意味が分かったとしても意味のない話

韋虹姫 響華

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第二章

サバイヴ イン ジェニー ─中編─ ★★☆

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    入国して早々に手続きが多くて大変だと嘆くトレードは、肩凝りしていることを隠すつもりなくゴリゴリと音を鳴らして回した。その様子を見慣れた光景と流し目でスルーする娘の寄凪よりなと旦那の憐都れんとが待つタクシーに乗った。

「ママ、アタシ飽きちゃってたよこの街並み見て待つの」
「生意気言ってんじゃねぇよ。滅多に海外なんてするもんでもないんだからよ。それより、宿に着いたらパパは直ぐに仕事の話に行かないと行けないから、あたいと一緒にショッピングでもするか?」
「うーん……」

    これが仕事を抜きにした家族での海外旅行だったらどれほど良かったことか。寄凪は中学生でありながらもそう心に思いを募らせていた。なんで両親共々同じ国に仕事で呼ばれているのかまでは分からなかったが、自分の通う学校は新校舎への改装工事が始まる関係で時期ずらしてのゴールデンウィークとなったことにより、家に一人で一週間も過ごすくらいならと着いてきたのだ。
    だというのに、こちらに来てから二日間は乗り物での移動ばかりで、憐都の方の手続きが終わったかと思えば次はトレードの方の手続きで時間を取られと、両親の仕事がなんなのかますます不思議になってきたといった様子で溶けたアイス同然に座席にだらしなくへたり込んでいた。

「着いたよ…。じゃあ、部屋へ行こうか…」
「お、おう!」

    自分の旦那に声かけられたくらいでギクシャクした態度になるトレードのことももう見飽きていた寄凪はリアクションもツッコミも入れずに自分の荷物だけ持って部屋へと向かった。
    スマホを片手にこの後の予定を確認しながらエレベーターへと向かう憐都に「歩きスマホ、駄目なんだよパパ」と学校の先生に普段言われていることを親に向かって言う。ならばとタブレットに持ち替えてスケジュールを確認するも、注意を目下に向けるものを持って歩くこと自体が危険だから駄目なんだと親子でプチ漫才を披露しながら、予約した宿泊室に着いて中へ入った。

「うわああ」
「ここ、寄凪のベッド……。僕と■■はこっちのダブルの方でいいだろう?」
「へ?あ、あぁ……?も、勿論?いいぜ……」

    初めて泊まりデートするカップルでもあるまいしと、年甲斐にもなくソワソワしている我が母を見て溜め息をついてソファーで寛ぐ寄凪は、この後トレードとショッピング行くことに決めた。その前にまずは、ここまでろくにお風呂にも入らず移動が続いたことで不快感がMAXになっている体をシャワーで清めにバスルームへと向かう。
    寄凪はここへ来てはじめて、心の奥底からの感動の声を上げた。ジャグジー付き大浴場が、宿の一室にあるなんてことが通常生きていて体験できるものではない特別感に心を踊らせた。

「いいなぁ♪いつか彼氏と来たいなぁ」
「?────寄凪、お前……彼氏とかいるのか?」
「今はいないよぉ~♪あ、でも好き……っというか、気になっている人なら?」

    娘のませている一面を見て耳の裏を掻きながら「そっか」とよそ見して返した。

    支度も済ませて部屋を出てロビーまで降りる。レンタカーを借りて面会に向かう準備をする憐都に手を振りトレードのもとへ来た寄凪と一緒にモール街の方へ向かうとした時、自動ドアを出たところで立ち止まった。そこには、執事が身につけるタキシードスーツを身に付けた赤髪の女性が立っており、トレードの顔を見るなり近付いてくる。
    日本を出ると色々な趣味趣向、風土の違いがあるとは聞いていた寄凪は思わず、ファッションセンスも異なっているのかあんぐりした表情で見入っていた。それに気付いたトレードが寄凪の顔位置に中腰になって向き合い「パパについて行ってくれ」と告げ、まだ出発していない憐都の方へ向かわせた。

