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第8話 人喰い マンティコア

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 どうしてくれようか?
この不遜なエサ、自身を傷つけた存在。
長きを生きたこの”我”をここまで怒らせたモノはいなかった。





「グオルオオオオオオオッ!」

マンティコアの叫びに応じて、その頭上に火球が生まれる。
それはすさまじい速度でイスナに襲い掛かる。

「なんとおっ!?」

どこか余裕の声を上げながらイスナはその火球を避けて見せる。
躱すと同時にウィップブレードを振り抜く。
だがさすがに学習したのか、障壁で受ける事をもはやせずマンティコアはその身を捻り刃を躱すと、同時に新たな火球を生み出しイスナへと撃ち出す。
しかも今度は2発。

「やるねぇ、このケダモノが!」

イスナは一発は躱し、もう一発はいつの間にか抜いていたセイ・ウニカで迎撃する。
さらにマンティコアに向けて弾丸を撃ち出す。
マンティコアはその弾丸を障壁で防ごうとして、見失う。

「グギャアアアアアアア!?」

マンティコアの背中に激痛が走る。
なんと障壁に当たる瞬間、弾の軌道が有り得ない動きでマンティコアの背後へ向かったのだ。

「ふむん。 やはり前面集中型の障壁か」

イスナは冷静にマンティコアの能力を調べていた。
これまで上手く行っているように見えるが、それは間違いだった。
どれ一つとして致命傷を与えていない事をイスナは気づいていたのだ。
異常ともいえるタフさ。 これがこのマンティコアの最大の脅威ではないだろうか。
所詮30階層の敵であるマンティコアが、オーバードであるイスナの攻撃にここまで致命傷を負わないというのもおかしな話であった。
イスナが見ているとマンティコアの傷がみるみる回復していく。
異常なほどの回復力。 これが致命傷を与えられない理由であった。

……参ったな。 .44マグ弾で通るかな
それが通らないとなるとあとはアレしかないが。
次々打ち出される火球を避けながら、イスナは銃から弾を抜き出し、.44マグ弾入りのスピードローダーをセットする。
連続で2発撃ち出し、その二発とも誘導によって一発は背後に、もう一発が背中に真上から襲い掛からせる。
弾丸操作、イスナの持つ異能の内の一つである。
自分の意志の元に発射された弾丸に限られるが、これによって自在に弾を操作することが出来るのだ。
不規則な動きをする弾丸を避けきれずマンティコアの背中と後ろ足にそれぞれ.44マグナム弾が命中する。

「グルギャアアアアアアアア!?」

弾丸はマンティコアの肉を大きくえぐり取ったが、それだけだった。

「これもダメと……」

イスナは銃を仕舞い、ため息を吐く。
それを好機と見たのか、マンティコアが一気にイスナへ肉薄しその前足を振り下ろす。
イスナはその攻撃を右手で受け止めようとその細腕を振り上げる。
おおよそ、体格差からいってもイスナでは防ぎようもない体重の乗った一撃はしかし、淡い光を放つ盾のような物に阻まれる。
魔法障壁。 物理攻撃を防ぐ防壁はイスナも使えるのだ。

あー、面倒くさい、面倒くさい。
イスナは静かに切れ出していた。
素材の事もあるが、一応イシバシとの共同戦線である事を考えてはいたが、こうまで面倒くさいとさっさと終わらせたい。 そう思っても仕方がないはずだ。

「私、頑張ったよね?」

誰に言うでもなしにイスナは呟くと、ダランと両腕を下した。
そして。

「こい。 ガルムズ」

イスナのだらりと下げた黒い腕に幾筋の光の帯が走る。
それは徐々に全身を駆け巡り、まるで魔法陣のような文様を描くと、突然消えイスナの周りには複数の黒いナニカがいた。
それを見たマンティコアは恐怖した。 魔獣にとっても未知の存在に。





一方、15階層の落とし穴のある部屋にて。

部屋にいたラウコス社の兵士達は、イシバシからの連絡を受け受け準備をしていた。
具体的には、イシバシ達が上がってくるであろう落とし穴に向けて銃を構えるという準備であった。
令嬢は保護し、探索者は口封じに殺す。
これが上から下された命令だった。
しかし……
この現場の指揮を任されている隊長には不安材料があった。
その両腕が黒い少女。 業界では黒手こくしゅと呼ばれる、いや自分たち的には”魔女ウィッチドッグ”の方が通りがいいだろうか?

