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27.急転
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フィアルカが再び薔薇園を訪れてから、二日後のこと。最近はココを早めに預けて早番ならぬ朝のお世話を時折するようになったケイは、別邸に着くとフィアルカの部屋のドアを開けた。
フィアルカはまだ寝ているようだ。女性らしい色合いのカーテンを順に開けていくと、ケイは明るく声をかけた。
「フィアルカ様、おはようございます。今日もいいお天気ですよ。体を拭いたら、また薔薇園に行ってみましょうか」
「…………」
呼びかけても答える声はない。まだ夢の中かと思い、明るくなった部屋で枕元に近付くと、異変を察してケイの身が強張った。
「フィアルカ様……?」
「ッ……、……は……っ、はぁっ……」
「フィアルカ様!? フィアルカ様……ッ!」
フィアルカは苦悶の顔で、片手で胸元を握りしめていた。首がのけ反って顎を大きく開き、酸素を求めるように喘いでいる。
突然の変化にケイはとっさに手を伸ばすと、呼び鈴代わりのベルを強く鳴らした。
「誰かっ……! 誰か来て!! レダさん! ラスタ!! お医者様を呼んで……!!」
そこからは、嵐のようだった。他の使用人たちがバタバタと駆け付け、医学の心得がある者が脈を取ったり、かかりつけ医の手配をしたりと室内が急に騒がしくなる。
多くの人がフィアルカを取り囲み、ただの介護士でしかないケイにはもうできることがなくなってしまった。
元の世界でも何人か見てきたから分かる。ああなってしまうと――もう、長くない。激しく動揺する感情とは裏腹に冷静にそう分析してしまった自分が嫌で、ケイは部屋から退出した。そしてはっと我に返る。
「ヴォルクさん――」
本邸にも連絡は行ったのだろうか。だがまだヴォルクが来ていない。
ケイは本邸に向かって駆け出した。ここ10年、ろくに走ってもいない足を叱咤して全速力で本邸にたどり着くと、別邸の使用人から報告を受けるソコルと鉢合った。
「ソコルさん……! ヴォルクさ――ヴォルク様は!?」
「ケイ。……旦那様は今、王宮にいらっしゃいます。毎週定例の朝議があるので」
「そんな……! え、お使いは出すんですよね? 途中で切り上げて帰ってこられますよね……?」
「国王陛下とのお約束の時間ですよ。私用で退出するなど、慣例上許されは――」
「たった一人のご親族が、危篤なんですよ…!?」
ケイが必死に訴えても、ソコルは沈鬱な面持ちをするばかりで首を縦には振らなかった。
ソコルが非情なのではない。これが、この世界の――ヴォルクが生きる世界の常識なのだ。それに異を唱える自分が異質なだけ。……けれど、それでも。
「……分かりました。勝手をしますがお許しください」
「ケイ!?」
深く頭を下げてから踵を返すと、ケイは再び外へと走り出した。
「グラースさん! グラースさんっ…!! 馬っ。馬を出してください……!」
「ありゃ、ケイちゃん。朝からそんな走っで、どうした~?」
本邸を出たケイは、その足で侯爵邸の最奥にある厩舎へと走った。とうに心臓も肺も限界を迎え、息も絶え絶えだが厩舎で馬に餌をやるグラースを見つけるとケイは叫んだ。
目を丸くしたグラースがのんびりとした様子で駆け付ける。まだ、フィアルカ危篤の一報は伝わっていないようだ。
手短に状況を伝えると、グラースは瞬時に鋭い表情になり乗馬の準備を整えた。マントを取りその背に飛び乗ると、顔をしかめる。
「ああでも、王様と朝議か……。俺が行っても王宮に入れっかどうか……」
「わっ、私も連れて行って下さい……! 私、王様にお会いしたことがあるんです! 『恵みの者』だって伝えれば、もしかしたら――」
