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第一章

アングリー・リバウンド ★★☆

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    先日の【井戸の中】と【アルミラージ】の怪異討伐。相手して負傷した神木原かみきばら 麗由りゆは、療養期間として休暇を貰っていた。

「本当にもう大丈夫なんですか?外傷はこないだの霊薬で治っているとはいえ、まだ蓄積が残ってたりは」
「ですからご心配なく。それよりもその節はお命を救っていただいた龍生りゅうせい様に恩返しをさせていただきたく、御足労いただきました」

    すっかりとまではいかないが、病院は無事退院した麗由は帰りの車内で、口約束した埋め合わせとして辰上たつがみを呼び出していた。辰上自身も休暇を貰っていたのだが、改めて勤務外も含めてお互いのプライベートを知る機会はなかった。
   その証拠に、今日の麗由の姿は普段着ているメイド服よりも丈のある、ロングスカートフリル付きのレディースブラウス。小さなショルダーバッグと、如何にもで出迎えてくれた。
    対する辰上もラフな格好で、日頃のスーツ姿よりは幾らか柔らかい印象づくりが出来ている服装ではあった。ただ、その装いも虚しくなるほど、本人はガチガチに緊張していることが全身から滲み出てしまい、台無しとなってしまっていた。

「それでは、まずは此方に向かいましょう。こちら芳佳よしか様よりお聴きしました龍生様の好きな映画なんだとか?」
「えっ?そうだけど、また茅野かやの先輩は……。でも、麗由さんは映画とか普段観たりするんですか?」
「いえ……。さ、行きましょう」

    映画は普段観ないのなら、無理に付き合わなくても大丈夫だと伝えるも、頑として「恩返しはご主人の要望に応える事ですので」の一点張りで、強引に辰上の手を取り映画館の方へと連れて行く。
    そんな姿を見る一つの影。近くのカフェテリアで珈琲を飲みながら、その二人の行く先を見詰める男性。

「お、お客様?お冷お注ぎ致しましょうか?」
「いや……結構だ」
「でしたら……、元嫁なんて如何ですかぁ?」
「ッ!?」
「ねぇ総司そうじきゅん、何してんの?ひょっとして、お仕事サボってヒマワリちゃんのストーカーか?妹の人生くらい好きにやらせといて、あたしとデートしようよぉ♪」

    映画館に消えた二人を観ていたのは麗由の兄、神木原 総司だった。そして、カフェテリア店員の真似事をして、近付いてきた長髪の女性。名前はコードネームでディフィート。そんな彼女からの復縁の持ち掛けを無視して、会計を済まし映画館の方へ、追跡を続けるのであった。

    映画館でチケットと飲み物を買い、シアター内に入って行こうとしたとき、麗由が何かの気配を感じ取り辰上を庇うように、両手を広げて背中に匿った。それに対し、驚く辰上と観客であったが、気配が薄れるのを確認して「何でもありません」と、姿勢を正してシアターへ入って行くことにした。

「ねぇ、もしかしてですけど休暇中もあんな感じなんですか?」
「?何がでございましょうか?」
「さっきみたく気配を感じると構えたり表情を変えたりしてさ……」
「そうですね。いつなん時怪異が発生するとも限りませんから」

    それじゃ休暇も満足に休まれないだろうと言いかけたところで、映画の上映が始まった。辰上が好きな映画はポップなアニメ調の作品で、よいしょよいしょに面白さを交えたギャグシーンやメッセージ性の籠ったラストに涙を誘われると言った、どこにでもあると言ってしまえばそれまでだが、その作品を見ていつも笑ったり泣いたり出来ることが辰上の安らぎでもあった。
    しかし、今日はそういう訳には行かなった。もちろん、隣に職場の同僚で且つ初対面は自宅の合鍵を勝手に作って侵入してきた。今思うと、そんな出逢い自体非日常的なはじまりで関係が始まった麗由と一緒に、映画を観ているということが不思議で緊張する。それもあったのだが、辰上にはもう一つ気になった点があった。

「────────。」
「……………。」
(麗由さん……、さっきから一切笑っていないし、ラストシーンにも感動していない!?)

