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29.赤面
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フィアルカの葬儀は、死の翌日にすみやかに執り行われた。
すでに社交界からは何年も前に退いており、後継ぎがいなかったことで嫁ぎ先の伯爵家との繋がりも切れていたため、身内のみの静かな式だった。
ケイは一使用人でしかないため、いつもの動じない表情で粛々と弔いに臨むヴォルクを遠くから眺めていた。
異動を切り出すよりも早くフィアルカが亡くなってしまったため、ケイとラスタはカルム養老院に戻されることになった。心の整理と慰労を兼ねて数日間、ケイは引っ越しもあるため一週間ほど休暇が与えられ、ケイは慌ただしく引っ越し準備をしていた。
そんな中、オルニスに声を掛けられて彼の自宅に招かれた。
「いやー。フォンテ伯爵夫人のこと、大変だったっすね。お疲れさまっした」
「私は別に……。ヴォルクさんの方が、何倍も大変だったと思うよ。葬儀が終わったと思ったら、すぐ仕事に戻るし……。こっちでは、そういうものなの?」
フォンテ伯爵夫人、とはフィアルカのことだ。弔いを済ませて、休む間もなく慌ただしい日常に戻ってしまったヴォルクが心配で尋ねると、私服姿のオルニスは軽くうなずいた。
「まあそうっすね。忙しくしてた方が、気も紛れますし……。まあ普通は多少手を抜くもんですけど、将軍は性格がああなんで……仕事中はすっかりいつも通りっすね」
「そっか……。まあたしかに、気が紛れるのは分かる」
オルニスはもう一度うなずくと、テーブルの上のクッキーを一枚かじった。
彼の自宅は王都の中でも賑やかな下町のはずれにあって、静かな侯爵邸と比べると街の喧騒が聞こえて活気があった。広くはないが裏庭があり、オルニスの息子とココと、彼の妻であるマウラが走り回って遊んでいる。それを、テラスから眺めていた。
「素敵なおうちだね。マウラさんも素敵。子供好きなんだね」
「そーでしょー? うちの奥さん、マジ最高で。あのふくよかな感じとか、チョー癒されますよ」
「う、うん。そうだね」
オルニスの妻と聞いて、どんなギャルギャルしい若いママが現れるのかと思ったが、予想とまったく違って年上の、ややふっくらとした落ち着いた女性が出てきてケイは面食らった。聞けばケイと歳もそう変わらず、人当たりの良い彼女とケイはすぐに打ち解けた。
「侯爵邸を出るって行ったらココが拗ねちゃってさ……。今日誘ってもらえて助かった。少しは気が紛れたみたい」
「いえいえ。また引っ越しとは大変っすね。すんません、オレ今日休みなんで次は行けないんすけど大丈夫っすか?」
「うん。ヴォルクさんが馬車出してくれるって。荷物も少ない質素な引っ越しなのに、侯爵家の紋の入った馬車で行くなんて申し訳ないなあ。乗合馬車でいいのに、他の貴族の人に笑われない?」
「なに言ってんすか。ケイさん、今王宮内でチョー噂になってますよ。侯爵家のマントを羽織った『恵みの者』が、親族の危篤を伝えに単身で城に乗り込んできたって。銀獅子将軍がひそかに囲う、情に厚い麗人だって」
「れいじん――麗人!? かっ、囲う!?」
オルニスが告げた衝撃の言葉に、ケイは椅子からずり落ちるほど驚いた。身を乗り出すと、オルニスは面白そうに続ける。
「はい。それはそれは美しい女人だとか、王もお気に入りだとか――」
「ないないない、美しくないし囲われてもない!」
根と葉はあるが、とんでもない尾ヒレが付いている。ケイが慌てて否定すると、オルニスはにやにやと追求を深める。
「そーすかね~? はたから見れば、そういう関係に見えますよ? 将軍も気付いてないわけないと思いますけど」
「やっ、やめてよ……! 迷惑でしょ! ヴォルクさんがそんな、囲うとか……。そんな存在、では……」
ぽん、と先日、ヴォルクに抱きしめられた光景がよみがえり、ケイの言葉が尻すぼみになる。
いやいやいや、あれは大切な人を亡くして悲しむ彼を慰めただけ。そう必死に言い聞かせるが、顔が赤くなるのを抑えることはできなかった。オルニスがおや、と顔を上げる。
「……将軍と、何かありました?」
「なっ、何もないよ!?」
「いや噓つくの下手くそかよ。……はーん、惚れちゃいましたね?」
「……っ!」
ストレートに問われ、ケイはぶるぶると首を振った。オルニスはそんなケイをまじまじと眺める。
「オレ、付き合い長いから分かるんすよ。将軍も、なんかあったって。昨日ケイさんの名前出したら、ちょっと動揺してましたもん」
「噓……!」
「ほんと。マジでちょっとっすけど。オレじゃなきゃ気付かなかったっすね。……で、何があったんすか?」
「い、言わないし言えないよ……!」