「流石、極地課のお方。ひと目でわたしのことを噂観測課の人間であると見抜いていただけるとは……」
「まぁな。んでも、なんだって現地の観測課があたいと顔合わせする必要があるんだ?そっちの手が回らないから飛ばれたはずだぜ?」

    海外支部の応援。
    今回、トレードはそう言い聞かされて出向いてきたのだ。だというのに、こうして挨拶をする時間があるというのが不思議に思ったので尋ねると、状況が変わったと言って名刺を差し出し名前を名乗った。

    ラウ・フロス。
    トレード達が属している日本を神風支部と呼ぶのに対し、世界地図でいうところのその北部から北極地までを統括するアジアン支部の怪異使いで、神風支部に応援を要請した張本人であった。
    なんでも、アジアン支部が管轄になっているこの国を中心に怪異の連鎖発生が確認されているのだが、その傾向がこれまでの周期的なものとは一線を画すほどのイレギュラーであるとの事でラウは原因究明のため、単独で調査を行なっていたのだ。

「んで?そのライセンサーであるあんたが、なんだってあたいらに要請をしたってんだい?」
「怪異現象の後処理。その為に生まれながらにして、名無しの人間達を育成する機関があったことをご存知でしょうか?極地課の皆さまのご活躍によって、そのような施設があることを摘出し、処分を徹底して来ました。しかし────」

    ラウの情報はトレードにも知らされているものであった。
    その昔、怪異に関わる人間を人知れず処分し対象の怪異も討伐することを習わしとして来た組織は、その一切の痕跡を消すものであってもを持ち合わせてはいけないものと考えていた。では、尊厳など持たぬ名無しの人間を作り出すことによって、そのもの達に怪異の隠蔽工作をさせていたのだ。
    しかし、あまりの非人道性から時折その機関を廃止するように声を上げるものが居たが、代替えとなるものがあるのなら考えなくもないという機関の交渉に担保となるものがなかった。怪異をその身に宿せる一定の民族。人々がシャーマンと呼んでいた民族や霊能力者の手で怪異を鎮め清めることが出来なかった時代だからこそ、その対策が妥当だと考えられてきた。
    だが、そんな知られざる悪循環に打ち止めを刺したのが《ハイブリッド因子》と呼ばれる因子投与によって、確実に怪異を身体に宿すことの出来る技術を獲得したことであった。これにより、自主的に怪異と対峙する人間を編成することができるようになった。勿論、トレードはその治験対象の一人であっただけで、今の世にヒーローになりたいみたいな動機で因子投与を受けて噂観測課に入る連中とは、経緯いきさつが違ってはいた。

「そっか。そん時の生き残り……、C27って呼ばれていた名無しの人間が組織を裏切ったのか」
「はい。彼同様に、奴隷のようなのような日々を送らされていたブランクチルドレンは、彼の手によって皆殺しに……。既にその動悸すらイレギュラーなのです」

    これまで散々、自分達を人権のない名無しの奴隷として扱ってきた組織が噂観測課と名前を変えて今も怪異との戦いに身を投じていることが許せないと思っているものも居たはず。なのに、C27と呼ばれていたその男性は同じ苦しみを知っているもの全てを殺したのだという。最も、噂観測課はあくまでも怪異への対策室として新たに立てられた組織のため、恨むのは勝手ではあるがその本質は既に人間を名無しの奴隷として世界で起きていることを隠し通すことを手段として良しとはしていない。
    そのために、機関に囚われていた人間に生きる場を提供していた。例えどれだけ卑下されようとも、二度と同じ過ちを繰り返さないように───。奴隷とされていた者達も名前を手に入れられるとともに、居場所を手に入れることが出来てその緋の目は摘まれたと思っていた。

    ラウはその後も状況の説明を続ける。
    かつての同胞をすべて殺したC27は《ハイブリッド因子》の完成に至るまでの製造過程で造られたプロトタイプの因子を持ち出し、自身に投与して怪異の力を手に入れて逃亡中とのこと。
    だが、トレードには疑問があった。それが今回依頼された任務となんの関係があるのかと。

「この国で起きている怪異の連鎖発生。それと同時に怪異が討滅されております。。我々だけで対処出来ないことは、観測できた時点で明白でした。一つの怪異が確認されて、同時多発的に発生が確認された。にも関わらず────」