そのまま駆け出しそうなグラースに慌てて追いすがると、グラースは馬上からケイを見下ろしてうなずいた。
太い腕で引っ張り上げられ、グラースの前に座る。前回と違い、怖いと感じる余裕はなかった。
「ケイちゃん、これ羽織っでろ。マント」
「は、はい」
「侯爵家の紋が入ってる。身分証代わりにちったぁ役に立つはずだ。……飛ばすがらな。しっかり掴まっでろ……!」
「はい!」
舌を噛みそうになりながらも手綱に掴まり続け、馬の背に激しく揺さぶられること10分。王宮の城門までたどり着いたケイとグラースは馬を降りた。
ヴォルクの師だったというだけあってグラースの乗馬技術は卓越していたが、それでも素人にいきなり走馬はきつかった。
回る頭とふらつく足で門に近付くと、門番の衛兵が怪訝に二人を見る。ざっと身なりを整えたグラースが、侯爵邸内にいるときとは別人のような洗練された動きで礼を取った。
「突然の来訪、失礼いたします。私はヴォルク侯爵の家人をしております、グラースと申します。火急の用向きがあり、参上いたしました。……こちらは当家で後見をしております『恵みの者』のケイです。どうか我が当主にお取次ぎをお願いできませんでしょうか」
グラースが丁重に要件を伝え、ケイもそれにならった。だが衛兵は困惑した顔でケイとグラースを見やる。
「残念ながら、今の時刻は陛下と諸侯が朝議中でして――。あと一刻もお待ちいただければ、お取次ぎも可能かと思いますが……」
「あの! それでしたら、これを見ていただけませんか!? これで駄目なら待ちますから……!」
ケイは懐から、折りたたまれた書状を取り出した。以前、アステール王より直々に手渡された『一度だけ、王の時間を自由にして良い』旨が記された書状だった。
それを渡すと衛兵の表情がみるみるうちに強張り、覗き込んだグラースもぎょっとしたようにケイを振り返る。
「ケイちゃん、すんげぇモン隠し持っでんなあ……」
「しっ、失礼しました! ケイ様、お通り下さい! 案内させます……!」
急に直立不動となった衛兵に案内され、ケイは王宮内へと招かれた。
侯爵家の紋の入ったマントをなびかせて王宮の回廊を駆けると、ケイはとある扉の前に案内された。……ここは覚えがある。以前、アステール王に謁見したのと同じ部屋だ。
先触れも何もなく室内に入るよう促され、ケイは緊張しながら扉を開いた。
「――ケイ!?」
「……おお。ケイではないか、久しいな」
「王様……。急に申し訳ありません」
室内には、ヴォルクと王の二人しかいなかった。朝議は終わったあとだったのか、他の人物がおらずヴォルクの体面を保てたことにホッとする。緊張した面持ちで王に頭を下げるケイを、ヴォルクが目を丸くして見つめた。
アステールは突然のケイの来訪に驚いた様子ではあったが、そこは踏んできた場数が違うのか、すぐに鷹揚な笑みを浮かべた。
「先日とはずいぶん出で立ちが違うな。それが素顔か。なかなかに愛いではないか。……それで、急にどうした? 余に会いに来たか」
「そうです」
「!?」
ケイの返答にヴォルクが目を剥く。ケイは例の書状を取り出すと、ゆったりと脚を組む王に手渡した。
「ヴォルクさ――侯爵の、伯母様がご危篤です」
「……っ。伯母上が?」
「なに? ヴォルクの伯母というと……フォンテ伯爵夫人か」
「はい。朝に伺ったら、呼吸がお苦しそうで……心臓か肺かは分かりませんが、容態はかなり――」
ヴォルクが息を呑み、アステールは目を見開いた。詳しい言及は避けたが、事態の深刻さは伝わったようだ。そうでなければ、こんな手を使ってまで王宮に来ない。
ケイは顔を上げると王をまっすぐに見つめた。