    エンドロールに入り、キャストが流れていく場面の一部始終も逃さないようにスクリーンには釘付け。だというのに、まるで感情移入を感じさせないほど無表情。ライトアップして、観客達が立ち上がって退場する時になって、ようやく口を開いた。

「楽しくありませんでしたか?」
「え?」
「中盤辺りから、その……ずっとわたくしの表情ばかりを窺われていたご様子でしたので。やはりこういうものは、おひとりで来られた方が集中出来ていいとかでございましたか?」

    どうやら、辰上自身が思っていた以上に麗由の顔をガン見していたらしく、麗由は気付いていた。それもまったくもって逆効果に取られてしまい、気まずい空気が漂う。麗由は列となっている最後尾に続いて、退場を始めたので慌てて着いて行き、映画館を後にした。

    その様子を、同じシアター内に入っていた総司も観ていた。総司は引き続き後を追おうと、席を立とうとすると腕を掴まれた。掴まれた方を見ると、ディフィートがハンカチで顔を押さえて大号泣していた。隣に人が座らないように空きが一つあった隣は、事前予約の人になっていた角の席を取ったというのに、隣の人が退場したシートにわざわざ総司を見付けて、座ったのだ。

「うっくッ。良い話だったよねェ総司……きゅん?」
「離せッ!お前だって仕事があるだろ……。持ち場に、戻れ」

    それはお互い様と、涙に嗚咽しながら反論してあと追うディフィートであった。

    映画館を出た二人は、時間的に昼時であると近くの喫茶店で、食事をすることにした。店内に入る直前またしても、怪異と闘っている時の鋭い目付きに変わり周辺を警戒し始めた。

「龍生様……どうにも近くに気配を感じます」
「気にし過ぎなんじゃないかな?せっかくの療養期間なんだから、気も休めないと疲れますよ」
「────ッ。それもそう……ですね。それでは、店内に入りましょう」

    終始このテンションでは、気を遣いすぎて全然楽しめないし、麗由に負担をかける一日になってしまうと思った辰上。そこで好きな食べ物を聞くと、スイーツが好きだと答えたので、店内にあるスイーツを一緒に食べようと持ちかける事にした。しかし、メニュー悩むように見詰める麗由を見てふと思った。先の映画でもそうだが、辰上は麗由の笑顔を見たことがないことに気付いた。
    やがて、とりあえず先に頼んだ昼食メニューが届き食べ始めるが、その間もずっとメニューと睨めっこをしていた。よく見れば、抹茶ケーキとモンブランパフェの二つで迷っているようだったので、辰上が提案を変えた。

「僕が片方を注文するので、もう一つを麗由さんが注文ししませんか?」
「?それでは、わたくしはどちらかが食べられませんし、当初の同じものを頼むという提案とかけ離れてしまいます」
「いや、半分を僕があげるから。そしたらどっちも食べられるでしょ?」
「しかし、それでは龍生様のご要望を叶えるための……今日という日が意味を成しません」

    あくまでも恩返し、その埋め合わせとして一日を共有している。だというのにここで自分のワガママを叶えて貰っているようでは、趣旨がブレると頑なに譲らない麗由に対し「じゃあ、それが僕の要望ってことじゃ駄目?」と言うと、あっさりと承諾した。
    辰上の前にモンブランパフェ、麗由の前に抹茶ケーキが置かれ、ケーキを口をつける前のフォークで半分に切り分ける麗由。果たして、パフェはどう分けようかと考えている辰上を見て「お先にどうぞ」と一言告げて、先にケーキを味わい始めた。舌に味を覚え込ませるように、ゆっくりと口を回すように堪能し「なるほど……」と、今度は自作に挑戦する用の『料理研究メイド指南』と達筆で書かれたメモ帳に、事細かに味の感想を書き込んでいった。
    そして、手が進んでいない辰上を見て抹茶ケーキの皿を渡すと、パフェを同じように堪能し始めた。半分くらいを残してメモを書き終え、ケーキを食べ終わった辰上にパフェを差し渡した。

「え、えっと……」
「?どうかなさいましたか?ケーキはお皿に乗っておりますのでわたくしが切り分けましたが、パフェは龍生様が分けませんでしたので上の方だけわたくしがいただきました。何か問題がございましたか?」
「え、いやぁ……」
(大ありなんだけど、ここで食べないのはまた気を遣わせてしまうからな……)

