20 / 49
19.挑発
しおりを挟む有那が世話になっている手前無下にすることもできず、ユンカースはしぶしぶローレルと同席することになった。ローレルは自ら皿やグラスをテーブルに移動させ、海渡とユンカースが座る場所を作ってくれる。
「女将さん、適当に持ってきてくれ」
「はいよ。……ユンカース、飲み物は自分で持っていきな」
「……はい」
水を持って席に着くと、ローレルが片眉を上げる。
「なんだ水かよ。兄ちゃん下戸か?」
「いえ、そういうわけでは――」
「じゃあ問題ないな。財布の心配しなくたって俺のおごりだ。ボウズ、もう一個グラス持ってきてくれ」
「うん」
別に懐が心配で水にしたわけではないのだが――海渡が持ってきてくれたグラスに、ローレルはドバドバと酒を注ぐ。
「ほい乾杯。兄ちゃんもこのアパートに住んでたんだな。こないだ来たときはただの付き添いかと思ったぜ」
「それは間違っていませんが――。っ……」
ローレルに促されてグラスに口をつけたユンカースは、思わずむせそうになった。
……かなり濃い。美味い酒ではあるが、これをパカパカ飲むなんてこの男、どんな肝臓をしているのか。
「あ、無理すんなよ。違うやつでもいいからな」
「いえ、大丈夫です……」
なんとなく途中で諦めるのが悔しくて、ユンカースは2杯目をあおった。鼻を突き抜けるアルコールの芳香に思考が一瞬揺れる。
「そのヒラヒラした制服、城の文官だろ? 兄ちゃん高給取りなのに結構庶民的な家に住んでんだな」
「別にそれほど高給では――。ここ、交通も便利ですし食事も出るから気に入ってるんです」
「そっか。たしかにメシは美味いな」
にっと太く笑ったローレルが機嫌良く次の酒を頼む。ユンカースは横目でその快活な男を観察した。
外で仕事をする者特有の浅黒い肌に、たくましい体つき。背が高いのはユンカースも一緒だが、体の幅がまるで違う。加えて、少し垂れた目に浮かぶ人懐っこい笑みが、男女問わず多くの人間を惹きつけるタイプだと思った。アステール王ほどの強烈さはないが、魅力と自信にあふれた人間だ。
(すごいな……。僕とは正反対だ)
「お馬のおじさん、ご飯来たよ」
「おじさんかよ。まあたしかにボウズから見りゃおじさんには違いねえな。ははっ!」
海渡の言葉も、気にした風もなく笑って受け流す。そんなローレルにユンカースはふと問いかけた。
「ローレルさんは……おいくつなんですか?」
「33だ。そういう兄ちゃんは?」
「23です」
「わっけえな! その歳で城勤めとは、さては相当デキがいいな?」
「そんなことはないですが――」
(33――僕と10歳も違う……)
職場では年上の部下もいるし、有那に対しても歳なんて関係ないと言い放ったユンカースだが、今はなぜかローレルとの年齢差が気になった。
うつむいたユンカースのグラスにローレルが酒を注ぎ足す。
「城勤めってのは、『恵みの者』の面倒も見なきゃいけないのか?」
「いえ、それは自分から言い出したことで――。アリナさん、困ってる様子でしたし」
「へー。格好いいな、兄ちゃん」
褒められても、逆に居心地が悪い。きっと自分でなくても、彼女の助けになる人はいただろうから。それこそアステール王とか、目の前の彼とか――
「アリナさんは……あとどのぐらいで、卒業できそうですか?」
「ん? あー……あと一回で済むんじゃないか?」
――やった。ユンカースはそう思った。有那が彼のもとに通うのはあと一回。
その思考の歪さに自身が気付くよりも早く、続いた言葉にユンカースは肩を落とした。
「ま、馬の貸し出しもうちですることになったから、毎日通うことには変わりないけどな」
「……っ。そう……ですか」
「お待たせー。なになに、あたしの話ー?」
ひょこっと有那が顔を出し、ユンカースは肩を波立たせた。料理を運んできた有那は不思議そうな顔でユンカースを見る。
「あんたの指導がもうすぐ終わるって話をしてたんだよ。……ああ、あとで食品入れる予定の容器見せてみろよ。積み方のコツ教えるから」
「りょー。はいこれ、なんとかって芋の煮っころがし」
「セーヴォ芋だろ。……ん、甘じょっぱくて美味いな」
「お、好感触! 体使う仕事の人には味付け濃いめの方がやっぱウケるよね~」
有那がウインクしながら親指を立てる。親しげな二人のやり取りに、ユンカースは黙って酒を流し込んだ。ハイペースなそのさまを有那が咎める。
「ユンユン大丈夫ー? ちょっとペース早くない?」
