14 / 97
第一章
復讐代行と赤く染める部屋
しおりを挟む「なぁ~、煮え切らんわ!!あんのゴキブリみたいな怪異、次逢うたら絶対しばいたるわ」
デスクに顎を突き立てて、頬に絆創膏を着けてラットは叫んだ。その様子を脇で死んだ魚の目をしながら、無心で調査許可印を押し続けているトレードと自分の爪の調子を見ている空美。どうやら、この前の調査の最中に出くわした【ヘンゼルとグレーテル】との戦闘で頬に傷負わされたことに腹を立ているようで、空美は気分を沈めてあげるためにラットが好きだと言っていた金粉入りの昆布茶を煎れてデスクに持っていった。
カタンと静かに音を立ててデスクに置いて離れようとした空美の腕をガシッと掴んで、絆創膏の位置を指さして熱意を浴びせた。
「分かるか空美はん?あの小僧、よりにもよってトンズラするために手に持ってる得物を使わんと、その辺の尖った石ころをワシの顔に投げつけて来よったんやでぇ?間一髪で避けれた思ったらこれやっっ!!ワシのベイビーフェイスになんてことしてくれはるんや……」
「あ、ああ……。あのぉ?言うほど先輩……ベイビーフェイス、違いますけど?」
その空美の情け無用の一言に籠を作って滝のような涙を流して、泣いてしまったラット。そんな状況のなかトレードが空美宛の調査資料の入ったメモリーを投げて空美がキャッチする。そしてそのまま自身のタブレットPCに接続してデータを見た。
「ふむふむ……。あーし1人でもいけそうですね♪教官、早速行ってくるしぃ♪」
「ああ、気ぃつけてな。そこの泣き虫鼠みたくなるで済めばいいが、アブノーマルとそいつを襲った【ヘンゼルとグレーテル】って野郎は相当の強さの怪異だ。もし出くわしても、1人で戦おうとするなよ?あたいら1課にとっても、未知数の強敵であることに変わりわねぇからな」
「はい。教官、おまかせくださいだしぃ」
ニッコリスマイルを向けて現場に向かうべく事務所を出て空美が姿を消したタイミングで、奥の仮眠室からディフィートが起きてきた。欠伸をしながら自身に割り当てられた調査資料の山をキャリーケースに適当にぶち込んで、空美に続いて出ていこうとするところトレードに呼び止められた。
【ヘンゼルとグレーテル】の目撃が多発していること。そして、遂に噂観測課を狙っての活動している可能性が生まれたことを伝えると、ディフィートは眠そうな顔のまま一つだけ質問してきた。
「なんでもいいけど、その……メルヘンと無礼な客だかってのが攻撃した来たら、許可証無しでぶっ飛ばしていいってことだよな?」
「全然合ってねぇよ……。【ヘンゼルとグレーテル】な?まぁ、今まで神出鬼没だったことからお尋ね者怪異に区別が変わった。だから、一応はあたいらでも────ってッ!?もう居ねぇしッ??」
トレードの話を何処まで聞いていたか分からないが、キャリーケースをごろごろと引きずりながらまた一つ欠伸をして事務所を後にした。相変わらずのマイペースに呆れつつも、作業へと戻るトレードであった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
噂観測課極地第2課。珍しい顔ぶれだけが事務所に残っていた。課長の実 真、先行調査係神木原 総司、係長燈火。自宅から持ってきた自作の沢庵をポリポリ齧りながら、所内の静けさにキョロキョロしている燈火に実が口を開いた。
「カヤコちゃんの家の漬け物って、匂いがしないよね?どうやって味にだけ残しているんだい?」
「え?あ~、何でしょうね?そういや、考えたことがなかったです……はい」
もう一つ食べようと口に放り込みお茶を啜る音が木霊する。すると、総司が立ち上がって燈火のデスクの前に立ち止まり見下ろしていた。沢庵が欲しいのかと無言でタッパーを持ち上げて目の前に差し出すと、一つ摘み上げて食べてから要件を口にした。
「そろそろ……俺達も行くぞ」
「あ、怪異調査ですか。てっきり総司さんも料理に目覚めたのかと思いましたよ……はい」
「…………。そういう訳だ課長、これより怪異調査ならびに討伐へ向かう」