    辰上は、これが関節キスとなるのではないかという、過剰な自身の雑念を払って、とにかく麗由にこれ以上の不信感を与えないようにすることが第一と、パフェの半分を食べた。半分ずつにしようと言った言い出しっぺが、やっぱり要らないと言うのはそれこそ気を遣わせると、変に意識してプルプルと震えながら何とか平らげた。

「ひょっとして、何か苦手な食材が入っておりましたか?あればお申し付けください。今度、職場のおやつでお作りする際に入れないよう、材料購入時に外しておきますので」
「い、いや大丈夫……です」
(バカッ!?しっかりしろ僕ッ!!ここで狼狽えたりどもったりするから麗由さんが気にしちゃうじゃないか)
「────?」
(龍生様、何を先程から顔色を赤くしているのでしょう?)

    かたや、平静を装うことに必死な辰上と、この機会に作成出来るスイーツのバリエーションを増やすに伴い、所内の人が苦手とする食材を気にしている麗由という、二人の絶妙に意識しているところがすれ違っているまま、会計を済ませて次の場所へと向かうのであった。

    勿論、この様子も総司は向かいの飲食店に入って監視していた。何時でも食べ切れるように、ピザを二つ頼み一切れのピースだけ皿に残していた総司が、二人を追うために手を伸ばすと、そこには最後の一切れがなかったので皿に目をやる。

「んぐ、あんぐ、んぐ……ゴクッ♪あれ?楽しみに残してた感じだった?ごめん総司きゅんッ!!代わりにあたしの唐揚げあげるからッ!!」
「いい……。定員さん、勘定……頼む」

    支払いを済ませて、店を出て行く総司を追うように皿を持ったまま、店を出ていこうとするところを店員に呼び止められているディフィートは、ポケットから財布を抜き取って「皿ごと買うよ」と言って、軽く揉めてから総司の後を追うのであった。

    夕方になり、その後もショッピングモールに立ち寄ったりと、お互いの趣味を知ろうといろいろ回ってみたものの、表情に一切出さない麗由が気になり過ぎて、何も買わずにお開きにすることになった。
    辰上は一駅分列車を乗る必要がある為、駅までお供すると言って聞かない麗由を連れて向かった。しかし、横断歩道の信号が切り替わる直前に、麗由の目の色が変わる。その表情は度々見せていた仕事の顔と同じものだが、これまで以上に確証を得た声で、辰上に近くにいることを告げる───怪異が。

「街中だから、人の気配に紛れていて分かりにくかったのですが、どうやら今……駅のホーム内にいらっしゃるようです」
「ええ?それってまさか、さっきから警戒していたのって、その怪異が近くに居たからだったんですか?」

    後ろにいる辰上に目線だけ向けて頷き、一足先に駅内へと進入すると、とてもロングスカートを履いていることを感じさせないほど、軽快に階段を駆け上がって行くのが見えた。辰上も突然現れた、怪異がどんなものなのかによっては、病み上がりの麗由で対処は出来ないかもしれないと、スマホで連絡はいつでも取れるようにして反対方向から駅の中へと進入するのであった。
    すぐに到着や出発予定の便がないのと、平日のど真ん中。それも退勤ラッシュ前ということもあって、人気はあまりない。連絡通路を挟んで反対側に出たため、麗由の姿は見えない乗り場へ出ると、そこに人影があった。

「キシャァァァァ…………」
「────ッ?お前は……?」
「か、怪異……。それにあの人は……?」

    既に怪異は討伐されたところだった。黒い塵と消えた怪異に目もくれず、突き刺した刀の血を払うように降って納刀すると、ゆっくりと辰上の方へ歩いてくる。その両眼からは、感情が読み取れないが確かに思うところを持っているのを感じる。それどころか、良い印象の受ける気持ちではない、何かをぶつけようとしていると感じて、両手で咄嗟に顔面を護るように姿勢を変える。
    すると、腹部に熱い衝撃──。殴られたと認識するより先に、鈍い痛みが走ると脳にその感覚が到達する前に、痛みの伝播を阻止するかのように首を掴まられ息をする余裕すら与えて貰えず、頬に銀色に輝く刃当たる。