    その悉くが続々と消滅した。
    噂観測課としては、これがインフェクターによるものであることが判明しており、その真名も判明済みであった。

────────────────

インフェクター第8号:【星を彷徨う風】ハスター

────────────────

    この【星を彷徨う風】ハスターこそが、イレギュラーな現象を作り出している権化であり、その目的がようやく判明したのだ。それは。基準は分かっていないが、選りすぐりの怪異を集めて何かを企んでいることを掴んだ。そして、その企てに手を貸しているものの存在を確認したラウが見たものこそが、C27なのであった。

「つまり、その逃走者とこの国にいるインフェクターが手を組んでいる」
「左様でございます。わたしが追跡し調査していたものと、あなた様にご依頼した怪異調査……。その裏で糸を引くインフェクター。この2つが繋がっているとなれば、こちらも協力して対処に臨まなくてはなりません」
「なるほどな。ただ出っぱしの怪異ぶっ倒して帰国って訳にはいかないってこったな、こりゃあ」

    状況が呑み込めたところで、スマホを取り出して家族のグループチャットにメッセージを残して部屋を出るトレードは、そのままラウとともに調査へと赴くのであった。しかし、到着した場所にて言葉を失った。

    なんとそこは、憐都が急遽手術を請け負うことになった病院だったのだ。

✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳

    トレードがラウと話仕込むこととなって憐都の面会挨拶に同行することになった寄凪は口を尖らせて愚痴を零した。

「なんだって、アタシ達の部屋にあの女の人招き入れてお話する事なんてあるのさ。仕事は明日からだって言ってたくせに」
「ママとお買い物…、したかったのか?」
「別にそんなんじゃないけど……」

    素直ではない年頃の娘の不貞腐れぶりにクスッと笑いながら、ハンドルを切る憐都。ふと、車が右折する時に寄凪は違和感を覚えて父親の運転と車道を見てその正体に気付いた。なのである。それなのに、憐都は何も不自然さを感じさせないまま車を走らせていた。
    視線を感じた憐都が視線を向けて「まぁ、僕なら出来て当然だから…」と目で言い聞かせてきていた。流石、異様なまでの天才と言われている父親だと、寄凪は誇らしさよりも自分にもその血が半分流れているのかという若干の恐怖が勝っていた。それは恐らく、そんな憐都の目が今にも眠りに落ちてしまいそうなほどうっとりしていたことも影響としてあったであろう。

    そんなことを思っているうちに目的地に到着した憐都は、車を降りて鞄を持って病院の院長と話してくると言って寄凪を車に置いて行こうとした。流石に暑くて熱中症でどうにかなるようなことはなけれど、このままいつ戻ってくるのかも分からない帰りを待つくらいなら病院内を見て回る方がいいと車を出て言った。
     寄凪に鍵を渡すと、患者の居る病室までは行かないようにと口約束して院長室へと向かった。病気を移されたくはないからいわれなくても、無闇に病室は入らないよと舌をべーっと出して下瞼を人差し指で引っ張った。

     さて、そうは言ったものの病院は遊ぶような場所でもないしと寄凪はとりあえず好き出歩ける広場に行って暇を潰すことにした。本当なら、今頃トレードとショッピング出来ていたはずなのにと思うと実に残念感が勝ってしまい、中央のベンチに腰掛けて空を見上げた。すると、木に引っかかった風船を取ろうとしている少年の姿が目に止まった。見れば小さな子どもが泣いており、その子どもが持っていた風船が木に引っかかってしまったようだ。
    木によじ登って取りに行こうと頑張っている少年であったが、ほんの少しだけ地面から脚が離れた高さで息切れを起こして苦しそうにしていた。そして、しがみついていた手に力が入らなくなり落下してしまう。

