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入学してまだ一カ月も経ってないのに、レナちゃんには明確なファンがいる。学年問わず、レナちゃんに話しかけに来る男子は絶えないし、レナちゃんを一目見ようと、廊下から覗いている男子もいた。
そんな子に、俺は『好き』と言われた。だけど、どういう意味の好きなのか結局訊けない。でも、他の男子より俺はレナちゃんに明らかにヒイキされている。
「ブンくん。字が綺麗ね」
 え?休み時間に入って十秒後の出来事だった。
「そうかな。習字は苦手なんだけど」
「筆とシャープペンじゃ全然違うもの。それに、ノートのとり方もとっても綺麗。少し借りてもいいかしら?」
「あ、うん」
 手渡すと、手のひらに乗せたノートの手の甲にしっかりとレナちゃんが手を添えて、ノートを受け取った。
 手が、暖かかった。ただそれだけのことなのに、凄いと思った。だって、パキネには何度も触れてきたけど、彼女には体温というものがない。仕方がないことだけど、ぬくもりはドキドキする。
「レナ!ブン殿には悪いが、どうせそのノートもきっとパキネ殿の息がかかっているに違いない!脱字ばかりかもしれない!そんなもの見たって仕方がない!」
「いいじない。脱字くらい。人はね、綺麗なものを見て育つと、おのずと綺麗なものを真似しようと成長する生き物なの。だから自分より優れている人には敬意を祓うべきだし、模倣させていただけるなら、こんなにありがたいことはないわ」
 俺はその日、初めて自分の字が綺麗で、ノートをとるのが上手いことを、レナちゃんに気が付かされた。自分でも知らなかった自分の長所を見つけてくれたことだって、凄く嬉しかった。
 隣でパキネはムスッとしていたけど、俺がちょっと嬉しそうにしているのに、気が付いたんだろう。パキネは溜息もつかなかったし、吐息も吐かなかった。
 俺の小さな幸せを、台無しにしないように見逃してくれたみたいだと思った。
 そもそもパキネは俺に幸運や喜びに対しては水を差すようなことはしてこない。厄をもたらす疫病神といっても、俺の守護霊。いつも手加減して悪戯程度の小さな不幸しか起こさないでくれているのは、俺だってなんとなくわかってる。
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