『隊長、準備整いました』

『そのまま命令まで待機』

『了解』

ダンジョン内に蔓延するエーテルを用いたエーテル通信での交信を終えると、隊長は軽く頭を振りさっきまでの考え振り払うと改めて落とし穴に集中する。
任務は遂行しなくては。
それが軍人だ。 そう半ば自分に言い聞かせるように。
しかし……
ゆらりと、ソレは現れた。 落とし穴の上に。
現れるまで登ってくる気配はなかった。
彼らは軍人として優秀だった。 それでもこのナニカに気付けなかった。
ソレは真っ黒な霧のような、そう敢えて言うなら黒い霧の犬、であろうか?
三つの目を持ちこちらを見ていた。
魔獣とも違う雰囲気を持つソレに、訳の分からない物に対する恐怖からか、兵士の一人が銃を向ける。

「う、うわああああああ」

「やめろっ!?」

隊長は咄嗟に、隊長権限でその兵士の銃にロックを掛け撃てないようにした。

カチッカチッ  ARホログラムがライフルに浮かび上がり、その銃の引き金がロックされたことを表示する。

「た、隊長っ!? な、なんでっ」

「よせっ! その犬に攻撃するなっ!!」

もう一人の兵士が、混乱した兵士の銃をそっと降ろさせる。
その顔を真っ青にしながら。

「やめろ、ソレにかかわるんじゃない」

まるでゾンビか死霊かともいうような顔色でその兵士は呟くように忠告する。
隊長もだが、この兵士もアレを知っていた。 見たことがあるというべきか。

「ガルムズ…… お見通しという訳か」

アレは5年ほど前だろうか?
隊長とその兵士は企業軍として委員会の要望に応え、ある研究施設を襲撃したことがあった。
ほかにもいくつかの企業軍との合同作戦であったが、詳細は知らされていなかった。
ただ、ある違法な研究をしている施設を襲撃し、研究資料と職員を確保せよ。 という命令だった。
しかし、彼らが到着した時そこは火の海だった。
その海の中を逃げ惑う研究者らしき者達と、そしてそれを追う黒い霧の化け物達がいた。
中には魔獣をまるで操っているかのような行動を取る白衣の男もおり、その白衣の男を守るかのように霧の化け物に向かっていく魔獣もいた。
だが、それをまるで玩具のように軽々と引き裂き食らっていった化け物達。
人も魔獣もお構いなしに蹂躙するその様は歴戦の兵士であっても恐れおののくほどであった。
レイスやゴーストという魔獣がいるが、これは別に霊体という訳ではない。
ちゃんと肉を備えた魔獣だ。 そもそも実体のない魔獣など存在しないのだ。
だが、アレはどうだ?
魔獣や一部の研究所の兵士達の攻撃はすべて素通りしていくではないか。
まるで悪夢を見ているかのよう。
未知の恐怖に半ば棒立ちになっていると、そのうちすべて食い尽くしたのかその化け物はなんと火すら喰いだしたではないか!
そして、火災も収まるとソイツらは夢であったかのように消えていった。
後で聞いた話だが、その化け物に発砲した兵士が食い殺されたという事や、あれが”魔女ウィッチドッグ”という少女がしでかした事だという

何時もは陽気な男が、暗い表情と声色で淡々と語ると、混乱していた兵士は恐怖から一歩下がった。
その時、隊長に上から通信が入る。

『……はい、はい、了解しました』

「作戦変更! 彼らを普通に保護せよとの事だ!」

それを聞いたのかはわからないがそう隊長が言うと、霧の犬は現れた時と同じようにフッと消えてしまった。
それを見た隊長は先ほどの通信を思い出していた。

魔女に関わるな…… か。






イシバシは少女をジェットに預けると、すぐに踵を返しイスナの元に向かおうとした。

「あっ! おと……」

少女が発した声にイシバシは足を止めそうになるが、そのまま駆け出す。
今更どの面を下げて彼女に相対すればいいというのか。
手に持つ長剣を再度握りなおすと、イスナがいる部屋に飛び込んだ。
……そこはまるで地獄のようだった。
黒い霧の化け物達、8匹ほどの犬のようなものが倒れ伏すマンティコアを貪り食っていた。
弱い、弱い悲鳴を上げながら死ぬことも出来ないまま肉を貪り食われるマンティコア。
それを何でもない事のようにジッと見つめるイスナ。
それはまるで悪魔のような、魔女のような……
イシバシはその考えを激しく頭を振る事によって追い出すと、イスナに話しかける。

「小娘」

「あ、おっさん。 終わったよ。 来るの遅くね?」

振り返ったイスナは、何時ものようなだらけた口調でイシバシに答えた。

「ああ、すまんな」

なのでイシバシも何時ものように答える。
そうしなければいけない気がしたのだ。
これまでと同じように。

「んで、おっさんの考え通り上の”対処”もしといたよ。 これがやって欲しかったんしょ?」

そういってニヤリと笑うイスナにイシバシは苦笑で返した。


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