女の胸で泣いたなんて、絶対に他の人に言えるわけがない。「何か」はあったと認めたようなものだったが、ケイはそれには気付かなかった。
オルニスがにやにやを収めて椅子にもたれかかる。
「……オレは、悪くない組み合わせだと思いますけどね。何か問題が?」
「いや問題でしょ……子持ちだし。こっちの人間じゃないし。……若くも美人でもないし」
「ふはっ……。ケイさん、そこ気にするんだ。将軍は、気にしないと思いますけどね。てか将軍よりは若いし、ココちゃん含めて気遣ってくれるんでしょ?」
「それは……もう。どうお礼していいか分からないぐらい……」
「…………」
赤い顔でうつむいたケイに、オルニスがなんとも言えない苦笑を向けた。遊ぶ子供たちに視線を向けると、困った顔をするケイをもう一度見る。
「屋敷にいられるように頼んだらいいんじゃないすか? なにも、今あえて離れる必要はないっしょ。今までみたいに会えなくなりますよ」
「駄目だよ。仕事もあるし……。ただでさえ目をつけられてるのに、雇用主にこれ以上近付くとか許されないでしょ」
「あー、ソコルさん……。将軍が雇用主じゃなくなっちゃえば、いいのでは?」
「……?」
どういう意味かはよく分からなかったが、ケイは首を振った。このままなし崩しに侯爵邸に留まってはいけないのだけは分かっていた。
こんな中途半端な気持ちでそばにいても、生活基盤もおぼつかないし自分を見失ってしまいそうだ。ちゃんと自分の足で立ってから、もう一度この気持ちを見つめ直したかった。その感情を恐れるばかりでなく。
意思の変わらないケイにオルニスが小さく息を吐く。
「まったく頑固なんだから。将軍、口にはしないだろうけど寂しがりますよ。ねえもう認めちゃえば? 絶対言わないから。……将軍のこと、めちゃめちゃ好きっすよね?」
オルニスの問いに、ケイは赤い顔で数秒間押し黙ったあと――小さくうなずいた。
「マーマー! きてー!」
「あ、うん……! マウラさん、代わります」
「はーい」
ココに呼ばれ、ケイと入れ替わりにオルニスの妻マウラが戻ってくる。豪快な仕草でお茶を一気に飲み干すと、マウラは年下の夫を不思議そうな顔で見つめた。
「どうしたの? 赤い顔して」
「やー。じれったすぎてさ……」
オルニスがこれまでの経緯と今の会話をかいつまんで説明すると、マウラはあらあらと口を押さえる。オルニスは悶えながら小声で訴えた。
「ねえ可愛すぎない!? 子持ちの30代とか思えないんだけど! 絶対将軍もそう思ってるよ、オレ分かるもん! あーオレ言っちゃいそ~。言いて~!」
すでに社交界からは何年も前に退いており、後継ぎがいなかったことで嫁ぎ先の伯爵家との繋がりも切れていたため、身内のみの静かな式だった。
ケイは一使用人でしかないため、いつもの動じない表情で粛々と弔いに臨むヴォルクを遠くから眺めていた。
異動を切り出すよりも早くフィアルカが亡くなってしまったため、ケイとラスタはカルム養老院に戻されることになった。心の整理と慰労を兼ねて数日間、ケイは引っ越しもあるため一週間ほど休暇が与えられ、ケイは慌ただしく引っ越し準備をしていた。
そんな中、オルニスに声を掛けられて彼の自宅に招かれた。
「いやー。フォンテ伯爵夫人のこと、大変だったっすね。お疲れさまっした」
「私は別に……。ヴォルクさんの方が、何倍も大変だったと思うよ。葬儀が終わったと思ったら、すぐ仕事に戻るし……。こっちでは、そういうものなの?」
フォンテ伯爵夫人、とはフィアルカのことだ。弔いを済ませて、休む間もなく慌ただしい日常に戻ってしまったヴォルクが心配で尋ねると、私服姿のオルニスは軽くうなずいた。
「まあそうっすね。忙しくしてた方が、気も紛れますし……。まあ普通は多少手を抜くもんですけど、将軍は性格がああなんで……仕事中はすっかりいつも通りっすね」
「そっか……。まあたしかに、気が紛れるのは分かる」
オルニスはもう一度うなずくと、テーブルの上のクッキーを一枚かじった。
彼の自宅は王都の中でも賑やかな下町のはずれにあって、静かな侯爵邸と比べると街の喧騒が聞こえて活気があった。広くはないが裏庭があり、オルニスの息子とココと、彼の妻であるマウラが走り回って遊んでいる。それを、テラスから眺めていた。
「素敵なおうちだね。マウラさんも素敵。子供好きなんだね」
「そーでしょー? うちの奥さん、マジ最高で。あのふくよかな感じとか、チョー癒されますよ」
「う、うん。そうだね」
オルニスの妻と聞いて、どんなギャルギャルしい若いママが現れるのかと思ったが、予想とまったく違って年上の、ややふっくらとした落ち着いた女性が出てきてケイは面食らった。聞けばケイと歳もそう変わらず、人当たりの良い彼女とケイはすぐに打ち解けた。
「侯爵邸を出るって行ったらココが拗ねちゃってさ……。今日誘ってもらえて助かった。少しは気が紛れたみたい」