「王様、お願いです。ヴォルク侯爵と話している王様のこの時間を、私にください」
「……どういう意味だ? 余と話したいということか?」
「違います。私に、ヴォルク侯爵を譲ってください」
「…!?」
迷いないケイの返答にアステールは椅子から少しずり落ち、ヴォルクはぎょっとケイを振り返った。王はまじまじとケイを見つめると、ふ、と太い笑みを浮かべる。
「前回振られたのも人生初だが、男を譲ってくれと言われたのも人生で初めてだ。まさかこんな形で使われるとはな……。良いだろう。朴念仁で愛想もない男だが、持ってゆけ」
「陛下! しかし私用で席を外すなど――」
「たわけ。朝議も終わったことだし、どうせ喫緊の用などないであろう。そなた一人いなくとも城は回る。……女が単身でここまで駆け付けたその覚悟をよく考えよ。頭が固いのも大概にせぬと、余がもらうぞ?」
「……っ」
王の軽口にヴォルクが眉をひそめる。ヴォルクはさっと右拳を胸に掲げると王に礼を取った。
「……御前、失礼します。この埋め合わせは必ず」
「いらぬいらぬ。ケイに会えてむしろ喜ばしいぐらいだ。……ゆけ。落ち着いたら報告せよ」
「あ、ありがとうございます。王様!」
ヴォルクがケイの肩を抱いて扉に向かう。肩越しにケイが頭を下げると、王はゆったりと手を振った。
ヴォルクと共に王宮を再び駆けると、城門でグラースが待ちかまえていた。心得たようにヴォルクに手綱を渡し、ヴォルクが飛び乗る。
馬の歩みも遅くなるし、ケイはグラースとあとから追おうと考えていたが、有無を言わさず馬上に引っ張り上げられヴォルクに背後から抱え込まれた。
先日乗せてもらったときの穏やかさとは異なり、羽交い絞めにするような近さでヴォルクが鋭くつぶやく。
「掴まっていろ。飛ばすぞ」
「は、はい!」
手綱と、ときにヴォルクの腕に捕まりながらケイは祈った。
悲劇的な結果は変わらないかもしれない。つらい光景を見させるだけになるかもしれない。それでも――
(間に合って……! フィアルカ様、ヴォルクさんが着くまで持ちこたえて!!)
フィアルカはまだ寝ているようだ。女性らしい色合いのカーテンを順に開けていくと、ケイは明るく声をかけた。
「フィアルカ様、おはようございます。今日もいいお天気ですよ。体を拭いたら、また薔薇園に行ってみましょうか」
「…………」
呼びかけても答える声はない。まだ夢の中かと思い、明るくなった部屋で枕元に近付くと、異変を察してケイの身が強張った。
「フィアルカ様……?」
「ッ……、……は……っ、はぁっ……」
「フィアルカ様!? フィアルカ様……ッ!」
フィアルカは苦悶の顔で、片手で胸元を握りしめていた。首がのけ反って顎を大きく開き、酸素を求めるように喘いでいる。
突然の変化にケイはとっさに手を伸ばすと、呼び鈴代わりのベルを強く鳴らした。
「誰かっ……! 誰か来て!! レダさん! ラスタ!! お医者様を呼んで……!!」
そこからは、嵐のようだった。他の使用人たちがバタバタと駆け付け、医学の心得がある者が脈を取ったり、かかりつけ医の手配をしたりと室内が急に騒がしくなる。
多くの人がフィアルカを取り囲み、ただの介護士でしかないケイにはもうできることがなくなってしまった。
元の世界でも何人か見てきたから分かる。ああなってしまうと――もう、長くない。激しく動揺する感情とは裏腹に冷静にそう分析してしまった自分が嫌で、ケイは部屋から退出した。そしてはっと我に返る。
「ヴォルクさん――」
本邸にも連絡は行ったのだろうか。だがまだヴォルクが来ていない。
ケイは本邸に向かって駆け出した。ここ10年、ろくに走ってもいない足を叱咤して全速力で本邸にたどり着くと、別邸の使用人から報告を受けるソコルと鉢合った。
