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あとがき・番外編
ギャル母、しごでき夫人に遭遇する(後編)
しおりを挟むそして数日後、有那は緊張しながら侯爵邸の門をくぐった。
あれからやはり少し心配になってきたらしいユンカースが、最初だけ同行を申し出てくれた。海渡とユンカースを連れて、有那は本邸の扉をノックする。
「はーい。こんにちはー。……あれっ」
ノックの音に扉を開けたケイは、そこにいた有那と海渡、そしてその背後に立つ長身の青年の姿に目を見開いた。
今日の有那は先日のヘソ出しギャルコーデではなく、清楚なブラウスにロングスカートというケイも顔負けの淑女スタイルだった。髪も綺麗にアップにし、複雑に編み込まれている。
(へー! 変わるもんだなー! さすが美人、なんでも似合う! ……じゃなくて)
ケイはちらっと背後の青年を見上げた。涼やかな表情をした赤茶の髪の青年は、眼鏡の奥の金の目でケイを見下ろす。その顔は、恐ろしいほどに整っている。
(ひえっ! イケメン……! 顔ちっさ……モデルさんみたい!)
毎日見ているヴォルクで美形にはいい加減慣れたと思っていたが、年若くタイプの違う美形はまた別だった。
ケイがドキドキしながら見つめると、美形眼鏡くんはすっと拳を左胸に掲げる。
「お初にお目にかかります。城で書記官をしておりますユンカースと申します。本日はアリナさんの後見として、ご挨拶に伺わせていただきました」
「わ、わざわざありがとうございます。ケイと申します。あの、せっかくですからご一緒にどうぞ……!」
「いえ、仕事がありますのでこちらで失礼します。ヴォルク侯爵にもよろしくお伝えください」
きっちりと挨拶をしてユンカースが後ろに下がる。笑みはないが嫌な感じはなく、真面目な人なんだな……とケイが頭を下げるとユンカースは思い出したように言い添えた。
「あの……厚かましいお願いとは存じますが、アリナさんと親しくしていただけるとありがたいです。同じ『恵みの者』でないと分からない悩みなどもあるかと思いますので……。態度は難があるかもしれませんが、悪気はないので寛大なお心でお許しください。どうかよろしくお願いいたします」
「いや変な先入観植えつけないでくれるー!? 悪気あったらユンユン絶対侯爵邸なんて連れてこないでしょ!」
「当たり前ですよ。僕だって職は惜しいですから。……ああほら、さっそく化けの皮が剝がれてますよ。行儀よくしないと」
「はっ。ヤバっ!」
彼女を案じつつも一癖ある発言に有那が突っ込み、二人はキャンキャンと言い合いを始めてしまった。ユンカースに指摘されて口を覆った有那にケイは思わず噴き出した。
……可愛い二人だ。ユンカースが彼女を大事にしているのがよく分かる。
「大丈夫ですよ。……有那さん、海渡くん、ようこそ。二人が来てくれてとても嬉しい!」
本邸のテラスで、お茶会は和やかに行われた。子供たちはマウラがまとめて預かってくれて、母たち三人は賑やかに盛り上がった。……盛り上がりすぎた。
「いやマジ和食不足! 醤油味噌ポンシュあんこ! 前は別に好きでもないと思ってたけど、今めっちゃ恋しい!」
「分かる~! 私もたまに納豆と豆腐食べたくなるー! ねえこのお土産、きんぴらだよね? どうやって作ったの!?」
「あ、それはウチの店でも人気でー。今は外国の商店から調味料を直接買い付けしてるんだ。良かったら侯爵邸にも紹介するけど?」
「欲しい……! ねえラスタ、買ってもいいよね?」
「別にいいけど……。なんであんなちょっぴりの量で二人ともそんだけ酔えるのかあたしには不思議だわ」
気を利かせたラスタがアルコールを置いてくれたおかげで、テラスは昼間からビアガーデンのようになっていた。テンションの上がった恵みの者二人はあっという間にほろ酔いになり、意気投合して盛り上がっている。
「やだーギャル楽しー。ギャルめっちゃ可愛い! お肌ツヤツヤだしその服もすごく似合ってるー!」
「ケイさんもマジ可愛いー。おっぱい大きいしうらやましー。ねーラスタねえさん?」
「はいはい。やだもう二人して絡み酒なの? 『恵みの者』めんどくさい!」
酔っ払い二人の周囲を片付けながらラスタが愚痴る。なお酒量は彼女がずば抜けて多かったがこちらは顔色も変わっていなかった。
互いを褒め合う二人を横目に見ていると背後のガラス戸がカラリと開いた。
「楽しそうだな」
「あっヴォルクさーん。えへへ、アリナさん、可愛いんですよぉ」
「げっ旦那様。……すみません、ちょっと飲んだらすっかり出来上がっちゃって」
外出から戻ってきたヴォルクが顔を出した。ケイが上機嫌に出迎えると、ヴォルクは苦笑して視線を動かす。その先では有那があんぐりと固まっていた。
「……アリナ殿? 主のヴォルクだ。今日はよく来てくれた。ゆっくりしていってくれ」
「……は、はい。お邪魔してます……」
急に借りてきた猫のようになった有那にケイが首を傾げる。女性たちの集まりを邪魔しないようヴォルクが速やかに去ると、有那はほっと息を吐き出した。
「な、なにあのイケオジ……!」
「え?」
「急に映画スター来たかと思った……! 顔面つよっ! 声まで激シブだった……!」
ユンカースでイケメンには慣れたと思ったが、渋い方面はまだまだだった。年齢を重ねた渋みと色気に有那は一瞬でノックアウトされた。
(あっぶなー! 最初に出会ったのがあの人だったら道ならぬ恋に走ってたかも! あたしオジ属性もあったんだ!?)
