪」
「それ以上言ったら殺すぞ!……、でも無駄だったってこともないんだろう?」
「はい♪そりゃあ、もちろん。だって、わっちが植え付けてあげた記憶で発生した怪異は【美しき愛性の女神】アプロディテ、お師匠が目をつけていたとおり、悪魔の上級怪異に堕天はする手筈だったんですから♪」

    しかし、【知恵の女神】ミネルヴァの介入によって、堕天はせずに終わった。そこに、上乗せしてアスモダイオスの工作が入ったことにより、【知恵の女神】ミネルヴァは沈黙している今、叶逢の中に眠る堕性を呼び起こせば、アスモダイオス達の盟友である【獄炎の皇女殿下】アシュタロスが現れる。
    そうなれば、怪異と人間のバランスを取ることもより容易になるというのが、アスモダイオスの書いたシナリオだ。悲願達成の暁には、ホウライ達との同盟も終わりにするつもりでいる。

「あっ!悲願成就の暁っ!?そしてわっちの暁咲にも暁が使われている♪これは、きっと運命ですねぇ♪あそうそう、運命と言えばですけど────」

    暁咲のテンションが上がっていく傍らで、天汝はバーボンを飲み干して席を立った。そして、ダーツ台に向かい的を特に意識せずに投げながら、暁咲の話の続きに耳を傾ける。

「ちょっと聴いてるッスか?あっ?ひょっとして、わっちがバフォメットと同一視されているからって、下に見てる感じですかぁ?ヒックッ!?まぁ、わっちは所詮、人間から怪異になってインフェクターに昇格した女ですからねぇ……。ヒックッ!?バーテンダーちゃんが、ヤキモチ妬くのも無理ないですよねぇ?はぁ……水砂刻クゥ~~~ン♡わっちは、キミのことがぁ好きになっちまいましたよぉ……ウィックッ!?」
「何、悪酔いしてんだ?そんなことよりオレに話していた情報がまだ途中だぞ?」
「ウェ……?あ~、████のこと……れふかぁ?い~ひっく!!あぁ……」

     呂律が回らくなるなか、暁咲は日本へ来ていないインフェクター。今は裏切り者となったハスターが見つけたという、『W』についての話をするのであった。

     その名は...【■命の■に■□花■】??????────。
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