「うわっ!?────え?」
「ちょっと大丈夫?あの風船、そこの泣いてる子の?」
「う、うん……。でもボク……」

    風船を取ってきてあげると約束したが、体が弱くて木をのぼること登ることすら出来なかったと落ち込んでいる少年。ごめんと謝ろうと泣いている子どもの方を向いた。

「はい。もう手放したりしちゃダメだからね?────ってちゃんと話せてるかな?アタシ……」

    少年が落ち込んでいる間に、寄凪が木に登って風船を取って子どもに渡していた。寄凪は憐都から教わったこの国の言葉で伝わるように話したつもりだがどうかと頬を人差し指でポリポリと掻きながら、笑顔を取り戻して帰る子どもに手を振られたので振り返していた。
    それでも手を振り続けている子どもを見て、寄凪は少年の手を掴んで「ほら、アナタも」と手を振らせた。寄凪は少年に自己紹介し、少年の名前も聞いた。
    ジェニー。そう名乗った途端に咳き込んでその場にしゃがみ込む。いきなりのことで驚きはしたものの、すぐに背中をさすって咳が落ち着くまで寄り添って治まったところでベンチに座らせて自販機で水を買って手渡した。

「……ありがとう。ヨリナは、ニホンってところから来たんだね……。ボク……、明日、手術が…あるんだ」
「ふ、ふぅ~ん。さっきも木登り、大変そうだったもんね?どこが、悪いの?」
「心臓……」

    そう言ってジェニーは、寄凪の手を取って自分の胸に当てた。ドクドクと小さく鼓動していて、とても弱々しい鼓動がから振動してくる。

    ジェニーは元々体が弱く、心臓もこのままでは持たずに死んでしまうと診断されていたが、臓器提供が奇跡的に見つかったと知らされ心臓移植手術を受けることになったのだ。しかし、ただでさえ奇跡が起きたのにを信じる必要があるとされていた。
    心臓が右胸心のジェニーは機能的には問題がなく、先天的奇形は伴われてはいなかったが、過弱体質である体が心臓移植のストレスに耐え切れずに死んでしまう危険性があるというカルテが出ていたのであった。これにより、成功率は格段に下がり通常の移植手術とは勝手が何もかも違うということを聞かされて、ジェニーは耐えられる自信をなくしてしまっていた。

「しかも……今日、手術してくれるお医者さんが……変わるって……。ペルビア先生じゃなくなるって聞いたんだ……」
「誰に変わったの?何て名前?」

    寄凪はジェニーの不安そうな表情を見て感じていた。自分の父である憐都なら、彼を救ってあげられるのではないだろうかと。
    しかし、その心配はなかった。ジェニーの口から聞かされた担当医こそ、その憐都だったのだから。それを聞いた寄凪はベンチから飛び上がってジェニーの前に立って両手を拾い上げて祈るように組んで笑顔を向けて言った。

「大丈夫。ジェニーの手術、絶対に上手くいくよ!!だって、ジェニーの手術してくれるその人、アタシのパパだから。アタシもジェニーが無事に手術を成功させて目を覚ました時、そばに居てあげる」

    そう言ってジェニーの肩を持ち上げて、病室まで送り届けるから場所を教えて、と案内してもらい入院患者の居る病棟を目指すのであった。その道中、連絡棟を走って通過する影が目に止まった。旧い病棟の方へ消えた影を追いかける影を見て寄凪は一瞬固まった。

(え?なんで……?────ママ、だよね?)


✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳

━ 数分前 ━

    病院前で見上げたまま硬直するトレードにラウが声をかける。
    事情をラウに話すと、トレードの本名と同じ苗字があったことの合点がいったと頷きながら今回の怪異に魅入られている或いはすでに怪異となっている疑いのあるターゲットの顔写真を見せて言った。

「では、ご家族に見られてしまう前にこの方とコンタクトして真偽を確かめにいきましょう。目的は、あくまでも彼女を怪異の側に引き連れようとしている【星を彷徨う風】ハスターとC27の繋がりの確認と、この両名を引きずり出すことですので、この場では討伐をしないでいただきたい」
「へっ、注文が多いこった」