「ソコルさん……! ヴォルクさ――ヴォルク様は!?」
「ケイ。……旦那様は今、王宮にいらっしゃいます。毎週定例の朝議があるので」
「そんな……! え、お使いは出すんですよね? 途中で切り上げて帰ってこられますよね……?」
「国王陛下とのお約束の時間ですよ。私用で退出するなど、慣例上許されは――」
「たった一人のご親族が、危篤なんですよ…!?」
ケイが必死に訴えても、ソコルは沈鬱な面持ちをするばかりで首を縦には振らなかった。
ソコルが非情なのではない。これが、この世界の――ヴォルクが生きる世界の常識なのだ。それに異を唱える自分が異質なだけ。……けれど、それでも。
「……分かりました。勝手をしますがお許しください」
「ケイ!?」
深く頭を下げてから踵を返すと、ケイは再び外へと走り出した。
「グラースさん! グラースさんっ…!! 馬っ。馬を出してください……!」
「ありゃ、ケイちゃん。朝からそんな走っで、どうした~?」
本邸を出たケイは、その足で侯爵邸の最奥にある厩舎へと走った。とうに心臓も肺も限界を迎え、息も絶え絶えだが厩舎で馬に餌をやるグラースを見つけるとケイは叫んだ。
目を丸くしたグラースがのんびりとした様子で駆け付ける。まだ、フィアルカ危篤の一報は伝わっていないようだ。
手短に状況を伝えると、グラースは瞬時に鋭い表情になり乗馬の準備を整えた。マントを取りその背に飛び乗ると、顔をしかめる。
「ああでも、王様と朝議か……。俺が行っても王宮に入れっかどうか……」
「わっ、私も連れて行って下さい……! 私、王様にお会いしたことがあるんです! 『恵みの者』だって伝えれば、もしかしたら――」
そのまま駆け出しそうなグラースに慌てて追いすがると、グラースは馬上からケイを見下ろしてうなずいた。
太い腕で引っ張り上げられ、グラースの前に座る。前回と違い、怖いと感じる余裕はなかった。
「ケイちゃん、これ羽織っでろ。マント」
「は、はい」
「侯爵家の紋が入ってる。身分証代わりにちったぁ役に立つはずだ。……飛ばすがらな。しっかり掴まっでろ……!」
「はい!」
舌を噛みそうになりながらも手綱に掴まり続け、馬の背に激しく揺さぶられること10分。王宮の城門までたどり着いたケイとグラースは馬を降りた。
ヴォルクの師だったというだけあってグラースの乗馬技術は卓越していたが、それでも素人にいきなり走馬はきつかった。
回る頭とふらつく足で門に近付くと、門番の衛兵が怪訝に二人を見る。ざっと身なりを整えたグラースが、侯爵邸内にいるときとは別人のような洗練された動きで礼を取った。
「突然の来訪、失礼いたします。私はヴォルク侯爵の家人をしております、グラースと申します。火急の用向きがあり、参上いたしました。……こちらは当家で後見をしております『恵みの者』のケイです。どうか我が当主にお取次ぎをお願いできませんでしょうか」
グラースが丁重に要件を伝え、ケイもそれにならった。だが衛兵は困惑した顔でケイとグラースを見やる。
「残念ながら、今の時刻は陛下と諸侯が朝議中でして――。あと一刻もお待ちいただければ、お取次ぎも可能かと思いますが……」
「あの! それでしたら、これを見ていただけませんか!? これで駄目なら待ちますから……!」
ケイは懐から、折りたたまれた書状を取り出した。以前、アステール王より直々に手渡された『一度だけ、王の時間を自由にして良い』旨が記された書状だった。
それを渡すと衛兵の表情がみるみるうちに強張り、覗き込んだグラースもぎょっとしたようにケイを振り返る。
「ケイちゃん、すんげぇモン隠し持っでんなあ……」
「しっ、失礼しました! ケイ様、お通り下さい! 案内させます……!」
急に直立不動となった衛兵に案内され、ケイは王宮内へと招かれた。
