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飛路編

19、のろけ

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 それから慌ただしく時間は流れ、あっという間に、西峨さいが方面へと進軍を始める前日になった。

 ここ数日、軍と協議を重ね、暁の鷹の行動についてもおおむねの指針が出された。まずは軍に同行して西峨に入り、それから作戦を開始する。
 大きな武器や大砲があるわけではないから、準備は呆気ないものだった。空いた時間で、雪華は久しぶりに薫風楼へ行ってみることにした。


「あら雪華、久しぶりじゃない」

「ああ。最近忙しくて。藍良は元気そうだな」

 冬の盛りでも、薫風楼の最高級妓女はすでに春を迎えたかのような華やかな笑みで迎えてくれた。そんな藍良に、明日からの予定を軽く伝える。

「そう、しばらくいないの。……分かってるとは思うけど、無茶しないでよ。報酬が入ったって命がなくちゃ意味ないんだから」

「分かってる。また帰ってきたら顔を出すよ」

「絶対よ? あんた薄情だから今ひとつ信用できないけど、あたし、あんたの骨なんて見たくないからね」

「私も骨にはなりたくないよ……」

 軽口で応酬しながらも、なんだかんだで心配してくれる気持ちが嬉しい。藍良は少しの間雪華を見つめると、ふいににやりと笑みを浮かべた。

「そういえば、例の飛路君……だっけ? 彼との仲、どうなってるの?」

「……っ」

 唐突にぶつけられた質問に、雪華はぎくりと肩を強張らせた。
 ――鋭い。実は密偵でもやってるんじゃないか、この女。

「あら……? あらら? ……何か、あったわね?」

「う……。まあ、うん……。そうだな」

「ちょっとぉ。何よそれ、はっきりしないわね! 何かあったならさっさと言えばいいのに」

「いや、無事に帰ってきたら報告しようと思ってたんだが……まぁなんだか、そういうことになった。悪い、黙ってるつもりじゃなかったんだ」

「へえ~、そうなの! 航さん太っ腹。年下君に譲ってあげるなんて!」

 うっすら赤い顔でぼそぼそと肯定すると、藍良は瞳を輝かせて雪華の背中を叩いた。その力強さと発言内容に雪華は眉をしかめる。

「なんでそこで航悠が出てくるんだ。あいつは関係ないだろうが」

「……あんた、本当に鈍い……。まぁいいわ。なんか幸せそうな顔してるし、良かった良かった」

 うんうんと頷いた藍良が雪華から手を離す。美しい親友は雪華を見上げると、世間話でもするような気軽さでのたまった。

「……で、どうよ。あっちの方は。若い子だから大変でしょ~」

「…!」

 藍良がにやにやと、高級妓女にあるまじき笑みを浮かべる。そんな顔をしても美人だから、憎らしい。
 耳が熱くなり、雪華はしぶしぶ口を開いた。

「藍良……。からかうのはやめてくれ」

「はいはい、ごめんなさいね、妓女なもので。……あら? でもその子、経験あったの? たしか微妙な年齢だったわよね」

 きょとんと首を傾げる藍良に、雪華は質問に答えるべきかどうか迷った。だが結局のところ、黙っていられなくて白状してしまう。
 藍良ほどではないが、この手の話題が嫌いなわけでもないのだ。

「……なかった。私が頂いてしまった」

「あらー。あらあらあらー。筆おろし、しちゃったのね。……ふふ。どうだった?」

「私も初めての経験で上手く導けたかどうか分からんが……うん、まあ、めちゃくちゃ可愛かったな……」

 他の誰に言うこともできなかった、あの夜のことを思い出すといまだに頬が熱くなる。

 女を知らずに戸惑っていた飛路、雪華のつたない手管で吐息を漏らしていた飛路、そして失敗してしょげていた飛路。自分もしっかり喘がされたのは棚に上げて、飛路のことだけを思い返すと唇がついほころんでしまう。
 そんな雪華を見て藍良はうんうんとうなずく。

「……分かる。分かるわ。初めての男は可愛い。まぁその後の人生のために変に自信つけさせすぎてもいけないし、いい男に育つよう最初のしつけが肝心なんだけどね」

「さすが、経験値があると言うことが違うな。私はそこまで頭が回らなかった」

 ふふんと笑った藍良を雪華は尊敬のまなざしで見つめる。陽連一の高級妓女と元皇女の会話とはとても思えないが、二人はあくまでも真剣だった。
 手にしていた茶杯を置き、藍良はしみじみと呟く。

「まぁいいのよ。あたしはあんたが幸せなら、それで」

「……ありがとう。そうだな、幸せだ。恋をすると人は馬鹿になると言うが、先日まさにそれを実感したところだ」

「…………」

「藍良?」

 雪華も頬を染めてしみじみと返すと、藍良の微笑みが固まり、続いて微妙に眉が寄せられた。親友の変化に雪華はきょとんと瞬く。

「うん、ごめん。やっぱり無理だわ。頬染めてるあんた、ちょっと気持ち悪い。なんか胸が焼けそう。ご馳走様、もうお腹いっぱい……」

「急にひどいな!?」

「愛しの飛路君のところにさっさと帰りなさいな。じゃあね。気をつけてね~」

 藍良は胸を押さえ、しっしっと雪華を追い立てた。突然放り出され、雪華は首をひねりながら薫風楼をあとにしたのだった。


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