「お前……辰上 龍生、だな?」
「んッ……?────ん、む……ぅぅ……!?」
「やはり……お前は相応しくない。今すぐに───」

    言葉を最後まで聞くことなく、意識が先に途切れるかと思われたその時、拘束が解かれる。
    目を白黒させながらも、何が起きているのかを見ようと気を確かに保とうとする。辰上の目の前には、麗由の背中が映った。

「何故、その男を……庇う?」
「今日一日、お仕えしている。……では、理由としてご納得いただけませんか?───兄様」
「ッ!?」
(お兄さん?麗由さんの?じゃあこの人が───神木原 総司!?)

    総司は、実の妹には刃は向けないと再び刀を鞘に納める。しかし、剣幕を変える様子なく、麗由の前に胸を張りながら言葉を強めに言い放つ。辰上と付き合おうとしていると、みのり まことに言われたことを鵜呑みにしていた総司の言葉を聞いて、首を傾げながら自分が誰と交際関係を持つこととなっても、兄に首を突っ込まれるのは心外だと反論し、駅の乗り場で兄妹喧嘩が始まった。

「だいたい、兄様はそうやって執拗以上に首を突っ込まれるから離婚する羽目になるのですよ?」
「何を言っている!?俺の離婚は俺に非があったのではない。あいつが勝手に泣き喚いて周囲の同情をかっているだけだッ!!」
「本当にそうでしょうか?わたくしの目には兄様にも負い目を感じるべき点はありましたが?」

    突然、刃物を向けてくる兄と初対面に自宅へ不法侵入してきた妹。辰上は改めて、とんでもない兄妹が居る職場に来てしまったと感じつつ、二人の喧嘩の仲裁に入る。しかし、流石は兄妹。止めに伸びた腕を両サイドから鷲掴みにして、辰上を持ち上げ逆方向に投げ飛ばした。そのまま、辰上は頭を打って気絶してしまった。

「あ……いけませんッ!?龍生様ッ!!」
「行くなッ!俺が連れて行く。……?心配するな。命を奪ったりはしない」

    伸びきっている辰上を家まで送り届けると、姫様抱っこして乗り場を出る総司。そんな様子を駅ホームで別れるまで、唸り声をあげる犬のような表情で、護身用に隠し持っていたナイフをチラつかせながら睨む麗由は、念を押すように口を開いて言った。

「ちゃんと責任持って送り届けてくださいますね兄様?もしも、龍生様が死亡したと聞かされれば、真っ先に首を頂きに参ります。くだらない内輪揉めに巻き込んで死んではいただきたくありませんので……いいですね?」
「分かった……」
(そこまでこの男を……?)
「あと、兄様がそう考えるようになる理由については、心当たりがございますので、そちらに関しましてはご心配なくッ!!それではごきげんよう……」

    ぷんすかと怒り駄々漏れの歩き方で、総司に辰上を託してその場を立ち去る麗由。口ではああ言ったものの、気になっていたことを心の中で吐露しながら。

(龍生様……楽しんでおられない様子でした……。わたくしの考える恩返しではご満足いただけなかった、ようですね……)

    そんな兄妹が離れ離れになって行く様子を眺めて、衝撃を受けている影があった。すぐに視線を去りゆく麗由から、総司の方に向けて後を追って行く。男性が男性をお姫様抱っこ。となると、ある界隈では盛り上がるシュチュエーションではあると、言えるだろう。

「そ、そんなぁ……。そ、そそ……総司、きゅん?」

     後をつけている影は、言葉を漏らしていた。次第に、後を追う足取りにとどめを刺すかのように、総司の言葉が耳に刺さった。その一言は、彼女にとって世界が滅ぶことに等しい衝撃を体内の全体で受けていた。

「お前が神木原家を預けるに適う男か、俺が見極めてやる……」

    腕の中で眠っている男に、そのような台詞をかけてホテルへと向かう。男子同士のあらぬ展開がある漫画を、タイミング悪く直近で読んでいたことで、これから起こることはそれをベースとした妄想に引っ張られてしまい、もう破裂した脳内を元に戻す事が出来なくなってその場に崩れ落ちる。
    生きている人間が、出せる目の色ではないほど濁った表情で、空虚を見つめて固まっていると、スマホのヴァイブレーションが着信を知らせた。しかし、すぐには出ることが出来ず、もう一周コールして返答がなければ切られてしまいそうなところで、『応答』をタップして耳に当て要件を聴く。