「ほいほい♪行ってらっしゃい。神木原くん(兄)が居るんなら心配はないかもしれないが、1課の方から伝達だよ。君の妹さんが知ったらヤバいやつが再出現したとさ。これと遭遇した場合は、調査状を持たずに討滅を許可すると」
噂観測課極地第2課に情報伝達されるのが遅いのは今に始まったことじゃない。とはいえ、出来れば知り得たくない情報ではあった【ヘンゼルとグレーテル】の出現に実は事務所待機の命令が下っていた。
そのため、調査依頼が届いていた怪異資料を纏めて部下に引き継ぎしなくては行けない事に多少の罪悪感はあった。茅野は休暇を取っており、先日いつの間にか仲直りしていた麗由と辰上も現在他の怪異の調査で朝一から姿がなかった。
「ま、行きましょうか総司さん。今回の怪異はですね……」
資料に目を通しながら車に移動する二人は、運転席に座った燈火がシートベルトを着けたところで総司がツッコミを入れた。
「お前……。いつもどうやって運転、しているんだ?」
「え?こうしますね……はい」
当然の如く、シートは限界まで前に進めて中央のボタンを押してアクセルやブレーキのペダル側が低身長の燈火でも踏み込める位置まで近付いてきた。一体、車としての機能を損ねずに済んでいるのだろうかと若干に不安になりながらも運転を任せて仮眠を取ろうとする総司の膝上に物が置かれる。
それは怪異調査資料────ではなく、さっき途中まで食べた沢庵のタッパーだった。どうやら、旦那はあまり好きではなかったらしく一人で消費するにも家にまだ余っているから移動中に全部食べて欲しいと伝えて現場へと向かうのであった。
今回、二人が任された怪異は予測通りであるのなら休暇中の茅野の得意分野に当てはまるもので、辛うじてオールマイティに対処可能な総司が抜擢された。しかし、この怪異にはもう一つの怪異が関係していると読んで燈火をアシストに二人体制で調査をすることになった。
報告内容は、復讐代行サイトというサイトにアクセスして復讐してほしい相手の名前を書くと復讐を代行でやってくれるというものだ。ただ、このサイトのURLを踏んでも該当のサイトは見つからず、人によってはサイトを見れたという人も入れば見れないまま何も起きないという声があったりと、如何にも都市伝説として世間で話題性を持ち始めていた。
「こりゃあ本格的になってきそうですね……。この刃物による切り傷、妙じゃありませんかね?はい?」
「────。確かに、これでは刃物というより……」
牙や爪で負わされたと考える方が自然だろうという見解に至った総司と燈火であったが、現場調査班の警察に鼻で笑われた。こんな住宅地でこれ程の大きな傷を追わせられる猛獣をバレずに飼うこと自体が出来ないため、その考えはあまりにも机上の空論だと。
警察側はノコギリなもので肩上から腹部にかけて切りつけたとしているが、それもそれで目撃者を出さなくとも、騒音を聞いたと通報があってもいいものだ。だが、死体を発見してからの通報で捜査に入っている時点でその線も疑わしいものであった。
「そもそも、このマンションはオートロックであったにも関わらず……監視カメラにそれらしい人物が映っていないってのを……どう説明する気だ?」
「そ、それは……この部屋に来る途中に取り出して犯行に及んだのでしょう?」
「ですが、となるとこれだけの大きな殺傷能力を発揮するのであれば、もうチェンソーくらいしかありませんけどね?……はい?」
すると、燈火がなにかに気づき手袋をはめて床に落ちていたものを拾い上げる。羽──。それも白くて丈夫そうな。しかし、この部屋には鳥籠もなければクッション等に羽毛が使われている物がある訳でもなかった。総司と話をしていた刑事が子どもからオモチャを取り上げるように燈火から羽を取るとため息を零して言った。
「まだあったんですか……。いやぁ~ね?現場に到着した時にこれ、沢山落ちていたんですよ。これじゃ、死体の状況を調べられないからって写真だけ撮って直ぐに回収したんですよ」
「────っ!?その写真を……見せてくれないか?」