    とりあえず冷静さを取り戻したトレードは拳を鳴らしながら、ラウに着いていきターゲットのいる病棟へと向かった。
    診察室にノックして入ると、ターゲットのペルビアは不在であることを知らされる。臨時で院長が休暇を入れていることを確認したラウが院長に状況を聞きに行くことにしようと持ちかけると、トレードは歯切れの悪いリアクションを見せてしかめっ面を晒した。そう、院長室には間違いなく自分の旦那である憐都が居るからだ。
    トレードは娘には勿論、旦那にも自分のやっている仕事内容を知られる訳にはいかないため、やり辛さを感じていた。ラウは問題ないにしても、家族という関係に立っている以上はそうも言っていられないと院長室の中へは一人で入ることを約束した。

    院長室へ立ち寄り、院長室への入室許可を貰ったラウは一人中へと入った。すると、そこには院長と憐都の面会にペルビアが同席していた。憐都が手術を行なうことへの反対と、自分が立ち会えないことへの苦言を呈していた。

「君は、医師としての在り方を……履き違えている。医師は人の命を救えることを認知してもらって、名声を得るものでは…ない。救いを求めている生命を救う……。それがドクターだ……」
「────。ふっ、ぽっと出の天才が……。だから、そんなことが言えるのさ……。貴方に、あの患者は渡しません────、例えこの手で……貴方の生命を奪ってでも。私が────あの子を、救うッ!!」

    顔に手を当て、漆黒から覗かせる片目で憐都を睨み殺意を高めていく。そこへ、ラウが現れたことで院長がラウに飛びついて足止めをして「ペルビアくん、逃げろぉ!!」と言った。その言葉を聞いて、噂観測課に勘づかれたとペルビアは院長室を飛び出した。程なくしてラウから離れた院長は、頭を下げて謝った。

「いいえ、別に構いません。ですが御二方、どうかわたしが戻って来るまでは、この部屋を出ないでいただきますようお願いします」

    そう言い残して、ラウは逃げていったペルビアを追うのであった。

━ 現在 ━

「待ちやがれぇ!!」
「チッ……、もう1人居たなんて……」

    院長室を飛び出した先でトレードに出くわしたペルビアは追跡されていた。誰も居ない旧病棟まで逃げ込んだところで二階廊下の窓から飛び降りた。流石にその身体能力は怪異化していると確信したトレードは、登りかけていた階段を降りて飛び降りたペルビアを追いかけようと旧病棟の外へ出た。
    走り去っていくペルビアを見た森林地帯まで追いかけると、途中で雷がトレードを頭上から襲った。身を翻して躱すと、間髪入れずに真っ白な光のレーザーが横一線に押し寄せて来た。屈んでそれも避けたところで起き上がり前方の茂みを見た。

「悪いが、あの女はやらせる訳にはいかない」
「てめぇ───、インフェクター……いや、それと協力してるっていうC27って奴か?」

    懐かしい呼び名だと笑って答えた。
    トレードは倒してでないと進ませてくれないことを察して背中に背負っていた肩下げバックから警棒サイズの得物を取り出した。ジャキッとリーチが伸びる音を立たせてロッドへと変形させ構えると、何故同胞を殺したのか。そして目的はなんなのかを問い詰めた。

「協力してくれるインフェクターは、インフェクターを裏切る。そして、我が願望は《混沌》。そこへ辿り着く試練に、かつての仲間の命を奪った。ただそれだけのことさ。それに、こんな世界。混沌に染めて壊すのだから、生じ中途半端に生きている方が地獄かと思ってね。せめてもの救いと思って殺ったというのも理由としては通じるだろう?」
「さぁな。この世界とは、また大きく出たもんだが……。あたいもてめぇも、この世界の表には存在しないってだけのことさ。腐っちまったその考え、地獄まで持っていけよなッ!!」

    走り出すと同時にロッドの先端が中心を貫く。がしかし、手の甲でその一撃を防いでみるみると全身に水色の鎧を纏っていき、装着時の反動でトレードを押し返した。そのまま反撃に転じながら、自身に授かったを口にして自己紹介とした。

「はじめまして、観測課の人。我が名は【混濁する使命と正義】サンダルフォン!!これより────正義執行を開始する」

    轟雷を纏った拳を突き出し、触れれば感電死するであろう帯電周囲に解き放った。その裁きのいかずちをトレードは向かってくるものだけをロッドで弾き、距離を詰める。横殴りで脚元を狙った一撃を躱し、鎧から飛び出したパーツを電磁波で操って投擲攻撃を仕掛けるが、トレードも負けじとそれらすべてを弾き拳でサンダルフォンの急所に一撃当てた。

