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8 島に帰ったのは私だけじゃなくて
しおりを挟む少し先に車のライトが光っていた。母の車だった。
駆けてゆくと外で母は待っていた。
腕を組んで、暗くてよくわからないが赤いはずの軽自動車にもたれて風を浴びているようだった。
「乗りなさい」
それ以外には何も言われず、車に乗り込んだ。
エンジンがかかると、カーステレオから一瞬ラジオのニュースの声が聞こえたが、母はボリュームをゼロにした。
しばらく沈黙が続いた。母が鞄の中からお茶を出してくれた。
「お母さん」
「なに」
雪芽はまっすぐ島の明かりを見つめながら、
「勝手なことしてごめん」と言った。
「本当だよ…でも、見当はついていたから。そう無茶はできないでしょ。まだ」
やけにおとなしい物言いだった。だからなのか、胸が苦しかった。
家について食卓を見ると、手の付けられていない煮つけと、逆さの茶碗が置かれ、その場には父が座っていた。
ペルシャ風の絨毯の上に艶のある木の机と椅子。雪芽は、自分の家は豪華なんだと気が付いた。
しかし、忘れ物をしているような物足りなさと非日常感で不安になって顔をうかがったが、父の優しい声でそれは邪推であったと思った。
「おかえり雪芽。早く食べよう。」
食事中、カチ、カチ、という音が鳴るはずだった。壁時計が新しくなってしまったので、静かにぬるぬると秒針はまわっている。
すると母が整いましたと言わんばかりに口を開いた。
「もう夏休みでしょ。芳樹君帰ってきてるよ。」
……ドクン!
心臓が大きく高鳴り、さっきまでの胸の苦しさ、気持ち悪さ、決まり悪さが拍動でたらりと魂から下りた。細胞が光を放つ。
「明日会いに行く?」
うなずいた。けれど食べたら電話しよう。
魚の骨は先に避けて置き、身を後から一気に食べていたから、もう、その身をかき込めたのだが丁寧に慎重に食べ終えた。
「ご馳走様!」
寝室へ向かいながら、携帯電話を開いた。
階段をゆっくり上りながら、かすかな光で連絡欄を開き下へ下へ降りていく。ついに部屋の電気のスイッチを引っ張ってつけて、芳樹の番号を見つける。
カチ・カチ・カチ。
ガチャ、ガチャ。カラン……カランカラカラカラ。点滅からの安定。
……固まった。足ががくがくする。ぺたんと畳に座り込んだ。
どうしたらいいか分からない。
ベッドに座り、目をつむると芳樹の声が浮かんできた。
知らないうちに雪芽は歯を食いしばっていて、涙があふれた。
「うう……」
「~~~~~~~~!!」
枕に顔をうずめて声にならないスクリームで、息を止めた時みたいに頭が熱くなった。
もうその先の記憶はなくて、窓は水色になっていた。顔にかかったブランケットを取って、窓を見上げると少し先の電線で雀が数羽並んでいた。
エンターキーを押すことをためらって、決定するか否やの猶予もなく眠りに落ちていたようだ。
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