異世界シンママ ~未婚のギャル母に堅物眼鏡は翻弄される~【完結】

多摩ゆら

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20.言うべきでない言葉

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 店の片付けを終え海渡を寝かしつけてから、有那は再び1階へと下りてきた。食堂を覗くと、まだぼんやりと灯りがともっていてユンカースが腰かけているのが見える。

「ユンユン。ここにいたんだ。……あ、また飲んでる」

 ユンカースの前には彼があまり好まない強めの酒が置かれ、それを手酌であおっている。厨房ではミネルヴァが晩酌しながら皿を磨いていた。

「部屋に戻ったと思ったら、店閉めてから『飲み足りない』っつって戻ってきたんだよ。そこに居座られると迷惑なんだけどね。お前さんからも何か言ってやんな」

 ぼそっとミネルヴァがつぶやくが、その言葉の裏にはユンカースを案じる心が透けていた。有那はふうと息を吐くとユンカースの前に腰かける。

「いくら明日休みだからって、飲みすぎじゃん? ほどほどにしといた方がいいよー?」

「……なんですか」

 小さく顔を上げて有那を見たその目は座っていて、完全に酔いが回っていた。有那はため息をつくと持ってきた大きな紙をユンカースの前で広げる。

「ユンユンのこと、探してたの。酔ってる時に見せてもアレかもだけど、見て。じゃーん! プレ営業のポスタ~」

「ぷれ……営業?」

「そ。実際どのぐらいの速さで回れるか分からないから、ミネルヴァさんの知り合いのお店に貼らせてもらって、何日か試しに注文取ってみようかなって。実はもう建設現場の大口の注文を取りつけてあるから、注文数ゼロってことはないし」

「へえ……」

「それにね、ローレルさんが馬も貸してくれることになったの! あと軍に知り合いがいるらしくて、なんかバネ…?のついた衝撃吸収してくれる荷物入れを払い下げてくれたんだって。馬のお尻に着ければ結構な量が運べるし、いやーめっちゃ助かるー。ローレルさん、しごできー」

「……っ。そう……ですか」

 ユンカースの声色が少し下がったのに、有那は気付かなかった。機嫌よくポスターを指さすとユンカースを見上げる。

「それでね、ポスター作ったんだけど、つづり間違ってないかユンユンに見てもらおうと思って――。……ユンユン? どした、気分悪い?」

「…………」

 ユンカースがうつむき、押し黙る。彼の様子がいつもと異なるのにさすがに有那も気付いた。

「お水持って――」

「……なんで。なんでローレルさんは……ちゃんと名前で呼ぶんですか」

「……は?」

 絞り出された突然の問いかけに、有那は目が点になった。ユンカースは顔を上げると険しい瞳で続ける。

「僕のことは……っ。子供みたいにあだ名で呼ぶのに、なんであの人はちゃんと呼ぶんですか。特別だからですか」

「えっ!? いやいやいや、ミネルヴァさんもレーゲンも名前で呼んでんじゃん。むしろ特別なのはユンユンだって」

 予想外の言葉に有那が弁明するも、ユンカースは険しい表情を崩さない。有那はつい苦笑してしまった。

「あはっ。もしかして結構気にしてたの? だってユンユンとローレルさんじゃ歳も違う――」

「――あの人は。……ローレルさんは、頼りになりますよね。あなたの言うように僕より10歳も上ですし、男らしいし、気配りもできるし……!」

「う、うん。そだね」

 声を荒げたユンカースにされ、有那は思わずうなずいた。息を詰めたユンカースが目を逸らす。

「だったら……! だったら、あなたも彼のところに行けばいいんじゃないですか。馬もすぐ借りられるし、生活も困らないでしょう?」

「はぁ? なんでそんな話になるの!?」

 話がいきなり脱線して、有那もまたカッとなった。難癖もいいところだ。これからもここで生活していくための話を今してるのに。
 有那は立ち上がるとユンカースに強く言い放つ。

「あのねえ。ローレルさんはあたしを手助けしてくれてるだけ! なにグチグチ言ってんの!? ここから離れようなんて思ってもいないよ!」

「ローレルさんは、あなたの過去――カイトの父親のことなど気にならないと言いました。でも僕は、気になる……!」

「えっ……」

 同じく立ち上がったユンカースが、有那の手首を掴んだ。それは強い力ではなかったが、有那はびくりと身をすくめた。

「は……離して」

「すみません。……カイトの父親は、どんな人だったんですか。教えてください」

「い――、言いたくないよ……」

 離された手を胸に抱き、有那は首を振った。ユンカースの追及はやまず、冷たい金の瞳が有那の足を凍らせる。

「それは、遊びでできた子だからですか? 父親が分からないからですか? 結婚もせず、いい加減に生きてきたから――」

「…っ!!」

「ユンカース!」

 ミネルヴァの一喝と、ユンカースの頬に強烈な平手が飛んできたのがほぼ同時。
 平手でユンカースを打ち据えた有那は震えながら口を開いた。

「……っ、ひどいよ……。頭で思うのは勝手だけど、決めつけで言うことないじゃん……」

「……っ。アリナさん――」

「……あーあ。先に手を出した方が悪いんだって、カイトにいつも言ってるのになあ……。……っ……。いい加減な母親だからかなぁ……っ」

「アリ――」

 ポロポロと、頬を涙が伝った。ユンカースの目が見開かれる。それが何滴か床に落ちると、有那は目をぐいと拭って後ろを向いた。

「寝る。おやすみ!」

「あっ……」


 バタバタと店から飛び出した有那を、ユンカースの手が虚しく追った。
 そのまま茫然と出口を眺めていると、つかつかと足音が近付いてくる。そして急に、脳天から衝撃が降ってきた。

「!! 冷たっ……!?」

 頭から冷水をぶっかけられた。髪と顔からぽたぽたと冷たい雫が伝い、思考が急速にクリアになる。眼鏡を外すと、腕を組んだミネルヴァが渋い顔で自分を見上げていた。

「飲みすぎだよ。目が醒めたかい」

「はい……」

「言っていいことと悪いことがある。……過去がどうだったかは知らないけどね。女手一つで子供を育てるのに苦労がないわけないだろう。……あの子は今もいい加減か? お前さんの小さな嫉妬で傷付けていい相手か? どうなんだい、ユンカース!」

 ピシャリと怒鳴られ、ユンカースは口を手で覆った。みるみる血の気が引いていく。

「僕は……。なんてことを――」

「自分がやらかしたことに気付いたか。――ほら、さっさと行ってきな。こういうのは時間を置くと余計にこじれるんだ」

 有那が残していったポスターを押し付け、ミネルヴァがユンカースを追い払う。ユンカースは小さく頭を下げると食堂を後にした。


「……さて、やっと片付けられる。まったく手のかかる子たちだよ」


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