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飛路編
21、暴露
しおりを挟む付かず離れずの距離で皇帝直轄領から西に移動すること三日。
国境手前の野営地に正規軍が落ち着き、暁の鷹も近くに天幕を立てて陣を構えた。
「さて、と……ようやく少し落ち着けるな。馬に乗りっぱなしで尻が痛えや」
「そんなこと言って、頭領が一番早かったですよ。さすが北奏の出身ですね」
腰をさすりながらぼやく航悠に、飛路が感心したような視線を向ける。航悠は溜息をつくと雪華に向けて顎をしゃくった。
「昔のことは忘れちまったよ。……雪華、向こうの大将んとこ、挨拶行くか」
「ああ。面倒だが一度くらいは顔を拝んでくるか」
雪華と航悠は連れ立って、今回の軍を統率している右軍将軍のもとに任務開始の報告に赴いた。
斎国軍の頂点に君臨する大将軍が比較的温厚な人物であるのに比べると、この将軍は勇猛果敢という感じだ。その代わりに細かいことは気にしない性質のようで、分不相応なほど激励されて報告は手短に終わった。……これなら、やりやすそうだ。
将軍と別れると、航悠が雪華を見下ろす。
「さて、とりあえず明日までは暇だな。俺は顔見知りへの挨拶がてら少しふらついてくが、お前はどうする?」
「先に陣に戻ってるよ。松雲も外してるしな」
「了解。じゃあな」
「あれ、雪華さん。おかえり、結構早かったね」
「ああ……。夕食の支度か」
「うん。つってもオレの仕事は皮剥くだけだけど。雪華さんもやる?」
航悠と別れて野営地へと戻ると、ちょうど飛路が夕食の支度をしているところだった。
芋を手にした恋人は包丁を差し出すが、雪華は首を振って丁重に断る。
「いや……やめておく。また誰かさんに、食べられるところまで剥いてると言われそうだからな」
「ああ……。懐かしいな、言ったのオレだっけ。なんか、ずいぶん昔みたいな感じがする」
包丁を自在に操り、器用に皮を剥く飛路の隣に座ると雪華はその手元をなんとはなしに眺める。
「えっと……なに? なんか緊張すんだけど」
「別に。……お前、意外と料理とか上手いよな。実家でもやってたのか?」
「うん、たまに。……てか親父の趣味だったし」
「え――……、は…!?」
それは初耳だ。あの宗将軍が料理? ……正直、全然似合わない。
雪華はひきつった笑みを浮かべると感嘆の声を漏らす。
「そ、そうか……。人は見かけによらないものだな」
「ひでえ。……まぁ親父自身もよく言ってたけどさ」
記憶の中の宗将軍は、熊のように屈強な体格で言ってはなんだがどこもかしこもゴツかった。
あの武骨そうな手で、繊細な料理を生み出していたのだろうか。それを想像すると今さらながら頬が緩んでしまう。
「あ、それで思い出した。……あんたのことも言ってたよ。あんた、昔っからこういう細かいこと苦手だったんだって?」
「……いつの話だ」
急に自分へと矛先が戻され、雪華は呆れた顔で問い返す。すると飛路はどこか得意げな顔で続けた。
「『香紗姫はお可愛らしくていらっしゃるが、あの腕前だけは長じる前に直しておいた方がいいだろう』…って。親父にこれだけ言わせるなんて、皇女様ってどんな人なんだろうって子供心に思ったよ」
「…………」
『これだけ』言わせる自分の腕を思い、渋面になる。言い訳するように雪華はぼそぼそとつぶやいた。
「宗将軍に料理を見せたのなんて、ほんの数回きりのはずだ。あとは龍昇……ああ、今の皇帝に押し付けたりしてた」
「へえ……。そんなに仲良かったんだ」
「幼馴染だからな。今思えば、気の毒なことをした」
「たぶん、あの人はそんなん思ってないと思うよ。でも、そっか……いいな」
「形の悪い菓子がか? 腹を下しかねないぞ」
「それは勘弁だけど……。……はは。雪華さん、やっぱ鈍感」
遠い目をした飛路が困ったように笑う。最後の芋を手に取り、彼は思い出したように雪華に視線を向けた。
「ああそういえば、あんた昔、桃色が好きだったんだって? 女の子らしいヒラヒラした着物とか」
「え……。……っ、な――」
「新しい着物ができると、身近な人たちに嬉しそうに見せに行ったとかって。……ほんと可愛いよね」
突然過去の好みを暴露され、今の自分との落差に雪華は赤くなった。可愛い色や物が好きだったなんて、もうとても言えない。
飛路はにんまりと意地の悪い笑みを浮かべる。
「そ…れも、宗将軍が言ってたのか!?」
「……秘密」
ニヤニヤと笑った飛路に、雪華は肩を落とした。
……宗将軍、彼は一体どこまで息子に話していたんだ。雪華ですら忘れているような恥ずかしい過去を……!
「今になって掘り起こされるとは思わなかった……」
「あはは。まぁいいじゃん、減るものじゃないし。――よし、話してるうちに終わった」
「ああ。行くか。半分持つ」
「ん、ありがと。……まだまだいっぱいあるよ、話。でもそれは遠征が終わってから、かな。あんたのこと動揺させられんの、すごい楽しみ」
「……生意気言ってるんじゃない」
二人して肩をぶつけ合うと、雪華と飛路は支度をしている仲間のもとへと向かった。
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