異世界シンママ ~モブ顔シングルマザーと銀獅子将軍~【完結】

多摩ゆら

文字の大きさ
上 下
8 / 47

7.洗礼

しおりを挟む

「熱……」

「うう~……。あちゅい……」

 異世界に来て一か月弱。とうとうココが体調を崩した。
 数日前に咳をしはじめたときから危ないと思っていたが、案の定だった。できるだけ栄養と加湿と睡眠を十分に取らせたつもりだったが、赤い顔でぐったりと横たわるココにケイは不安な目を向ける。

「お水飲む? ジュースもあるよ」

「いらない……」

 同じ寮に住む同僚に話して、明日まで休みをもらった。食堂で作ってもらったとっておきのジュースを差し出しても、ココは力なく首を振るばかりだ。

(……どうしよう。病院に連れてく? いきなり行って診てもらえるの? お金は?)

 この世界の医療体制だとか保険制度まではまだ知識がなかった。聞こうにも、寮は人が出払っていて他に知り合いもいない。
 手を当てて測る限りはそこまで高熱ではなかったが、ケイは底知れぬ不安に体が固くなった。

(感染症とか、全然知らないものだったら――。予防接種だってまだ全部は終わってない。急変したら? 救急車もないのにどうすればいいの?)

「ママ……」

「うん? なに?」

「おうち、かえりたい……」

「……っ」

 ふいにココが漏らした言葉にケイは息を止めた。額の手ぬぐいを替えてやると、ココは大粒の涙をあふれさせる。

「今はここがココとママのおうちだよ」

「ちがう~! ここ、ココのおうちじゃないもん。テレビない。ゆーちゅーぶみたい!」

「そうだね。ママも見たいよ」

「ううっ……。キラキュアみたい。なんでみられないの~」

「……うん、ママも見たい。新しい戦士が登場する回だったのにね」

「うぇえええん……! まなせんせいにあいたい! みうちゃんとあそびたい!」

「うん。会いたいね……ママも会いたいよ……」

 とうとう大声を上げて泣き出したココをケイは抱きとめた。背中を撫でるとヒックヒックと震え、胸が痛くなる。
 こんな小さな体で、精一杯頑張っていたのだ。今までとまったく異なる世界と環境で、つらくないわけがなかったのに。

 向こうの世界に置いてきてしまったものを改めて突き付けられ、ケイの目にも涙がにじむ。熱いココの体を抱きしめながら、ケイも声を殺して泣いた。

「元気になったら……ピクニックに行こうね。きっとこっちにも、美味しいものがあるよ」

「……うん」

 今はこんな約束しかできないけれど。ココの笑顔を守るためならいくらでも頑張る。
 泣き疲れていつしか眠ってしまったココの横でケイは深くため息をついた。異世界で、病の我が子を前にして母はあまりにも無力だった。





「来たわよー。調子どう……って、ええ!? どういう事態!?」

「あれ、ラスタ……? なんでいるの~」

「昼休憩だから様子見に来たのよ! ちょっと、なんで泣いてるのよ! ココちゃんそんなに悪いの!?」

「そうじゃないげど、なんがふだりでいるど泣げでぎぢゃっで~!」

 あれから数時間。扉をノックして現れた人影にケイは真っ赤な目を向けた。休憩中に抜け出してきたラスタがぎょっと後ずさる。

「やだ、鼻水拭いてよ! ほらご飯持ってきたから!」

「神さば~。ありがどう」

 ケイにハンカチを放り投げ、ラスタがてきぱきとテーブルに昼食を並べる。そこで初めて、正午を過ぎていたことに気付いた。

「ココちゃんは……寝てるわね。熱は?」

「そんなに高くない。咳してるけど」

「薬は?」

「飲ませてない。病院かかろうかとも思ったけど、かかり方が分からなくて……」

「そんなことだろうと思った。ほら、これ薬。院の薬師にすりつぶしてもらったから」

 ラスタがテーブルにポトポトと置いたのは、折り紙のように折りたたまれた紙の袋だった。薬包の中に黄緑色の粉が入っている。

「だいたいの風邪の症状によく効くわよ。甘み付けしてるから子供も好きなはず」

「神様なの? わざわざありがとう……」

「神じゃないから。そんなのうちの薬師に言えばすぐ作ってくれるわよ。それでも良くならなかったら、併設の病院に行くのね。夜でも診てくれるし子供優先だから待ち時間ほぼなしよ。もちろんタダ」

「本当に!? えっ、予約取り地獄とか待合室で熱出しながら泣く子を必死でなだめるとかないの!? 一般病院に子供連れてったらひんしゅく買わない?」

「なにそれ……そんなのないわよ。子供は国の宝でしょ。病気になったらすぐ医者にかかれるし、子供優先が徹底されてるわよ」

「マジか……」

 文化が遅れてるなんて、とんだ傲慢だった。これなら体調不良のときもだいぶ心強い。
 呆れたように告げるラスタに何度も感謝してランチボックスに手を伸ばすと、同じものを持参したラスタもハンバーガーもどきを頬張る。

「ま、うちの場合はヴォルク侯爵の方針も大きいけどね。あの方の管理する病院では子供優先がより徹底されてるわ。あたしたち従業員が病気になっても早めに診てもらえるし、ありがたいわよね」

「そうなんだ……。本当に就職して良かった……」

 ラスタが持ってきてくれた袋には、リゾットまで入っていた。これはココ用だろう。
 職場の昼食で通常リゾットは出ないから、わざわざ作ってもらったか居住者用の食事を分けてもらったのだ。それに気付き、胸がじんわりと熱くなる。

「あんたもね。一人でなんとかしようとするんじゃないわよ。分からないことだらけなんだから、あたしとか周りを頼りなさいよ。片親なんてただでさえ大変なんだから」

「うん……ありがとう」

 空いていた腹にハンバーガーもどきが収まると、またポロポロと涙が出てきてラスタを呆れさせた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

処理中です...