「いえいえ。また引っ越しとは大変っすね。すんません、オレ今日休みなんで次は行けないんすけど大丈夫っすか?」
「うん。ヴォルクさんが馬車出してくれるって。荷物も少ない質素な引っ越しなのに、侯爵家の紋の入った馬車で行くなんて申し訳ないなあ。乗合馬車でいいのに、他の貴族の人に笑われない?」
「なに言ってんすか。ケイさん、今王宮内でチョー噂になってますよ。侯爵家のマントを羽織った『恵みの者』が、親族の危篤を伝えに単身で城に乗り込んできたって。銀獅子将軍がひそかに囲う、情に厚い麗人だって」
「れいじん――麗人!? かっ、囲う!?」
オルニスが告げた衝撃の言葉に、ケイは椅子からずり落ちるほど驚いた。身を乗り出すと、オルニスは面白そうに続ける。
「はい。それはそれは美しい女人だとか、王もお気に入りだとか――」
「ないないない、美しくないし囲われてもない!」
根と葉はあるが、とんでもない尾ヒレが付いている。ケイが慌てて否定すると、オルニスはにやにやと追求を深める。
「そーすかね~? はたから見れば、そういう関係に見えますよ? 将軍も気付いてないわけないと思いますけど」
「やっ、やめてよ……! 迷惑でしょ! ヴォルクさんがそんな、囲うとか……。そんな存在、では……」
ぽん、と先日、ヴォルクに抱きしめられた光景がよみがえり、ケイの言葉が尻すぼみになる。
いやいやいや、あれは大切な人を亡くして悲しむ彼を慰めただけ。そう必死に言い聞かせるが、顔が赤くなるのを抑えることはできなかった。オルニスがおや、と顔を上げる。
「……将軍と、何かありました?」
「なっ、何もないよ!?」
「いや噓つくの下手くそかよ。……はーん、惚れちゃいましたね?」
「……っ!」
ストレートに問われ、ケイはぶるぶると首を振った。オルニスはそんなケイをまじまじと眺める。
「オレ、付き合い長いから分かるんすよ。将軍も、なんかあったって。昨日ケイさんの名前出したら、ちょっと動揺してましたもん」
「噓……!」
「ほんと。マジでちょっとっすけど。オレじゃなきゃ気付かなかったっすね。……で、何があったんすか?」
「い、言わないし言えないよ……!」
女の胸で泣いたなんて、絶対に他の人に言えるわけがない。「何か」はあったと認めたようなものだったが、ケイはそれには気付かなかった。
オルニスがにやにやを収めて椅子にもたれかかる。
「……オレは、悪くない組み合わせだと思いますけどね。何か問題が?」
「いや問題でしょ……子持ちだし。こっちの人間じゃないし。……若くも美人でもないし」
「ふはっ……。ケイさん、そこ気にするんだ。将軍は、気にしないと思いますけどね。てか将軍よりは若いし、ココちゃん含めて気遣ってくれるんでしょ?」
「それは……もう。どうお礼していいか分からないぐらい……」
「…………」
赤い顔でうつむいたケイに、オルニスがなんとも言えない苦笑を向けた。遊ぶ子供たちに視線を向けると、困った顔をするケイをもう一度見る。
「屋敷にいられるように頼んだらいいんじゃないすか? なにも、今あえて離れる必要はないっしょ。今までみたいに会えなくなりますよ」
「駄目だよ。仕事もあるし……。ただでさえ目をつけられてるのに、雇用主にこれ以上近付くとか許されないでしょ」
「あー、ソコルさん……。将軍が雇用主じゃなくなっちゃえば、いいのでは?」
「……?」
どういう意味かはよく分からなかったが、ケイは首を振った。このままなし崩しに侯爵邸に留まってはいけないのだけは分かっていた。
こんな中途半端な気持ちでそばにいても、生活基盤もおぼつかないし自分を見失ってしまいそうだ。ちゃんと自分の足で立ってから、もう一度この気持ちを見つめ直したかった。その感情を恐れるばかりでなく。
意思の変わらないケイにオルニスが小さく息を吐く。
「まったく頑固なんだから。将軍、口にはしないだろうけど寂しがりますよ。ねえもう認めちゃえば? 絶対言わないから。……将軍のこと、めちゃめちゃ好きっすよね?」
オルニスの問いに、ケイは赤い顔で数秒間押し黙ったあと――小さくうなずいた。
「マーマー! きてー!」
「あ、うん……! マウラさん、代わります」
「はーい」
ココに呼ばれ、ケイと入れ替わりにオルニスの妻マウラが戻ってくる。豪快な仕草でお茶を一気に飲み干すと、マウラは年下の夫を不思議そうな顔で見つめた。
「どうしたの? 赤い顔して」
「やー。じれったすぎてさ……」
オルニスがこれまでの経緯と今の会話をかいつまんで説明すると、マウラはあらあらと口を押さえる。オルニスは悶えながら小声で訴えた。
「ねえ可愛すぎない!? 子持ちの30代とか思えないんだけど! 絶対将軍もそう思ってるよ、オレ分かるもん! あーオレ言っちゃいそ~。言いて~!」
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