「おいディフィートッ!!いつまで電話に出ねぇつもりだよ!!緊急だぞ、緊急ぅ?あたいが向かいたいのはやまやまなんだけどもよ?」
「────。」
「って聴いてんのかぁ?…………おーい、ディフィート?」
「悪い……、後でかけ直すわ」

     通話相手の返答を聞く間もなく切断し、のっそりと立ち上がると一人でトボトボと歩き、カップルで溢れかえる通りを渡ってラブホテルに休憩で部屋を取った。


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どうして……、どうしてなんだろう?
何がいけなかったんだろう?
あんなに愛し合っていたのに────。


    本当は面白半分にお退けて見せてるけど、本気で寄りを戻したい。それなのに、なんで振り向いてくれない。あの頃が嘘みたいに目を見てくれない。心を見てくれない。そんな苛立ちを持ったまま、一人で入ったラブホテルのベッドに沈んで服を脱ぐ。
    クッションに腹部を擦り付けるように、腰をくねらせる。中から火照ってくる熱を全身で感じ、発汗を始める。足の指先一つ一つに、魂が宿ったように全開に指を開く。そして、自分の指を舐める。


男が好きになったから、離婚を持ち出したの?
あたし達……体の相性だって最高だったじゃん……たぶん?


    うつ伏せから、仰向けになって股を開く。舐めて熱を持たせた指で、自分のソレを慰めていく。デリケートな部分に触れているのだから、当然に電撃が走ったようにゾクゾクと波が全身を駆け巡る。
    打ちのめされそうな快感の微小の波を一気に強くするように、出し入れする指を高速に。指を一本、二本増やして男性のソレを想像して挿し込む。

「うぅ♡………ぃ♡♡フー、フー、フゥゥ♡♡♡」

    思い出すのは、かつて婚姻関係であった男。神木原 総司。彼と愛し合った激しい夜、はないのだがそうなる事を待ち望んでいたことを思い出し、気持ちが昂っていくその快感を絶頂へと持っていく。

────んんッ!!!???

    瞼に守るはずの眼を、自力で潰してしまいそうになる力が加わった。両脚も腰を持ち上げて、海老反りになるように太腿に力が入り、内側から愛欲が溢れ出す。
    それを枕の端を噛んで食い縛って、秘部に押し込んでいる指をさらにさらに奥へ───、子を成すために授かった部屋に届かせる勢いで───。

「ぬあああ…………、ダメだ……。ダメ、ダメ、ダメェェ!!総司きゅん♡そ、そのおぉぉお───ッ!?その……熱くて、硬い…のじゃ、ないとぉぉぉ!!!!あだじは、イゲない────ィィィ♡♡♡♡」

    いくら叫んでも、この場に総司は来ない。だから、頭の中で当時の愛の熱を甦らせて、連続絶頂している秘部を殺すつもりで刺激して達し続けた。反り返りきった体勢のまま、室内に虹を作るのかというほどの体液を秘部から放出させて、力尽きるまで永続絶頂イキ続けた
    手が使えなくなるほど疲労を感じても、性欲は解消出来ていない。そのため、シャワーを使った。どうせ、そのまま身体を洗うんだったら同じこと。腰が動くのなら、まだ出来ると浴槽に入るための手すりに跨って自慰を再開する。

「再婚したいッ♡交尾したいッ♡総司きゅんの子ども……孕みたい、んだよぉぉぉ♡♡あたしッ────もう、総司きゅんなしは……生きていけないんだよ……あんっ♡」

    思いの丈を言葉にするだけで、果てる。こんなにも想って、感じて────。四六時中一緒に居たいと願っているのに、なんであたしをもう見向きもしてくれないのか。
   それも、もう少しで解放される。この大きい波をあと一回向かえれば、自身の性欲に限界が来ると分かっているから。

