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航悠編
16、不穏
しおりを挟む航悠の出発から、四日が経った。
予定より少し帰還が遅れているが、別に珍しいことでもない。特に気にせず雪華が軽い任務を終えて帰ってくると、待機していた松雲が一通の文を差し出した。
「……城からの依頼?」
松雲に渡された、簡素ではあるが恐ろしく質の良い料紙にこれまた恐ろしく整った文字が並んでいる。
堅苦しい文面を要約すると、こうだ。
――シルキアとの戦が始まるため、暁の鷹に戦時中の密偵をお願いしたい。
依頼を受けるか否かはそちらの判断に委ねるが、もし引き受けてくれるならその対価として、金銭ならびにその他の希望をできる限り叶える――
「重要機密を、ずいぶんあっさりとバラしてるな。それに断っても構わないとは……うちの組織を余程信用してるらしい」
部下たちの目を避けざっと目を通すと、松雲が不思議そうな顔で首をひねった。雪華は食い入るように、その文面を読み返す。
……龍昇の言っていた依頼だ。黙り込んだ雪華に松雲が問いかける。
「で、どうするんだ?」
「私は受けたいと思うが……。すぐに返事をよこせって感じでもないし、とりあえず航悠が帰ってくるのを待つよ。それで相談しよう」
「そうだな。……やっぱり戦になるのか。街の噂は本当だったんだな」
温厚な男の顔に翳りが浮かんだ。雪華もまた溜息をつきながら、かつての帝都の惨状を思い浮かべる。
「陽連まで、火の粉が降りかからなければいいがな。一般人が巻き込まれるのは、もうごめんだ」
「……そうだな」
そしてその翌日。
(何をやってるんだ、あいつは……)
航悠は、まだ帰ってきていなかった。連絡もなくここまで遅くなるのは結構珍しい。
彼に割り当てていた任務もあるのに、これでは困る。落ち着かない気分で卓子を指で叩き、雪華はふと我に返る。
(何を苛ついてるんだ、私は……)
冷静に考えれば、別にそこまで苛立つことでも焦ることでもない。過去にも同じようなことはあった。
……次の任務があるからじゃない。中途半端に喧嘩別れしたままでいるのが、なんとなく落ち着かないのだ。そわそわする気分を紛らわすように、書類に向かっていた松雲に声をかける。
「……松雲。あいつ、東に行くって言ってたよな」
「ああ。……迎えをよこすか?」
「子供じゃあるまいし。もう少し待つよ」
「了解。……だが妙だな。あいつが何の連絡も寄越さないとは」
視線を落とした松雲に、その話題が続くのを予感して雪華は強引に話題を切り替えた。
「今日の任務の振り分け、確認してくれ。私は密偵につくから、護衛の方、頼むな」
「ああ。……そういえば、この前の城の依頼。返事はまだ保留しとくか?」
二階に上りかけた松雲が足を止めて振り返る。一瞬何のことだったかと考え、思い出した。航悠のことに気を取られて、うっかりしていた。
「そう……だな。とりあえず、もう少し考えさせてくれという返事は出しておく。航悠と相談してからでないと」
「そうだな。分かった」
雪華は受けるつもりでいるが、今回は依頼内容が特別だ。
戦の中に飛び込むとあっては、命の危険も生じる可能性が高い。そのため他の部下まで応じるかどうかは航悠、松雲と話し合って決めるべきだろう。
「じゃあ行ってくる」
「ああ。頼むな」
松雲を任務に送り出すと、城への返信のために料紙を用意しながら雪華はそっと溜息をついた。
その翌日も、航悠は帰ってこなかった。
「青竹は他三人を連れて、鄭家に向かってくれ。飛路、そっちはお前に頼む。一人きりになってすまないが、お前ならやれるな?」
「うん、大丈夫」
いよいよ人手不足になってきてなかば強引に任務を振り分けると、飛路がしっかりと頷く。だがその目に憂いを浮かべ、彼は遠慮がちに続けた。
「……ねぇ、雪華さん。頭領……どうしたの?」
「分からん。……松雲と相談して、探してみるから心配するな。きっとどこかをほっつき歩いてるだけだろう」
感情的にならぬよう、努めて淡々と告げると飛路の目が複雑な色を帯びる。何か言いたげに雪華を見つめたあと、彼は苦笑してつぶやいた。
「……何かやることがあったら、言ってくれ」
「ありがとう、助かるよ」
年下の青年の気遣いを受け、飛路が行ってしまうと雪華は人知れず溜息をついた。酒楼に残っていた松雲に無駄と知りつつ問いかける。
「松雲。航悠の目的地……詳しいこと、聞いてるか?」
「残念だが、東の方としか。俺は、お前が詳しく聞いてると思ってたんだが……」
「…………」
航悠が単独で任務に出るとき、たいていの場合その行先を雪華は事前に聞いていた。でないと適当なあの男のことだ。どこに行ったか分からなくなってしまうのだ。
だが今回は、その問いかけをしなかった。……航悠と顔を合わせるのを、避けていたからだ。
(……くそっ)
今さらながら、己のうかつさを悔いた。私情に流される前に、組織の幹部としてするべきことはしておかなければいけなかったのに。
「悪いが、何人か連れて東の方を探ってみてもらえるか。こっちは私が回す」
「分かった。三日で帰る予定だったなら、そう遠くじゃないだろう。夜には報告に戻る」
「ああ、頼む」
松雲も出ていき、一人になると急に酒楼ががらんとして見えた。卓に肘をつき、小さく息を吐き出す。
……何か、何とは言えないが……悪い予感がする。頭の奥が、ずっともやもやしている。
いつも隣にいた男がたった数日いないだけで、何か足りないような違和感を感じる。そんな殊勝な性格ではないのに、つい振り返って確認しそうになる。
(航悠――)
その名を口にしかけて口をつぐむ。口に出せば、彼がいないことをより実感してしまいそうで怖い。
「あの馬鹿……帰ってきたら、ただじゃ済まさないぞ」
妙に気弱になっている自分を鼓舞するように憎まれ口を声に出し、雪華は自らの仕事を行うべく立ち上がった。
それから二日後――事態は大きく急転した。
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