「?……いいですけど、気味悪いですよ?まるで白鳥から羽をむしり取ったのかってくらい散りばめられていましたから……。ん?まさか、犯人は白鳥だなんて言わないですよね?」
そのまさかである可能性が高まった。散りばめられ方からして死体となった人間を切りつけた軌道に沿って、地面に羽が散りばめられている。殺人現場での情報は収集を終えて立ち入り禁止のテープを潜り抜けると、カメラで現場の撮影をしている調査班の一人が総司に声を掛けてきた。
「あの…、神木原 総司さんとお伺いしたのですが。この方……既に───」
「それ以上は……探らない方がいいぞ。こっちの同行者についても調べたのなら尚更な……」
「───ッ?は、はい。お時間を奪ってしまい申し訳ありませんでしたっ!!引き続きお勤め、頑張ってください」
敬礼する調査班の男性を軽く冷たい視線で睨むつつ、車へと乗りその場を後にする総司と燈火を見送った調査班は手に持っていたタブレットが地面にするりと落ちる。その画面には、噂観測課極地第2課のメンバーの一覧が乗っていた。
・実 真 課長(死亡者扱い)
・燈火 秘書/会計(死亡者扱い)
・神木原 総司 係長(死亡者扱い)
・神木原 麗由(死亡者扱い)
・茅野 芳佳(死亡者扱い)New!!
・辰上 龍生(在籍中)
「い、一体何者なんだよ?噂観測課って……ひっ!?」
「俺達は刑事だ。俺達は俺達に出来ることだけやってればいい。特別に許可を貰っている組織のことを嗅ぎ回ろうなんて、するんじゃねぇぞ?いひひ♪怖かったか?なら、調査済ませて鑑識課に向かいな」
総司達と話していた刑事に言われて、タブレットのブラウザを閉じて検索履歴を消して、他の撮影箇所を撮り収める調査班の男性であった。
車を走らせる。座席を元に戻して総司が運転を代わり、助手席でノートパソコンを触る燈火は検索が引っかかった事ににっこり笑顔で総司の方を見て言った。
「こりゃあ、2体の怪異が復讐代行をやっておりますね……はい。それも、後ろ盾があるみたいです」
「……そうか」
「ん?もっと驚いて欲しいものですね……はい。真ちゃん以外は後輩な訳ですが、総司さん程リアクションが薄い後輩は居ませんよ、はい」
そう言って、愛用のボロボロポーチからりんご飴を取り出してぺろぺろと舐め出した。飴を咥えながら、向かって欲しい場所。つまりは、今回の怪異が居ると予測される座標をカーナビに転送した。
────────
誰かが殺せと言う。
誰かが悲しみを訴えてくる。
最初は単なる正義心であった。
それが、人々の願いを聞き入れるという事だと信じていた。
でもいつしか、それは他人の復讐に付き合わされていると知った。
あるところに醜い生き物だと蔑まれたものがいた。
だけど、それは間違いであった。
蔑んでいたはずの生き物は、美しく気高い翼を宿し空へと消えた。
────────
「さぁて、駆除のお時間ですねぇ♪はい♪」
「敵の数は2体……。なんだよな?」
「ええ。ですので、適材適所に部屋は私が。部屋のお隣は総司さんがお願いしますね」
車のトランクからキャリーケースと刀をそれぞれ手に持ち、怪異が居るとされる廃マンションの階段を登っていく。住宅街の端に存在する建て壊し予定のマンション。そこは、とある怪奇事件によって住む人が連日連夜夜逃げする事が多く、遂にはオーナーまで逃げ出してしまい廃墟と化していた。
階段の段が十三段だったとかではないが、こんな話を一度は聞いた事はあるだろう────。
────────
赤い部屋。
仕事の関係で新しく引っ越しをした。
その引っ越し先にも慣れてはきたが、毎日バタバタと忙しくて大変ではあった。
ある時、出勤時間がいつもと違って玄関を出た際に隣人がちょうど家に帰ってくるのを目撃した。
女性だった。
こちらに気づいて驚いたのか、買い物袋から物が落ちてしまった。
急いで拾い上げると顔を俯けたまま、受け取って直ぐに部屋の中に入ってしまった。
それから暫くして、仕事も落ち着き家でゆっくりしていると壁に穴が───。
ひょっとすると隣人の部屋が見えるかもしれないとほんの出来心で覗いて見た。
でも、覗いた先は赤いの壁のような物が一面に広がっているだけだった。