「ぅぅ────ふぅぅ、んひぃ♡ぁぁあぁあ────イ、ッグゥゥ!!……お、ふぅ…………フ────ゥ…………」

     最早、浴槽に滴る液体がシャワーから出ているものと、自身の胎内から出ているもののどちらが多いのか分からない。息が整うまで、シャワーを浴びバスタオルで身体を拭き、飲み物を飲んでしっかり出した分の水分を補給した。
    思いっきり出してスッキリしたら、頭もクリアになった。冷静になって振り返れば、あの時抱き上げていた男は、辰上 龍生。つまりは、総司きゅんの妹の想い人───、かもしれない人だ。

「フフフ、なぁ~んだ♪全然、復縁チャンス……あるじゃんよ♪総司きゅん、あたし諦めないからなぁ~~♡そんでもって、今度こそ愛を育むんだからなっっ!!」

    女の賢者タイムなんて、こんなもん。要は、って確証が欲しいだけ。でも、その確証が得られるまで不安になるとあたしの場合は、自慰行為オナニーに没入するのが一番手っ取り早いってだけ。
    さて、心の鬱憤晴らしは出来たから、次は体の憂さ晴らし腹ごしらえだな。

「もしぃ♪トレードぉ?さっきは悪ぃ。んで緊急って突発性怪異だろ?…………あぁ…………、場所教えろ」


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    闇夜広がる歓楽街。飛び交う声は阿鼻叫喚ではなく、快楽地獄を謳歌する声が飛び交っていた。そんな異様な光景に混乱し、逃げ惑う人間。それを容赦なく捕まえて、快楽の渦に引き込む怪異。

「アンッ♡また出たぁ♡お兄さん、わっかぁ~い♡」
「き、気持ち……良過ぎる……」
「はい、ちょっと邪魔するぜ」

    誰も彼もが、肉欲に溺れている。強制的に性行為を許容される淫靡な空間に、清掃員が横切るような、軽いテンションの声が割り込んだ。すると、声の方向を観た怪異の首が消し飛んだ。
    それに、悲鳴すら上げられずにいる犯されていた男を酒瓶で殴りつけて、絶命させる。

「悪ぃね♪助けに来んの遅かったからさ。残念なんだけど、明日ニュースに載るから許せよ」

    怪異に関わって、命を落とした人間は編纂されて、後日のカバーストーリーで報じられて終わる。それを知っているのは、噂観測課だけだ。
     まだ、怪異は沢山いる。耳につけている通信機を取り外して、マイクに作戦地域に着いたことを伝えて投げ捨てた。

「噂観測課極地1。コードネーム、執行処刑人ディフィート。これより、怪異の殲滅に当たる」

    捨てられたマイクが、地に落ちる落下音が小さく聴こえる前に、目の前に佇む怪異に向かって、こんにちはの挨拶を交わす。バトルグローブに埋め込まれた鉄球をインパクトに殴り飛ばし、斬りかかってきた怪異を受け止める。【ゴブリン】に【インプ】と名前を言い当てながら、打撃技を加えて消滅させる。
    すると、頭上から鎖が二重螺旋にディフィートを目掛けて伸び、捕らえるとそのままグッと手前に引くように、鎖は何かに導かれてディフィートを連れ去った。

「よぉ綺麗なお嬢さん♪見ればイイカラダをしてらっしゃる」
「────。」

    両腕を縛られて、身動きに制限がかかっているディフィートのファー付きコートを剥ぎ、中のキャミソールから覗く薄らと深みを魅せる、控えめな胸から伸びるモデルラインを見て舌なめずりした。
   【インキュバス】。男に飢えている女を狙った人の欲が怪異となったそれは、ディフィートの中に満たせない男への色欲を感じ取り、着け込もうと首元を甘噛みする。

「寂しいその心にわたしが、夢という快楽を差し上げましょうか?」
「───あ?間に合ってんだけど?」
「へっ?しかしお前────うごッ!?」

    すると、いつの間にか鎖の拘束から抜け出していたディフィートは、バトルグローブを外して口答えの煩い【インキュバス】の口の中に突っ込んだ。
    そして、股間を思いっきり蹴りつけて、胸ぐらを掴み自分の心には総司しか見えていないと宣言して、頭部を地面に叩き付けて倒した。剥がされたコートがボロボロになったのを見て、気に入っていたのにとガッカリしながらもその場に捨て置いて、残存する怪異を確認する。
    残り五体。それも全て人間の穢い欲望を憑代に、怪異と化したものばかり。【サキュバス】、【リリス】、【ガーゴイル】、【ハーピィ】。これらは小物に過ぎず、素手になった現状でも戦えると、身を乗り出して対峙する。