「ぐほぉ!?────。やりますね、ならば────っ!!」
「何?お前、手下を従えられるのか?」
「それはそうでしょう?サンダルフォンとは、悪しきを完膚なきまでに罰する絶対正義の裁天使。その最たるはことが目的であったとされる無限の軍勢を指すとか……」

     そう言ってサンダルフォンの周りに地面から天使の虚像が姿を現し、そのまま動く石像となってトレードに襲いかかった。その数の多さに手間取りながらも一人立ち向かうトレードは木の上を伝って、ペルビアを追う者の姿を捉えたことで戦闘に集中するのであった。

□■□■□■□■□

    トレードとサンダルフォンが会敵している間に深い森の中へと姿を消そうとしたペルビアであったが、追っ手をまいたと油断した背中に重圧が加わり地面に身体を胸から打ち付けて転がった。

「そこまでです。ペルビア先生────、いいえ、怪異さん」
「くっ、フフフ…。よくもまあ、私の医者生命を奪うのにあの男を使ってくてましたね?」

    それは上層部が決めることであってラウには関係のないこと。たまたま“ペルビア”が妬みの対象にしていた天才医が選ばれただけで、ラウが狙ってそうしたことではないと言っても意味のないことであった。話が通じないからではなく、今ここで消えるものに真相を伝える必要がないからであった。
    ラウはポケットからエナメル質のファイトグローブを装着すると、指が馴染むように掌を開閉を繰り返しファイティングポーズを取る。唸り声からの奇声を上げて肌の色から変色させた“ペルビア”は、【歪んだ白衣の天使】ナイチンゲールへと姿を変貌させ襲いかかった。

    右手の指に挟んだメスをクナイのように投げ飛ばし、避けて体勢を整う前に毒薬の仕込んだ注射を刺そうと掴みかかるが、中腰のまま回し蹴りをして牽制を図り、バックターンからの正拳突きがみぞおちに叩き込められる。
    グハッ!?、と唾を吐き出してダメージを受けているところに追撃のスカイアッパー。舌を噛んだまま宙を舞い地に落ちる背面にストレートキックが炸裂。地面を抉りながら吹き飛ぶ【歪んだ白衣の天使】ナイチンゲールを目掛けて飛躍し、アクセルターンで飛び上がった空中から一気に距離を詰めて吹き飛ばされている身体を追い抜き地面を叩き割った。

「く、は……ぁぁ…………」
(なんなのですか、この女。────強過ぎるッッ!?!?)

    その身を怪異へと進化させた“ペルビア”は、見違えるほどの力を手に入れたと思っていた。それでも、幾多の怪異を相手にしてきた噂観測課を相手にするということの本質をまだ知らなかった。戦闘経験からして圧倒的過ぎる。目の前の女執事一人に手も足も出ないということは、今追ってきていたもう一人が合流するまでもなくこのまま殺されてしまうかもしれないと恐怖すら感じていた。

「それではトドメを刺させていただきます」

    ラウはそんな内心になぞ関心なしと言った声色で、淡々と目の前のターゲットを消すことだけに意識を集中させ握り拳を作った。グググ…とエナメル質な革が軋む音がより一層の絶望感を引き立たせる。
    冷酷無比とはまさにこのこと。ラウの足音こそが破滅へのカウントダウンになったことを確信して、生きたいと強く願って地面に頭を打つ。通常なら人間の頭にヒビが入るほどの力で頭突きして、地面にクレーターを作る。恐怖と嫉妬、両方のせめぎ合いのなかその両方を頭突きに込めて打ち続けた。
    抵抗虚しく鼻の先ほどの距離までラウが接近していたが、力技でどうこう出来る相手ではないと分かってしまっては食ってかかることは出来なかった。拳が振り下ろされる音が聞こえるのを待って目を力いっぱい閉じて祈った。