時折、真っ暗な時や蛍光灯の明かりが入ってくる事もあるが除く時はいつも赤い色しか見えなかった。
更に時が経ったある日、仕事から帰ると警察が隣人の部屋を調査していた。
何かあったのかと大家に聞くと、大家は酷く震えた声で言った。
「あんた、生きていたんだね?よかった……よかった……」
後になって知ったことだが、隣人の部屋には赤い色の物は一切置かれておらず服装も初めてみた時のものと似たような、白系統のものが多かったそうだ。
とにかく赤色のものは身につけても、部屋に飾ってもいなかったそうだ。
あれ以来、その女性には会っていない。
大家とは今も時々会って話しをすることはあるが、隣人の女性については一切話してくれなかった。
ただ小声で「目……、目が……」と呟く事が時折あるくらいであった。
────────
目的の部屋に辿り着いた総司と燈火は顔でお互いにサインを飛ばして、燈火は《202号室》を蹴破る。総司は《203号室》のドアノブに手を掛けて中へと進入した。
「ストーカーは辞めておいた方がいいですよぉ?【赤い部屋】さん?はい?」
「ぅぅ?ダ、レ?」
四足歩行で飛びかかって来た【赤い部屋】をキャリーケースを盾に凌ぎ、衝撃で飛び出て来た二丁拳銃を手に反撃に出る。弾丸を反復横跳びで避けて部屋の外へと逃げ出した。
「部屋の怪異なんだから、部屋を出ていかないで欲しいですね~~、……はいっ!!」
キャリーケースを引きずって後を追うと同時に《203号室》の方から窓ガラスを突き破る音が聴こえた。逃げ行く【赤い部屋】にマーカー弾を撃ち込み、成功したことを確認して総司の様子を見に《203号室》の中へ入った。
どうやら、総司と怪異はぶつかり合いの末飛び降りたらしく既にその姿はなかった。立ち去ろうとした燈火はふと視界に入ったPCのモニターを見て言った。
「おや……。こりゃあ、大変ですね……はい」
その一言を残して、マーカー弾の追跡に移るため《203号室》を後にした。
地面を這いずるように近くのビル屋上まで掛け上がる【赤い部屋】を目撃した燈火は、キャリーケースに粘土細工で作った武器をセットして完成後に射出する場所も合うように置いてから、階段を駆け上がった。
追い付いた燈火の方を振り返って【赤い部屋】は威嚇をするかのように全身を震わせたあと、静かに上体を起こして長髪で隠れている顔から所以となった赤い瞳を見せて笑いながら口を開いた。
「ドウシテ?なんで……ェ、ワタ、し。誰モ……傷つけテ、ナイわ……?」
「大変恐縮ですが、お前が存在していること自体を世間様に知られないためですよ!────はいっ!!」
二丁拳銃で牽制をかけつつも、自ら接近して行く燈火は飛躍して襲い来る【赤い部屋】に弾切れになった拳銃を投げ付けた。その後、バク転で身を翻して背中に背負っていた猟銃に弾を込めて照準口を覗く。勿論、その追撃を許す怪異であるはずもなく床に脚が着いた時点で蛇縫いに走って接近戦に攻じた。
仕方なく構えを解き、向かい来る怪異からの攻撃を銃身で受けるが衝撃で手から落としてしまった。間髪入れずに腕を尖らせて繰り出す【赤い部屋】の一撃を脇に通して締めて、逆上がりの台を使うように走り蹴って打撃を与えて行った。
距離を取ることには成功したものの、肝心のトドメを刺すための猟銃は【赤い部屋】を越えた先に落ちてしまっていた。燈火の手元には一切武器は残されていないが、取り出したライターを手に握りしめて何かを数えるようにつま先をトントンとさせてやけに落ち着いていた。
「ン?終わ、リ?ナラ……死ンで?」
「ふっ♪まぁ待つですよ♩こっちは、相方さんの方へお詫びをしに行かないといけないのですから……、────はいっ!!」
そう言って小学生のかけっこよーいドンのように走り出して、ライターの蓋を変えてホイールを回した。直後、猟銃の銃口先から返し針付きのワイヤーが発射され【赤い部屋】を目掛けて飛び出すも、四足歩行になり上体逸らすことで難なく避けた。しかし、それこそが燈火の狙いでもあった。
━━ガチャ、ガチャ...チーン♪────ッポンッ!!
