もうダメだ。俺の人生詰んでいる。

私小説 4

家なき子と法華経のおしえ （前編)

　アイダホールの講演が始まったので、私は群衆……とは言っても百人に届くかどうかであるが……と一緒に講演堂の中に入り、前の方の席に座る。　
　壇上に現れた会田鉄夫……いや、ここではミスターアイダは、ニッコリと私に微笑んだ。たまには、彼の説教を聞いておこうと思ったのだ。いつも、私ばかりが話しているような気がしたから。ミスターアイダは、挨拶もそこそこにすぐに本題に入った。

「えー。今回は、家なき子と法華経のおしえの類似性について語りたいと思います。この二つは世紀のベストセラーというほど出回った作品なのですが、とちらも共通しているのです。それは何かというと、

『あなた方はもともと救われているのです』

  というメッセージですね。
　エクトール・アンリ・マロの『家なき子』をこの前、私は「青空文庫」で読んだのですが……これは無料で読めますのでオススメです。
　手に汗握りましたね。これほど、面白い作品はありません。貧乏な家に生まれて、旅芸人に引き取られた男の子レミが、苦難の旅を経て最後には、幸せになる物語なのですが……見事にエンターテイメントの王道をゆく作品です。
　

　このパッケージを見てください。
　旅芸人のおじいさん、犬三匹、猿一頭、レミが並んでおりますが、作者はとても過酷な試練を彼らに下しました。具体的には、レミと犬一匹以外、全員死にます……。

　おじいさんは、老衰で、他の犬二匹は、狼に襲われ、猿は凍傷で死にますね。そこは容赦ないのです。しかも、それぞれの死ぬまでのお話が、物語の中にきっちりと組み込まれております。

　でも、レミは助かります。ここにこの作品のキモがあるんですね。この作品内でのレミは、人生の初めから描写されておりますから、必然的に読者と一体化できてます。しかし、旅芸人たちは他者なのです。この対比というのは、作品を読み解く時にかなり重要なポイントですね。

　それから、レミは物語の折り返し地点で、実の母親と出会っているのです！それどころか、その貴婦人は「あなたを養子にもらいたい」とまで申し出ているのです。それなのに、レミは、旅を続けます。本当の母親を探すために……。

　そして、旅芸人の死や、見世物小屋の商人からの逃亡、引き取ってくれた家の一家離散、詐欺師一家に引き取られそうになったり、さらには炭鉱が地崩れを起こして、二週間閉じ込められたりして……(正直、炭鉱のエピソードは要らないと思うのですが……）

　本当の母親に再会するのです。家なき子のあらすじは、こういうものですが、これのどこが法華経と似ているかというと、法華経には、「長者窮子（ぐうじ)のたとえ、という話があります。この話がそっくりなのです」

   (後編へ続く)