(私は────憐都あの男を殺してやりたい!それまでは、死ねないっ!!)
「ッ!?ソーサラーですか……」

    ラウの気配が遠のいた。顔を上げると周囲には骸が大勢で自身を囲っていた。次の瞬間、骸達は一斉にラウに襲いかかった。勿論、一体一体は大した敵ではなく、ラウも百人組手をするように確実に一体ずつ消滅させていく。
    群がってきた骸の大群を前に逃げ場所を失ったラウはその場から空高く飛躍した。度揚げをするかのように殺到している骸。ナイチンゲールは命を救うことを第一信念としてはいたが、その信念で積み上げた死体の山は数知れずなどという逸話がこの状況を生んだのであろう。
    などと空へ舞い上がっているほんの数刻の間で脳内考察を終えたラウは、懐から水筒を取り出し中に入っていた水を真下に零した。水を浴びた骸は溶けて崩れ去ると、胸の中心に祈り拳を当てて無詠唱を始めた。すると、地面に零れ広がった液体から蒸気が込み上げ、周囲にいた骸は焼き払われていった。
     その急激な温度上昇で液体は気化し水蒸気を作り出したのだ。骸の消え去った地面に降り立ちラウは水蒸気に手を伸ばし波動を放った。瞬く間に急激に温度上昇させれて出来た水蒸気が、今度は凍てつく冷気に晒されてひょうとなって全方位に残っている骸の残党に向けて放たれ、一匹残らず駆逐していった。

「────っ?逃げられましたか……」

    しかし、ターゲットは取り逃したことをすぐに感じ取ったラウはファイトグローブを脱いで戦闘態勢を解くのであった。

    やがて、トレードが合流しにくるとサンダルフォンも同じ方法で手下を使って囮を敷いた後に姿を消したことが分かり、一度ラウが所属している観測課の拠点へと向かい対策を練るのであった。


□■□■□■□■□


    噂観測課との戦闘から撤退することが出来たサンダルフォンとペルビアの帰りを待つ間、ハスターのもとには来客があった。

「それじゃあ、最後の確認♪きみは本当に、自分の育ての師と対立する事になってもいいんだね?」
「いいよ。どうせ、今のハスターぼくならホウライも倒せるくらいには強くなったから」
「そうかいそうかい♪自信過剰なことはいいことかもね♪今度出会う時は、敵同士って事だね、ぼく達♪」
「ルンペイル。どうでもいいんだけど、君のその笑顔……前から嫌いだったよ」

    その辺で拾ってきた花で花占いをしながら、顔も見ないでそう告げるハスターに「あ~そう♪うふふ♪」と返事をして楽譜を彩る音符を撒き散らして姿を消した。
    最後の花びらを引き抜いて、額に腕を置いて天井を見つめた。これで、インフェクターと完全に決別したことになり、これからは噂観測課だけでなく後ろ盾をしてくれた上級怪異達とも戦わなくてはいけなくなったことに対する緊張があるのは間違いのないことであった故の杞憂。そんなことを思っていると部屋の中に入ってくる気配を感知する。

「やぁ遅かったね……サンダルフォン」
「日本に居るという怪異使いの手並みを拝見していてな。しかし、相性が良かったというのもあるかもしれないが、あの程度で人類を代表する怪異使いとはな」
「そうなんだ。ホウライから聞いていたのはかなり強いってことだったから、君が負けて逃げ帰ってくることを想像していたんだけどなぁ」

    皮肉めいた言葉を返していると、扉が開いてボロボロのペルビアがヨロヨロと千鳥足で二、三歩入ってきたところでなだれ込むように倒れた。どうやら、こちらは酷くやられたらしいとサンダルフォンは部屋を出ていった。
    しかし、部屋を出て直ぐサンダルフォンも膝をついて腹部を押さえた。痛みを感じた箇所に視線を向けると内出血を起こしていた。いつの間に付けられたとトレードとの戦いを思い返す。
    手下を召喚して数的有利を取った後、ロッドを振るって生まれた隙にアームで殴り飛ばした時に右拳がみぞおちに命中していたのであった。しかもその一撃は怪異の力を一点に込められたもので、あの多勢に無勢な状況で手下達を相手に怪異の力は使わずにサンダルフォンへの反撃に一点集中させた捨て身にも近い戦術を取っていたのだ。
    ハスターの前では、トレードを大したことないやつと豪語した手前深い傷を負わされていたなど言えるはずもなく、サンダルフォンは静かにハスターの屋敷から立ち去って傷を癒すのであった。