なんと、予めセットされていたキャリーケースの武器生成が完了して射出された武器はこちらに向かってきていた。その到達位置に辿り着くべく、四つん這いの【赤い部屋】を踏み台にしてジャンプしそのままの勢いを使って全然関係のない方角へ蹴り飛ばした。
飛ばされて来たものは武器というよりは、野球のベース板の形をしていた。それを踏み台にして反射した先にある猟銃のワイヤーを手で掴み、衝撃の加わった場所へと吸い寄せられた猟銃を手に取り今度こそトドメを刺すべく照準口の中心に【赤い部屋】を捕らえた。
「チェックメイト……ですね、はい♪」
「────ァァッ!?」
垂れ下がっていた長髪の隙間から覗かせていた赤い瞳が捉えたのは、自身の脳天を射抜く弾丸だった12口径の弾丸であった。撃ち抜かれた頭部は宙を舞いながら砂となり消えていき【赤い部屋】は消滅した。
討伐を確認した照準口をスコープモードに替えて覗き込み始めた。望遠鏡で何かを見る観察意欲に燃える子どものような背丈が、質素感を漂わせていると銃を下ろして笑いながら言った。
「どうやら、無事に間に合ったみたいですね……はい」
━ 数分前 ━
ドアを開けて室内に進入した総司は抜刀して、机に座って居た男性に斬りかかった。そして、男性側も総司の刀の柄の部分を押さえて総司の服を掴み上げて諸共に窓ガラスを突き破って外へと出た。
「ハァ────、ボクは……醜く、ナイッ!!」
「…………予想どおり、か。【醜い鶩の子】」
すると次の瞬間、翼腕をはためかせて空へと飛び立ち隣の高層マンション屋上まで一気にひとっ飛びで飛び移った。通常なら、階段やエレベーターを使う事でしか追跡は出来ない。だが、相手が悪かった。総司は深く息を吸ってから高層マンション外壁を走り昇って行き、直ぐに追いつき【醜い鶩の子】の頭上を取って刀を振り降ろして屋上に叩き付けた。
翼腕の硬度で刀による傷は受けなかったものの屋上に落下してしまう。そして、そこへ予断を許さない総司が刀を突き立てて落下してくる。避けるため転がって逃れようとするが、羽根を刺し貫かれて奇声を上げた。
「グ、ギギ……ッ!?ボ、ボク……は。復讐代行になろうとした、ダケなのに……」
「その考え自体が誤りだったな……。死んでもらう。────いや、最初から居ないも同然だ。消えてもらう……」
刀を突きの構えた総司の絶刀が【醜い鶩の子】の中心を穿いた。宙で時を停めたように体勢を固定させている怪異に振り向くことなく、一言───福音を告げて刀の鞘に納めていく。
「天国も地獄もない……。人の蛇足でしかないお前達の行き着く先、それは等しく───、煉獄だ……」
━━ カチリッ!!