侯爵家の紋の入ったマントをなびかせて王宮の回廊を駆けると、ケイはとある扉の前に案内された。……ここは覚えがある。以前、アステール王に謁見したのと同じ部屋だ。
先触れも何もなく室内に入るよう促され、ケイは緊張しながら扉を開いた。
「――ケイ!?」
「……おお。ケイではないか、久しいな」
「王様……。急に申し訳ありません」
室内には、ヴォルクと王の二人しかいなかった。朝議は終わったあとだったのか、他の人物がおらずヴォルクの体面を保てたことにホッとする。緊張した面持ちで王に頭を下げるケイを、ヴォルクが目を丸くして見つめた。
アステールは突然のケイの来訪に驚いた様子ではあったが、そこは踏んできた場数が違うのか、すぐに鷹揚な笑みを浮かべた。
「先日とはずいぶん出で立ちが違うな。それが素顔か。なかなかに愛いではないか。……それで、急にどうした? 余に会いに来たか」
「そうです」
「!?」
ケイの返答にヴォルクが目を剥く。ケイは例の書状を取り出すと、ゆったりと脚を組む王に手渡した。
「ヴォルクさ――侯爵の、伯母様がご危篤です」
「……っ。伯母上が?」
「なに? ヴォルクの伯母というと……フォンテ伯爵夫人か」
「はい。朝に伺ったら、呼吸がお苦しそうで……心臓か肺かは分かりませんが、容態はかなり――」
ヴォルクが息を呑み、アステールは目を見開いた。詳しい言及は避けたが、事態の深刻さは伝わったようだ。そうでなければ、こんな手を使ってまで王宮に来ない。
ケイは顔を上げると王をまっすぐに見つめた。
「王様、お願いです。ヴォルク侯爵と話している王様のこの時間を、私にください」
「……どういう意味だ? 余と話したいということか?」
「違います。私に、ヴォルク侯爵を譲ってください」
「…!?」
迷いないケイの返答にアステールは椅子から少しずり落ち、ヴォルクはぎょっとケイを振り返った。王はまじまじとケイを見つめると、ふ、と太い笑みを浮かべる。
「前回振られたのも人生初だが、男を譲ってくれと言われたのも人生で初めてだ。まさかこんな形で使われるとはな……。良いだろう。朴念仁で愛想もない男だが、持ってゆけ」
「陛下! しかし私用で席を外すなど――」
「たわけ。朝議も終わったことだし、どうせ喫緊の用などないであろう。そなた一人いなくとも城は回る。……女が単身でここまで駆け付けたその覚悟をよく考えよ。頭が固いのも大概にせぬと、余がもらうぞ?」
「……っ」
王の軽口にヴォルクが眉をひそめる。ヴォルクはさっと右拳を胸に掲げると王に礼を取った。
「……御前、失礼します。この埋め合わせは必ず」
「いらぬいらぬ。ケイに会えてむしろ喜ばしいぐらいだ。……ゆけ。落ち着いたら報告せよ」
「あ、ありがとうございます。王様!」
ヴォルクがケイの肩を抱いて扉に向かう。肩越しにケイが頭を下げると、王はゆったりと手を振った。
ヴォルクと共に王宮を再び駆けると、城門でグラースが待ちかまえていた。心得たようにヴォルクに手綱を渡し、ヴォルクが飛び乗る。
馬の歩みも遅くなるし、ケイはグラースとあとから追おうと考えていたが、有無を言わさず馬上に引っ張り上げられヴォルクに背後から抱え込まれた。
先日乗せてもらったときの穏やかさとは異なり、羽交い絞めにするような近さでヴォルクが鋭くつぶやく。
「掴まっていろ。飛ばすぞ」
「は、はい!」
手綱と、ときにヴォルクの腕に捕まりながらケイは祈った。
悲劇的な結果は変わらないかもしれない。つらい光景を見させるだけになるかもしれない。それでも――
(間に合って……! フィアルカ様、ヴォルクさんが着くまで持ちこたえて!!)
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