    倒れていたペルビアというと、意識を回復させ【歪んだ白衣の天使】ナイチンゲールへと変身し、ハスターから新たなエネルギーを与えてもらうべく、ハスターとともに儀式の間に足を踏み入れた。ハスターもまたを予感していた。さっきの花占いはこの儀式を行うか行わないかを占っていて、結果は《行なう》になっていた。

    ハスターからのエネルギー供給。その方法は────、直接供給セックスだ。

「あぁ♡ハスター様ぁ♡素敵ぃ……、はっ、はっ、あぁ……お゛っ゛♡」
「く、ぅ……。んあっ♡……ヤバっ!?も、もう……射精、る…………」

     背後から突き入れたハスターのモノを決して離さい膣圧で搾り取られる精液こそが、怪異となった“ペルビア”のエネルギーなのだ。既に人間を辞めた“ペルビア”の腟内は、ご主人様専用の肉穴と化していたがハスターはこの手の怪異召喚は不慣れであるのと同時に、弱点でもあったことを思い知らされていた。

「うぅ♡また……」
(これだけエネルギーを搾り取られても、彼女の限界は知れている。こんなことなら、次からはこんな方法で怪異なんか作らないようにしないと)
「お゛ふ、ぅ゛ぅ゛♡♡ハスター様のオチンポォ♡また、跳ねております。さぁ、強制受精滅菌消毒のお時間です……。遠慮なさらずに、精子の無駄打ちエネルギーを注入してください」
「ちょっ……、やめッ!!くぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛っ゛!?!?!?!?」

     ケダモノのような咆哮を上げて膝立ちも出来なくなったハスターを騎乗位でロックしてロデオマシーンの振動を再現するようにグラインドさせながらの上下運動で責め立てた。それだけに留まらず、快感のあまり表に出てきてしまった触手に注射で激薬を注入されコントロールを奪われてしまった。
     怪異へと変身したペルビアの溢れんばかりの乳房に巻きついて作った谷間に自ら突っ込んで乳内射精なかだしする触手、弾んでいるペルビアの両手に握られてシゴキあげられる触手達も遠慮を知らない吐精で薄紫色のペルビアの肌を真っ白に染めて使にしようと全身に白濁液をかけていった。その触手一つ一つが感じている快感だけがハスターに共有され、更なる搾精を仕掛けて尻穴を絞めるペルビアの子宮で爆発していた。

    やがて、儀式の間が白濁の泉を出現させるまで続いた儀式で疲れ果てたハスターは自らが吐き捨てた。いや、【歪んだ白衣の天使】ナイチンゲールによってコキ棄てさせられた体液の泉に浮かんだ状態で意識を落としていた。
    これではどちらが主人なのか分からないと屈辱を感じながら気絶しているハスターに、脚を絡ませて抱きついて唇にキスをするペルビアは邪悪な笑みを浮かべて舌を出して頬を白濁液まみれの手で撫で下ろしながら感謝を述べた。

「ありがとうございますハスター様ぁ♡これでなんかと蟲のつけ合い浮気セックスなんて変な気は起こさないでしょう……んふっ♡」

    ペルビアは、憐都を殺した後に刺し違えてでも観測課の怪異使いを倒す覚悟と勇気が欲しいだけであった。いくら、ハスターからエネルギーを分け与えられてもそんなすぐに馴染む訳もないことくらい知っていた。
    だからこそ、ペルビアは────【歪んだ白衣の天使】ナイチンゲールはハスターにとってのになりたかったのだ。


例えそれが───《意味のない》───ことだったとしても...。


    その後、ハスターが寝室のベッドで目を覚ました時には、すでに【歪んだ白衣の天使】ナイチンゲールの気配は消滅していたのであった。
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