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俺はただ、その男性にタックルして、黄色い線の内側に無理やり押し込むように倒した。
 靴の片足が電車に吹き飛ばされて、どっかに行ってしまった。それと同時に、抱えていた男性にまとわりついていた灰色の炎が俺の腕を伝って、俺に燃え移った。急に重くなる両肩。   
そして。
何故か。
急に。
俺は。
死にたくなった。
 初めての感情だった。寂しいとか悲しいとか辛いみたいな感情は知っていたけど、この感情は初めて知った。
 死にたい。その感情には理由がいらなかった。楽になりたいとか、悩んでいることがあってとか、何かから逃げたいとか、どうでもよくなるくらい、死にたいは、死にたいだった。
「ブン!」
 パキネが駆け寄ってきた。来てくれた。けど、それが何だって言うんだ?
 俺の中に救いはなかった。だからパキネのことも一瞬どうでもよくなっていた。助けて欲しいとも思えなかった。ほおっておいてくれた方がむしろ幸せだったのかもしれない。
 抱きかかえている男性は、悪霊を俺に移したせいか、正気になっていて、震えていた。死ぬとこだったことをちゃんとわかっているみたいだった。
 でも、俺は違う。この人が抱えていた死にたいって気持ちで支配されていた。
「ブン!」
 熱くないのに体が燃えてる。自分に大変なことが起きているのに、凄くどうでもいい。
「悪霊滅殺!守護!厄を祓う!」
 パキネの声。こんなに近くに居るのに、凄く遠くから聞こえた。
 震える両手を見ていた。灰色の炎が手のひらに集まってきた。
「なんでこんな無理するんよ!」
こうしなきゃ、この人死んでたじゃん。なんで怒るんだよ。
「あたしより先に飛び出さんでよ!あたしがなんとかしたのに!」
「…………」
「ブン?」
 ほんの数秒前、死にたいを知ってしまった。こんなこと知りたくなかった。
 俺は両手に残った灰色の炎を見つめていた。消えない。なんで。まだ死にたい。なんでだ。
「悪霊が見える目になったから、体質もかわっちゃったんよ。今までは悪霊が乗り移ることなんてなかったけど、もうそうじゃないんよ。触れたらいけないものとかちゃんと教えていくけん。危ないことはせんでよ」
 パキネは両手を俺の手のひらに乗せると、灰色の炎を握りつぶした。
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