異世界シンママ ~モブ顔シングルマザーと銀獅子将軍~【完結】

多摩ゆら

文字の大きさ
上 下
27 / 47

26.薔薇園

しおりを挟む

「ケイ、あんた最近元気なくない?」

「え? そうかな……疲れてるのかな」

 本邸でヴォルクとその前妻の肖像画を見てから数日後。
 シーツなどの溜まった洗い物を洗濯場に持っていく途中で、ケイはラスタに声を掛けられた。ケイの荷物を半分持ってくれた親友は、一緒に歩きながらケイの顔色を窺う。

「悩みごと?」

「んー……。そう、かな。不毛な感じの」

「ははーん。……男?」

「ちっ、違うよ!?」

 最初は歯切れ悪く返したのに、二度目は即答してしまった。それが逆に怪しく聞こえて、ラスタはにっと肩をぶつけてくる。

「嘘~。……まぁあたし、なんとなくは分かるけど。邸内ここでは言わないけどね」

「……っ」

 ラスタの茶色の目が細められる。こちらに来て長い時間を共有してきた友人に心の奥まで見透かされている気分になり、ケイはカアッとうつむいた。

「お恥ずかしい限りです……。え、私もしかして態度に出てる?」

「出てないわよ。でも、あんたの置かれた状況を思えばそう・・なる気持ちは分かるわよ。たぶんあたしでも、そうなっちゃうと思う。……まぁあたしのタイプじゃないけど」

 ラスタがしれっと言ってのける。ケイは思わず苦笑してしまった。

「理想、高すぎじゃない?」

「逆よ。完璧すぎてお近付きになれない。ずっとこの国で暮らしてると背負っているものの大きさとかも知ってるしね。そういう意味では、それを知らずに近付けたあんたは珍しい存在だと思うわ。……珍獣的な?」

「珍獣……。パンダかい」

「ぱんだって何? ……それで、あんたこれからどうしたいの?」

 ふいに問いかけられ、ケイはきょとんと立ち止まった。怪訝な顔でラスタを振り返る。

「え。いや……どうもしないでしょ。ただあまりにも不毛だから、距離を置こうとは思ってるけど。そろそろ養老院に戻してもらおうかと――」

「えー! なんで!?」

「だって……しんどいの嫌だよ。何より生活していかなきゃいけないし」

 日々の生活以外に心を煩わされたくない。そしてそれと同じぐらい、恋愛で痛い目を見るのはもうこりごりだった。
 ヴォルクが人として信頼できるのは間違いないが、それでも怖い。想いを寄せ、万が一受け入れられたとしても、またいつか裏切られるのではないかと――忘れたと思っていた心の傷がふいに顔を出す。
 心身ともにボロボロになる、あんな想いはもう繰り返したくない。

 ラスタにも似たような経験があるからか、ため息をつくとそれ以上は追及してこなかった。

「お似合いだと思うんだけどねえ」

「いやどう見ても釣り合わないでしょ……。さて、仕事仕事。今日こそ薔薇園にお連れしよう? グラースさんにも連絡しといたし」

「はいはい。ひとまずの目標だったからね」



 フィアルカの部屋へと戻ってくると、車椅子に乗せるべくケイはフィアルカの体を起こした。だが靴を履かせようとしたところで、いつもとの違いに気付く。

「あれ……足むくんでる。……フィアルカ様、体調悪くないですか? 胸苦しいとかないです?」

「……? ……へー、き」

「そうですか。たまたまかな……」

 フィアルカの足が、いつもより少しむくんでいる。靴を履けないことはないが、念のため確認するとフィアルカはきょとんと首を傾げた。
 動きもいつも通りのため、ケイはフィアルカを車椅子に乗せるとラスタと外へ連れ出した。来週には医者が往診に来るし、そのとき話せばいいだろう。

 あれから何度か車椅子で外に出たからか、フィアルカが移動を恐れることはなくなった。別邸から出てなるべく平らな道を庭園の奥へと押し進めると、やがてガラス張りの温室が見えてきた。
 ケイはこの世界で、他に温室を見たことがない。おそらく非常に贅沢なものなのだろうが、フィアルカが少女の頃に造らせたというその温室は、さすがに年季は入っているもののしっかりと手入れされていた。その入り口に立つ男性にケイは手を振る。


「グラースさーん! お連れしましたー」

「おー、ケイちゃん。へぇ、これが『車椅子』ってやつかぁ」

 待っていてくれたのは今この温室を管理しているグラースだった。グラースは水やりの手を止めると、車椅子に乗ったフィアルカに近付く。そして目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

「お久しぶりです、フィアルカ様。俺のこと、覚えてますか」

「……フ、ラー……。……ス」

 久々に呼ぶ名を上手く発音できず、フィアルカが恥じるようにショールで口元を隠してしまう。ラスタが髪を整えて薄く化粧も施していたが、困ったようにうつむくフィアルカにグラースが明るく笑いかける。

「はい! グラースです。お互いトシ取りましたねえ。でも、また来てくれて嬉しいですよ」

「……う。うー……」

「ああ泣かないで。生きてりゃ色んなことありますって。でも、うちのおっかあは卒中そっちゅうでぽっくり逝っちまったけど、フィアルカ様はこうして生きててくだすって俺ぁ嬉しいよ。またこうして薔薇をお見せできますから」

 旧知の間柄であるらしいグラースの言葉にフィアルカがしゃくり上げた。その涙をぬぐいながら、ケイはフィアルカをここまで連れてこられた手応えを感じていた。
 色とりどりの薔薇が咲き乱れる温室の中へと歩みを進めると、もう一人待っていた人物にケイは目を見開く。

「……オーヴ」

「ヴォルクさん……。え、今日はお仕事じゃ――」

 予想してなかった人物が、フィアルカを待っていた。先日の胸の痛みを思い出して心が一瞬ざわついたが、仕事中の顔に戻すとヴォルクもまたケイを見下ろす。

「ひと段落したゆえ、家に持ち帰った。伯母上が薔薇園にいらっしゃるとグラースから聞いてな……。車椅子に乗っているところもまだ見ていなかったしな」

 ケイが知る限り、別邸の自室以外の場所でフィアルカとヴォルクが対面するのは病気になってから初めてのはずだ。明るい陽光のもとで顔を合わせた伯母と甥からケイはそっと距離を取る。
 ヴォルクはしゃがみ込むと、フィアルカの膝に切りたての薔薇の花を乗せた。

「伯母上。伯母上が大切にされていた温室ですよ。またこうして来ていただけるとは、私もグラースも感無量です。今日は、私が車椅子を押してもよろしいですか?」

「オーヴ……ヴォールーク。……うう、ああ……」

 フィアルカの目から大粒の涙があふれ出す。その痩せた手に大きな手を重ねると、ヴォルクは力づけるように握った。

「伯母上と花を見るのは子供の頃以来ですね。気に入ったものがあれば部屋に届けますから、言ってください」

 大柄で屈強な甥が、小柄な伯母の乗った車椅子を慣れない様子で押す。遠い昔のように、談笑しながら。
 その光景を遠くから眺め、ケイはここでの仕事に一つの区切りがついたことを感じていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...