総司の持つ妖刀。名を愛刃【滅却零鉄砕】。その妖刀が創りし冥界と霊界の狭間である《煉獄》に妖刀が元鞘に納まることで引き落とされ、全身を灰色の砂へと変えて風の中へ姿を消して行った。
あっという間に決着が着いたというのに、総司は再び刀に手を置き警戒を解かずにいた。すると、後方から猛スピードで何かが総司を目掛けて飛んできた。その全てを斬り返して向き直ると空よりこえが聞こえm不意討ちを仕掛けてきた者が正体を現して言った。
「へぇ?まさか、オレの気配に気付いていたとはな?」
「…………まぁな。俺は見逃してはいなかったからな。あの男が復讐代行ではない変異型の怪異だということくらいは……な」
会話を終えてゆっくりとまるで神を気取るように、総司のいる目線まで降り立つ復讐代行。いや、復讐代行の真似事をする怪異。先程倒した【醜い鶩の子】に斬りかかった時、座っていた机のPCのモニターには映っていたのだ。復習して欲しい人物の名前を記載して送信ボタンがある画面が────。
そのモニターにははっきりと入力された内容を《送信中》になっているところまで確認していた。『噂観測課の人間』と記載されていたその内容を受信した本物の復讐代行が現れたのだ。
「大方、オレに対する挑戦のつもりだったのだろう。貴様を倒して、自分が復讐代行に成り代わることの証明としてな」
「そんなことは……どうでもいい……さっさと名を暴かせてもらおうか……」
────────
裕福な暮らしをしていた一家の中に、1人だけ奴隷のような扱いを受けている少女がいた。
少女は“白鳥の湖”を聴いて以来、見もしない白鳥に強い憧れを抱いていた。
日々の辛いことも、“白鳥の湖”を聴くことで耐えてきた。
ところがある日、意地悪な次女の手によって“白鳥の湖”のレコードを壊されてしまった。
それだけに留まらず、壊したのは少女だとレコードの持ち主であった父に虚偽の報告をされてしまい、怒り狂った父によって金庫室の中に閉じ込められてしまった。
それから2日が経過したくらいだろうか──。
金庫室の戸が開き目に光が指した。
そこには、全身を白い毛皮のようなもので覆われたヒトが立っていた。
少女はそのヒトを見て、白鳥だと思い近づく。
辺りには、自分を苦しめていた家族がお腹や口から血を流して倒れていた。
少女は金庫室に閉じ込められた時に、心の底でずっと思っていた。
──わたしから白鳥を奪った家族に復讐したい。
──この手で殺してやりたい。
──でも、ここから出られない。
──お願い白鳥さん。
──わたしの代わりにこの復讐を果たしてください。
少女は心の願いが届き、自分を虐げてきた家族を殺してくれた白鳥に抱きついた。
これで少女は自由になれる。
だって、どんな形であれ────復讐は果たされたのだから。
最後にその家には、少女も含めた一家の死体だけが転がっていた。
────────
総司に向かって斬りかかる復讐代行が持つギザ刃の剣と激突した時、周囲に白い翼が飛び散った。鍔迫り合いの中、総司は相対している復讐代行の怪異としての真名を口にした。
「やはり、お前か……。【白鳥座の復讐鬼】」
「ヘヘッ♪そうともッ!!オレこそが、人間共の他人への復讐心が生みし怪異、キッグナスさッッ♪」
「全く嫌な話だ……。復讐代行を果たしてくれたと思っていた少女もまた──復讐を頼まれた家族の1人であったが為に殺されたのだからなっ!!」
「仕方ないだろ?オレは、金を積まれて頼まれたのさ♪ムカつく家族を皆殺しにしてくれってね♪そんな話はオレが生まれるためのものでしかなく、もう数百年も前の話になるがなぁ♪」
火花を散らして総司を押していく【白鳥座の復讐鬼】は、遂に総司に押し勝って総司を蹴り飛ばした。直ぐに立て直して追撃を阻止すべく構えて放った一撃を宙に身を翻して躱し、天高く君臨して嘲笑うように総司を見下して言った。
「ろくに空も飛べぬ貴様にオレは捕まえらないさ♪大人しく、武器を捨ててオレに殺されてくれないか?オレは貴様ら噂観測課の人間を全て消さなくては、偽者さんの復讐代行依頼は果たされないからな♪」
「────。」