    残りの一体。そいつがいる場所を目指した方がいいと踏み、ディフィートは遊郭をテーマとした宴会場に、襖を蹴破って侵入した。すると、そこには殿様のように肘を突きながら胡座をかく怪異。【茨童子】が待ち構えていた。

「ほほぉ?此処が分かるとは、怪異ハンターの中でも腕の立つものらしいな?」
「怪異ハンター?なんかだっさ。あたしが来ちまったのが、運の尽きって奴かな?」
「大した自信じゃな?じゃが、我のところに来るのならそやつらを倒してからの方が良かっただろうなぁ♪」

    背後から追ってきた、四体の怪異が襲いかかる。その場を跳び、初撃を躱すも空が飛べる訳でもないディフィートに向かって、飛行能力のある【ガーゴイル】と【サキュバス】の空中攻撃は捌き切れない。あっさりと叩きつけられ、宴会机をドミノ倒しするように吹き飛ぶ。砂煙目掛けて、【ハーピィ】と【リリス】がエナメル質な皮鞭を伸ばして、ディフィートを縛り上げて宴会場のど真ん中に、まるで釣り上げた魚を沖にあげるかのように叩きつけた。
    その叩きつけを両脚を地に着けて耐えるも、完全に包囲された状態は変わらずに、拘束されてしまっていた。【茨童子】が縛り上げられているディフィートに近付き、さっきまでの威勢はどうしたと、勝利を確信した高笑いを見せつけていた。

「おい」
「なぁーはっはっはっはっ♪んお?なんじゃ?」
「これで終わりってことでいいのか?」
「ああ。貴様、口ほどにもなかったからのぉ♪」

    やれと合図をしたと同時に、一斉に魔弾や強風ディフィートに向けて容赦なく放った。そんな圧倒的に絶体絶命といえる状況下でも、楽しいと聞いていたアトラクションが拍子抜けでしたという顔で周囲を見渡してから、口角を上げて鞭で縛られている手の指を鳴らし、自身の愛剣の名を呼んだ。

「来なッ!ドゥームズデイッッ♪♪」

    世界の終わり。審判の日を告げるその言葉を名前に刻まれた怪異。すると、どこからともなく飛来した刃が、【ハーピィ】の放った風を切り裂き、【サキュバス】と【リリス】の魔弾を跳ね返した。
    独りでに暴れ回るドゥームズデイは、主を縛り付けていた鞭を細切れに切り崩し切れた拍子に、上空へと浮き上がった【ガーゴイル】を一刀両断にし、ディフィートの手元に収まった。

「おぉーよしよし♡ドゥームズデイた~んっ♡いい仕事するぅ♡んじゃッ!!」
「────ぬぅ?!」
「死に晒してもらうとするかねぇ♪」

    先程までの陽気さに、殺しを楽しむ者が魅せる表情を付け足して、重々しい剣圧をプラスチックバットを振り回すように、容易く振りまわして周囲の怪異達にプレッシャーを与える。巻き起こした剣風にたじろいでいる怪異を、回転寿司のネタを選ぶ子どもみたく無邪気な目で回し見るディフィートは、始めの犠牲者を決め狙いを定めてドゥームズデイを振るった。

「ぎゃぁぁぁあああぁぁ────ッ…………」
「な、何が起きたのじゃ?あやつは、その場を動いとらんぞォ?」
「へっ♪テメェらとはんでねッ♪そぉら次ッ!」

    ドゥームズデイの切っ先を向けられた途端に、【ハーピィ】はその身を凍てつく焔に抱かれるように、燃え散り灰となった。それに恐れを成して、逃げようとする【リリス】であったが障害物と衝突して進めない。恐る恐る背後に首を向けた。心の中で考えていた最期が、正夢となる瞬間───、正に最期の日ドゥームズデイ