あんなイケオジはときどき見て愛でるぐらいでちょうどいい。有那は胸の高鳴りを抑えるとちらっと隣のケイを見つめる。
「ん?」
こんな無害そうな顔をして、侯爵夫人という激レアな地位に昇りつめ、あの顔を毎日平然と見ているとは。――この女性、やはりただものではない。
見かけによらぬ「しごでき夫人」の手を取ると、有那は尊敬と親愛の念を込めてぎゅっと握った。
「はーほんと楽しかった……。やっぱり色眼鏡で見ちゃ駄目ですね。有那さん、すごくいい子でした!」
「そうか、それは良かった。あれが『ぱりぴのぎゃる』か……? 私にはよく分からなかったが」
「今日の見た目は違いましたねー。でも心はギャルマインドでしたよ。私より馴染むの全然早いし、私の方が教えてもらうことばかりでしたね」
その日の夜、侯爵邸の主寝室では再びケイが髪をとかしながら今日の報告をしていた。上機嫌な妻にヴォルクは目を細める。
「そうか。まあ、ゆっくり交流していけば良い。うちで良ければいつでも使ってくれ」
「はい。……あっ、それに今日、ユンカースさんが挨拶に来てくれたんですよ!」
「ユンカース書記官が?」
「本当に最初だけですけど。……はー、ユンカースさん、かっこいいですねぇー! あんまり美形だったんでびっくりしちゃいました」
「…………」
目をキラキラさせて告げられた言葉にヴォルクがぴくりと反応した。ケイは気付かず、ユンカースへの賛辞を続ける。
「シュッとして、眼鏡も似合っていて、仕事もできそうで……。有那さんと並ぶとお似合い――」
「……若い方が良かったか?」
「へっ?」
いつの間にか、ヴォルクが眼前まで来ていた。座ったケイを見下ろすように、ヴォルクは上から妻を見つめてふっと笑う。……圧を感じる。
「四十路の『ばついち』よりは、若く生真面目な青年の方が良かったか?」
「とっ、とんでもないです……! ただ顔が良くて感心したって話ですよ! まさかそんな、10以上も年下の相手にそんなやましい気持ちは……!」
「オルニスのところも10近く違うが?」
「それはそれです。……えっ、まさか私疑われてます!? ユンカースさん、有那さんの恋人ですよ!?」
「…………。冗談だ」
「いや今なにか間がありましたよね!?」
真顔に戻ったヴォルクがすっと視線を逸らし、ケイのもとから去った。よくよく見ると、その耳たぶがうっすらと赤く染まっているのを見て取りケイは立ち上がる。
手持ち無沙汰そうに窓際に立った背の高い夫に寄り添うと、ケイはそっとその腕を抱きしめた。
「……ケイ」
「若い美形なんて遠くからたまに見るだけで十分ですよ。緊張しちゃいますから。もう美形はヴォルクさん一人でお腹いっぱいです」
「皺が増えてもか?」
「はい。私だって皺もシミもできるし、お腹も出るだろうし、おあいこですよ。一緒に年取りましょう?」
寄り添ったまま見上げると、ふっとヴォルクの目尻に笑い皺ができる。
出会った時より少し増えた皺も、子供までできたのに意外に独占欲が強いところも、そのすべてが愛おしい。頬に手が添えられると、温かな口付けが降ってきた。
「次はユンカース書記官も招待しよう。彼は歳の割に博識らしいから、一度ゆっくり話をしてみたい」
「――ッくしっ!」
「ユンユン、風邪~?」
「いえ、ちょっとムズムズしただけです」
一方ユンカース宅では、こちらも有那が今日の報告をしていた。突然くしゃみをしたユンカースに視線を向けると、彼は鼻をこすりながら日記を書きつける。
「ユンユン日記とか書いてたんだね。読んでいい?」
「いいわけないです。……絶対見ないでくださいよ」
「えーそう言われると気になるなー。……分かった、あたしへの愛の言葉とか書いてあるんでしょ」