静かに納刀して、体勢を元に戻して前に少し進む総司であったが【白鳥座の復讐鬼】のことを見上げはするが、その場からはもう動くことをしていなかった。
どちらにせよ、打つ手なしとなった総司に戦意は感じられないと一思いに息の根を止めてやろうと急降下してギザ刃を輝かせて、勝利の笑みを向けて言った。
「その諦めの悪さ、誉めてやるよ。だがな、どう足掻いても空を飛べるオレにはお前は勝てないのさ」
「────そうでもないさ……」
「──は、ぁ?」
あと少しでギザ刃が喉元に届くところで気がつく。戦意こそ無くなっているが、死を確信していないことに────。
━━バンッ...ピュピュピュ、ピュ──ン...。
横から入り込んできたソイツが総司の手に握られた時。その刹那で身体中が風穴だらけになっていた。白い翼はこれまで以上に大量の羽根を撒き散らしていた。その光景は人間が血飛沫をあげるようにも見えるように霧散していた。
身体中の痛みを抱えながら【白鳥座の復讐鬼】は膝を着いて、ショットガンを向けている総司の方に目を向けた。ショットガンが飛んで来た方角を見ると、小さな子どもがこちらを見ていた。自身の逸話が生まれた時に話のオチとして殺された少女の亡霊を見ているような気分になりながら、総司の振り降ろした一刀で煉獄へと意識を落として行った。
戦闘が終わり、予想はしていたが現れた三体目の怪異への対処のバックアップをしてくれた燈火に手を挙げてサインした。燈火の方もぴょんぴょんと飛び上がって手を振っていた。勿論、自分が低身長だからであってテンションが高いわけではない。
やがて、総司合流して帰社する為に乗車したところで助手席に乗った燈火はスマホの画面を凝視している総司を珍しく思った。何をそんな必死に食い付いて見ているのかと覗き見る。
「ちょっと、お兄さん……?いくら妹が心配だからってドローン追跡しなくてもいいんじゃないですかね?」
「────、んっ!?」
「あれま……壊されちゃいましたね……はい。麗由さんもきっと不快だったのかと思いますよ?……はい」
「帰還、するとしよう……」
「明後日から、海外に助っ人出張で居なくなる間もそれで見るつもりだったんですか?はい?」
ニヤニヤしながら出た質問が図星だったのか、特に返答もせずに車を法定速度ギリギリ越え気味で飛ばして帰社するのであった。
勿論、このことは後日妹である麗由にはしっかりと怒られたのであるが、それはまた別のお話────。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
お互いの想いを知ったあの日依頼、怪異の調査も順調に進み息のあったコンビネーションが取れるようになった気がする。
「麗由さん。その相手にはこっちの鉤爪の方が有効です」
「はい、かしこまりました。少しお待ちください龍生様」
小刀で対処していた麗由さんは、打ち合いで後退りして近くに来て武器を交換をする。そして、再び怪異に立ち向かって行き見事撃破していく。最後の一体はまた小刀の方が有効である相手であるため、受け取ると手をバトンをもらうみたくこちらに向けてくれたので投げて渡す。
鞘から抜いて、攻撃に出る麗由さんを見届けながら鉤爪を回収する。すると、怪異の苦し紛れの咆哮が聴こえてきた、麗由さんはいつもの様に凛とした佇まいで最後の怪異を鎮めるべく小刀【冥府桜】に力を込めていく。
「残念ですが……冥刻の刻です。冥府の門は開かれております」
「────ウワァァァ███ァァ────▼■◢◣ッ!!!!」
「冥土への道行き……わたくしが介錯して差し上げます」
投げ捨てた鞘が何かに当たったのか変な軌道で地面に落ちた気がしたが、今は麗由さんが怪異を討伐したことを確認することに集中した。銀色の光に包まれて消滅する怪異を見届けて麗由さんの元へ近づいた。
「お疲れ様……です。───麗由さん?」
「あ、いいえ、龍生様に対してではありませんので、ご心配なさらず」
ひょっとして僕が何かしたのかと冷や汗をかいたけど、【冥府桜】の鞘を拾いに行った麗由さんが鞘の落ちていた場所を見て動かずにいたので様子を見に行くと。────虫?のような形をしたカメラ付きのドローンが落ちていた。