「お~い、どこ行くんだよぉ?あたしに喧嘩吹っかけたのは……そっちだろ……」
「ひっ────、……!?」

    頭を鷲掴みにされて、必死に両肩の羽を羽ばたかせるが掴む手を振り解く事が出来ずに、空を溺れていると腹部に鋭い衝撃がかかり、ピタリと動きを停めた。
    亡き骸になった【サキュバス】から愛剣を引き抜き、立ち上がることなく惨状を観覧している【茨童子】の方に投げ捨てる。その隙に天井に穴を開けて、飛び出す【リリス】を目で追いかけて、愛剣をケースに納める。鍔に両脚を載せてホッピングを始めて高く飛躍し、【リリス】の高度をあっという間に追い抜いた。

「ひっ────ヒィィ!!??」

    人々からすれば、目の当たりにしただけで恐怖を感じて怯えてしまう怪異。その怪異が、目の前にと言うしか、説明のつかない一人の女に恐怖を感じていた。
    ディフィートはこのまま纏めて、残りの二体を轟沈させると、愛剣を強く握りしめた。これ以上遊んでいると目撃者の始末も面倒くさくなるし、上司に怒られるだけなのもあったであろう。それでも、目を閉じ深く息を吸ってニヤッと狂気の笑みを浮かべて、愛剣に決め口上を述べた。

さぁ、与太話のオチ終わりを喰らって今ある現実始まりを刻み込め闇への最終執行ドゥームズデイッッッッ!!!!

    ドス黒い衝撃波を放ちながら、螺旋を描いて地上に向けて放たれたドリルのように、急降下し突き立てた愛剣で【リリス】を地上へと堕とす。隕石でも堕ちたのかという程まで、【茨童子】がいる遊郭に舞い戻って来たディフィート。【リリス】が塵となり、黒い雪を降らすなか無邪気な満面の笑顔を最後の怪異に向けていた。
    錯乱状態の【茨童子】は自身の腕に酒をかけて、本領を発揮させて走り出すが、視界が二つに割れて地に引かれるように倒れた。なんと、視線を逸らした一瞬でディフィートは愛剣を頭上に向けて手放し、ブーツの踵で柄頭を蹴り飛ばして投げナイフのように使い、【茨童子】の脳天を穿いた。

「に、に…げ。────人間じゃ……な、い……」
「おいおい誰が人間じゃないってぇ?テメェら怪異だって人間じゃねぇだろ。いっちょ前に、人間語ってんじゃねぇよ」

    【茨童子】が沈黙し、愛剣を背中に背負ったディフィートは、客室でまだ無事だった酒の入った小瓶を手に取って、飲み干した。カウンターに吊るされていた価格の代金を置いて店を出て行き、歓楽街から姿を消した。
    そもそも、これだけ大きく倒壊したことをどんな風に隠蔽するのかなんて、ディフィートには関係ないことだ。通信機を回収し、状況終了の報告をして通信を切る。しかし、闘いで体の憂さ晴らしを終えたことで、ディフィートは二度目の賢者タイムなるものが来ていた。

「だぁぁぁぁ!!イライラするゥゥ!!なんで、あたしが総司きゅんのことでこんなに辛い想いしてるってのに、そうマイペースでいられるかなぁ?あぁ、ムカつくッ!!」

     目標の体重に満たしたからとダイエットを辞めて、今まで抑えていた分の食欲でリバウンドすることが人間にはある。ディフィートもまた、総司かれを想うあまり、盲目が解けると怒りのリバウンドが押し寄せていたのだ。
     このまま一方的というのは、例え相手に害のないことであっても、どちらかに非があるように感じる。それをにはしたくなくて、心の中で好きな相手を怒りの対象にすることで、罪逃れをしたいというのが今の彼女にはより適切な表現であろう。

「ま、いいっか。どうせ近々ある総会で逢うことになるだろうしな……。あたしら1と総司きゅん達の居る2総出で、さ……♪」

     そう言うと、デートの約束を取り付けた女の子のように、その場をぴょんぴょんと飛び跳ねて愛剣ドゥームズデイを抱き枕代わりにして、好きなあの人を想い何度も口付けをしながら、闇夜の中に溶けるように姿を消していくのであった。
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