「あなたって本当に自己肯定感が高すぎますよね……。日々の記録を残しているだけですよ。だからって見ていいものではないです。個人情報ですよ」
「はいはい、分かってるって」
パタンとユンカースが日記を閉じ、有那の手が届かない本棚の最上段にしまった。用心深いなあと思いながら有那は頬杖をつく。
「そういえばね、侯爵さまに会ったよ。挨拶に来てくれた」
「侯爵が? そうですか……まさか失礼はなかったでしょうね?」
「ひどっ。めっちゃしおらしくしてたし! いやーもう目がつぶれそうなイケオジでびっくりした!」
「……イケオジ」
アステール王が突然訪ねてきたときにも聞いた単語にユンカースが反応した。有那はペラペラとヴォルクがいかに渋くて格好良かったかを語る。
「顔は激シブなのにマッチョで、いやーあれは映画で主役張れるね。地球3回ぐらい救ってるね! でもケイさんを見る目は優しくてうらやましい――」
「――ヴォルク侯爵は。将軍職も兼任されていて、勇猛果敢でありながら冷静沈着で、陛下からも部下からも信頼の篤い陛下の右腕です」
「うんうん、分かるー。そんな感じする」
「侯爵は……誰が見ても余裕ある大人の男性ですし、高位貴族ですし、落ち着いていて頼りがいがありますよね。……アリナさんも、そんな人の方が良かったですか?」
「……はい?」
知らぬ間に低くなっていった声に顔を上げると、ユンカースはどこか面白くなさそうな顔でそっぽを向いていた。……あ、この状況は見覚えがある。
「な~にぃ~? 拗ねちゃったのー?」
「あの、そういうのやめてもらえませんか」
隣のユンカースの頬をうりうりと指でつつくと、ユンカースが嫌そうに眉をしかめる。彼はため息をつくとぽつりとつぶやいた。
「……侯爵夫人も」
「ん?」
「夫人も、素敵な人でしたね。気さくで、優しげで、僕みたいな初対面の人間にも笑顔を向けてくれて――」
「…………」
ユンカースの言葉に有那はふと黙った。
言っていることは何も間違っていない。ケイは気さくで、優しくて素敵な人だった。けれど――
「……なんかやだ。ユンユンの口から女の人が絶賛されてるの聞くと……なんかやだ」
むぅ、とむくれた有那にユンカースはそれ見たことかと苦笑した。
「僕の気持ちが分かってもらえましたか。あまり恋人の前では異性は褒めない方が――」
「やっぱり男は巨乳の方が好きなんだ! ああいう優しげなゆるふわ巨乳がおいしいところを持っていくのはどの世界でも一緒かー!」
「は!? 何を言ってるんですかあなたは!」
有那の暴言にユンカースが目を剥く。有那は自らの大きくはない胸を覆いながらしょんぼりとうなだれた。
「駄目だ……勝てない」
「勝たなくていいですよ。……僕が好きなのはあなたですよ。何をおかしなこと言ってるんですか」
「じゃああたしが好きなのもユンユンです。そっちこそ変なこと言わないで」
ぷくーと膨れながら見上げると、虚を突かれたようにユンカースが目を見開く。彼は小さく息をつくと頭を下げた。
「……すみません。僕もあなたみたいに自信を持たないといけませんね。変なところで劣等感が顔を出す」
「そーだよ。あたしに愛されてるんだから自信持ってー? 浮気なんてしないから」
「……はい」
ユンカースが照れ臭そうに苦笑し、有那に向き直る。その眼鏡を有那が外すと、自然に唇が重なった。
唇が離れると、有那はフフッと吐息で笑った。
「……恵みの者って、最強のパートナーをゲットする超幸運の持ち主だね」
終
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