「兄の仕業ですね……。はぁ……」
「確か総司さん、明後日には一旦海外の方に応援で出向くんでしたよね?きっと心配なんですよ」
「はい。龍生様とわたくしが一緒に居ることが心配のようです……」
「なんだ、分かってるじゃないですか……────ん?えっ?」
悩まされていると眉を寄せている麗由さんの口から確かに聞こえた。僕と麗由さんが一緒に居ることを心配していると。それはまだ総司さんが僕を認めていないという事なのだろうか。噂観測課のメンバーとして、まだ麗由さんの傍に居る器ではないと思われているみたいだ。
それでも、自分の人間関係には入ってきて欲しくないと頭を押える麗由さんを車の置いてある場所まで連れていく事にした。
「帰りの運転もわたくしが致します。龍生様?その後、吐血とかはなされておりませんか?デスクワークがハードなのであれば、わたくしがいつでも実様に抗議いたしますよ?」
「えへっ。大丈夫ですよ。あれ以来、血を吐いたことはないですし病院に行って観てもらいましたけど、一時的な過労の可能性はあったと言われたくらいですから」
「────そうですか……。それでは、発進いたしますね」
麗由さんと手を取り合ったあの日から何度か発作に苦しみ吐血することが度々あった。そのなかで、同行していた麗由さんには一度だけ見られてしまったけど、その日以来は発作もなく今は至って健康な状態と言えるほど元気だ。
だけど、麗由さん曰く顔色は優れているとは言えないらしく過保護なのではというくらい気を利かせてくれる。麗由さんと一緒に居られる時間が増えて嬉しいと思っている自分も居るけど、それは麗由さんには内緒にしておいている。
「事務所に着きましたら、ハーブティーを煎れますね?龍生様はそちらでゆっくりされていてください。報告書はわたくしが作りますから」
「いいえ、いいですよそんなっ!!僕は、怪異との戦闘はしていませんし、麗由さんの方こそ根を詰め過ぎちゃダメですよ?報告書は僕が出しますから、明日以降の怪異調査表を観ていてください。あ、ハーブティーは欲しいです……けど」
「かしこまりました。お言葉に甘えさせていただきますね……ふふっ」
最近では、少しずつだけど麗由さんはこうして僕にも笑顔を向けてくれるようになった。これからも、怪異調査をお互いに出来ることで支え合いながらこなしていけるように頑張りたいと思った。
その後、海外の応援へと向かう総司さんを見送りしに行った際、手を潰されるのではないかという力で握られながら殺気の籠った目を向けられていたのを、麗由さんは間に入って守ってくれた。女の子である麗由さんにばかり守られっぱなしの僕のままじゃダメだなと感じた瞬間でもあった。
10
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説

いつもと違う日常
k33
ホラー
ある日 高校生のハイトはごく普通の日常をおくっていたが...学校に行く途中 空を眺めていた そしたら バルーンが空に飛んでいた...そして 学校につくと...窓にもバルーンが.....そして 恐怖のゲームが始まろうとしている...果たして ハイトは..この数々の恐怖のゲームを クリアできるのか!? そして 無事 ゲームクリアできるのか...そして 現実世界に戻れるのか..恐怖のデスゲーム..開幕!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
オカルト嫌いJKと言霊使いの先輩書店員
眼鏡猫
ホラー
書店でアルバイトをする女子高生、如月弥生(きさらぎやよい)は大のオカルト嫌い。そんな彼女と同じ職場で働く大学生、琴乃葉紬玖(ことのはつぐむ)は自称霊感体質だそうで、弥生が発する言霊により悪いモノに覆われていると言う。一笑に付す弥生だったが、実は彼女には誰にも言えないトラウマを抱えていた。
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる