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【毒酒の女帝】 side
始まりの知らせ
しおりを挟む暗く、街灯すらない道。その道路を走る一台のリムジンに、マダムが被るハットで顔を隠している女性は、窓から見える高く聳えるビルの前に停めるように指示を運転手に出した。
路駐してリムジンから降りて、ドアを付き添いの者に開かせて、檻細工になっているエレベーターで最上階を目指した。最上階にチンッと音を立てて到着を知らされると、豪華に彩られた扉を開いて中に入る。
するとそこには、インテリハットを被った美麗の人が、ハーモニカを丁寧に磨いて座っていた。
「やぁ、来たんだね?席はどこでも空いてるよ」
「久しぶりだな【偽りの歌姫】」
「その名で呼ばないで欲しいね♪【偽りの歌姫】って呼んで欲しいな♪」
「痴れた真似を……」
ルンペイルと呼んで欲しい。そう希望して来た美麗人は、椅子に腰掛けてグラスに入った赤ワインを口に含んだ。そして、グラス手で転がすように回して、見つめながらグラス越しに女性を納めて問いかけた。
「連中には渡したのかい?君の毒、怪異を直接植え付けて呼び起こすものだろう?」
「ふむ。連中は妾達、インフェクターを味方につけたいらしくてな。酷く焦っておったから、高価で取引してやった。して?貴様は何故こんなところで油を売っているのだ?」
「侵害だな?ぼくは君のお手伝いにと思って、日本にやってきただけさ。君の毒を使ってとんでもないのを目覚めさせていたら、君だけでは太刀打ち出来ないだろう?」
美麗人の言うことを聴き流して、出された美酒を喉に落とし込み、舌にあった味付けに鼻歌を出しながら眺める。舌なめずりで覗かせる舌が、蛇のように舌先が二又になっていた。
それを目撃したバーテンダーが、驚いて腰を抜かす。音に反応するように振り返り、ほくそ笑んだ。
「ほぉ?この店に唯の人間を紛れさせておったのか?貴様?」
「ルンペイルだよ♪そうだね……。ぼく以外は人間だよ?わざわざ、怪異だらけの店にする必要はないでしょう♪」
「そうか……。それもそうだな♪して、そち?妾の近うに寄れ。差もなくば首を捻じ切るだけじゃが?」
「ひっ……は、はいっ!」
恐る恐る、へっぴり腰でバーテンダーは女性に近寄ると、女性が指を鳴らした途端に、バーテンダーを包囲するように辺りに小さな布陣が浮かび上がった。すると、その布陣から鎖が伸びて、バーテンダーを縛り上げた。
脅えるバーテンダーの頬に優しく手を当て、そのまま手の甲で身体を胸、腹、腰、太腿となぞる。そして、女性は鎖でバーテンダーを吊し上げ、自身の顔の位置に股間が来るように高さを調整した。
「ほぉ?人間というものはかくも面白い生き物だな♪それとも、そちが特殊な趣向を持ちあせておるのか?こんな殺されるかもしれぬ状況で生殖本能が働くとはなぁ♪」
深く息を吸って、吐息をバーテンダーの股間に掛けていく。次の瞬間、バーテンダーは悶え苦しみ咽び泣く声を上げて、水の中でもがくように手脚をバタつかせた。
「ふむ♪これでそちは子孫繁栄は叶わぬ身体となったな♪どうじゃ?このままヒトとして情けなく生きていくか?それとも────」
女性の吐息が紫色のガスを含んでおり、それは強力な溶解性のある毒霧であった。
バーテンダーはその毒息で、下半身全体を表面から徐々に溶かされたまま、地面にだらんと蛇のように一本の身体の生き物のように下半身を落とした。
上体を逸らしたまま、鎖で固定されて声を上げることすら出来ない状態にしてから、頭上に毒息を吐きながら、今にも死に絶えそうな様を見下ろしている。
そして、嘯くように笑いながら問いかけてくる。このまま、人間として生きていくか死ぬか。それとも人を捨てて、新しい道を生きてみるか。選択権を与えてやると、笑いかけてきていた。バーテンダーは、迷うことなく人間を捨てることに対して、首を縦に振った。
「良い返事だ♪では、妾がこれより口にする美酒を全てその口で飲み干すのだぞ?さぁ、ゆくぞ?」
杯に入った美酒を一気に口に放り、そのまま口移しで、バーテンダーの唇に重ねる。生きる為に必死のバーテンダーは、何の躊躇いもなく女性の美酒を飲み干そうと、ごくごく喉越しの音を奏でて飲み込んでいく。
「ふぅーん、案外良い音じゃないか♪そのやり方はどうかと思うけどね♪」
「────ふぅん……。良くぞ飲み干した♪これで、そちもコチラ側の存在となった。生まれ変わった気分はどうじゃ?【天空の飛竜】よ?」
「最高の気分だぜェ♪それで?オレっちは何をすればいいご主人♪」
バーテンダーだったものは、全身鱗まみれの竜人のような見た目となり、その血色も黄緑色に変貌を遂げていた。自分を怪異へと引き込んでくれた女性を主人と慕い、指示を仰いだ。
「そうだな……。妾の毒で覚醒した人間が何人か居るはずじゃ。そやつらの首を妾のもとへ持って来るがよい。最も……ただの人間ごときが妾の毒を正しく扱えているとは思うまいが、な……」
「お安い御用でっせ♪オレっちの翼なら、速攻でそんな奴らぶちのめして首斬って持ってきまっせ♪」
上機嫌に前向きな返答をしたドラグワイバーンは、天井のガラスを突き破って何処かへと飛び去ってしまった。
幸い、天気は晴れであったため雨水が入ってくる心配はないが、せっかくの飲みの場がガラスの破片で台無しになったと、シラケたことを態度に出す美麗人は、席を立って帽子を深く被ると手に取った薔薇の造花を、女性に向かって投げた。顔を隠していたハットを居抜き、素顔を曝け出す。
その顔は、褐色肌に見えた途端に肌白に代わり、鋭い蛇のような眼光で美麗人を睨み付けた。
「何の真似だ?」
「いいや。せっかくの美しい顔なんだ。隠す必要なんてないと思ってね♪気分を害したのなら、謝るよ♪」
スキップしながら、エレベーターの方へ向かう美麗人に、指を鳴らして鎖を差し向ける。しかし、それを踊り避けてエレベーターのボタンを押すと、笑顔を向けた。
「挨拶はお互いこの辺でいいんじゃないかな?それじゃ、また進展があったら情報交換しようね♪【毒酒の女帝】♪」
「───ッ!?痴れ者がッ!!」
柵が閉まるエレベーターを、鎖束ねて作った巨大な槍で貫き壊す。その直前に音符を散りばめながら、姿を消した美麗人を確認すると、チッと舌打ちをして布陣を消していく。
そして、【偽りの歌姫】と名付けた美麗人は、既に居なくなっているというのに、それに肖って自身の呼び名も託ける事にした。それがこれから怪異としての、真名となることを心に決めて────。
「良かろう!人間どもに何処まで怪異が扱えるか……。妾の趣向する駆け引きの始まりだ♪我が名はこれより【毒酒の女帝】とする♪さぁ、我が毒を盛られし哀れな人の子よ。我らインフェクターに匹敵する可能性を魅せてくれよ♪ふっふっふっ……アーハッハッハッハッ!!」
高笑いを、誰もいなくなった部屋で響き渡らせながら、毒霧を撒き散らして霧の中へと消えていった。
かくして、【毒酒の女帝】とその毒によって、怪異を宿したとされる人間達のゲームは幕を開いていくのであった。
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