「大丈夫です。アリナさん、忙しいでしょう? 気にせず戻ってください」
「うん……。カイト、ご飯終わったならちょっと手伝ってー」
「うん」
有那が海渡を連れて去っていくのをユンカースはローレルと見送った。ユンカースだけに聞こえる声でローレルがぼそっとつぶやく。
「……いい女だよなあ」
「っ!?」
「明るいし、気の強そうなあの派手な顔もいいし、何よりあの細ぇ腰と脚がいいな。もっと色っぽい感じの酒場にいたらモテるぞ、ありゃあ」
信じがたい発言をした男をユンカースは凝視し、ついで眉をひそめた。
「……結局見た目ですか?」
「いーや? 見た目だけ良くても合わない女はいくらでもいるからな。あいつは見てくれほど軽くないし、意外と飲み込みも頭の回転も早い。面白い奴だよ」
「…………」
――あいつ、だなんて。付き合いで言えば自分の方が多少なりとも長いのに、親しげなその呼び方に胸がチリッとした。
それに、有那の頭が悪くないことは自分も知っている。飲み込みが早いことも。
「でも……子持ちですよ」
「だから? 前の男に未練があるようにも見えんし、あったとしても違う空の下だろ。まだ小せえんだし、子供がいて何か問題あるか? 利口そうで可愛いじゃねーか」
「……っ」
しれっと返されて、ユンカースは言葉を失った。
……勝てない。年齢も経験も上回る相手に、自分の方が有那を知っていると言い返すことができない。
今まで何度も言われてきた。言葉と表情が足りない自分。それが今、ユンカースの劣等感を刺激する。
「あんたはボウズの父親のこと、何か聞いてんのか?」
「いえ……知りません」
「そっか。ま、気にすることでもないけどな」
ローレルは大きな口で料理を次々に平らげると、ゆっくりと酒を飲み始めた。ユンカースは立ち上がると軽く頭を下げる。
「すみません。僕、持ち帰った仕事があるのでこれで失礼します。お代はミネルヴァさんに言っておきますから」
「いいよ、おごりだって。気にすんな。城勤めってのは大変なんだな。また飲もうな、兄ちゃん」
手を振ったローレルに見送られ、ユンカースは食堂をあとにした。部屋へと続く階段を上ると次第に足音が荒くなる。
あの馬場で、そして今夜、ローレルと有那の二人が並んでいて思ったこと。
よく笑い、よくしゃべり、知らず人を惹きつける。――似ている二人だと思った。
(だったらなんだって言うんだ。くそっ……!)
そんなことで自分が不快になる理由なんてないはずだ。ないはずなのに――
「くそ……」
つぶやいた声は、酒にかすれてひどく弱々しく。世界で一番、みっともない男だと思った。
一方、ユンカースが去った食堂ではローレルが長時間まったりと酒を楽しんでいた。ドスドスという足音と共に、テーブルの上につまみの皿が置かれる。
「まったく……。お前さん、あまりウチの子をからかうんじゃないよ」
「女将。いやー、あんまり分かりやすいから面白くって。城勤めってのは初心なのかねえ。王様はあんなに女好きなのに」
腕組みをして諌めに来たミネルヴァに、ローレルが笑いながら返す。ローレルの指摘にミネルヴァは白髪頭を搔いた。
「あれは特殊だ。基準にするな。……慣れてないんだよ。知らないと言ったほうがいいかもしれないけどね」
「へーえ。純情だな」
ふっと笑ったローレルにミネルヴァが顔をしかめる。テーブルをトントンと叩くとしっしと手を払った。
「そろそろ店じまいだ。それ食ったらとっとと帰んな。面倒事はごめんだよ」
「りょーかい。ここ、気に入ったからまた来るよ」
淑女に贈るような取っておきの笑みを老女に向けると、ミネルヴァは鼻で笑った。
「アタシに色目使うなんざ50年早いよ。ケツ洗って出直してきな」
16
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
偏屈な辺境伯爵のメイドに転生しましたが、前世が秋葉原ナンバーワンメイドなので問題ありません
八星 こはく
恋愛
【愛されスキルで溺愛されてみせる!伯爵×ぽんこつメイドの身分差ラブ!】
「私の可愛さで、絶対ご主人様に溺愛させてみせるんだから!」
メイドカフェ激戦区・秋葉原で人気ナンバー1を誇っていた天才メイド・長谷川 咲
しかし、ある日目が覚めると、異世界で別人になっていた!
しかも、貧乏な平民の少女・アリスに生まれ変わった咲は、『使用人も怯えて逃げ出す』と噂の伯爵・ランスロットへの奉公が決まっていたのだ。
使用人としてのスキルなんて咲にはない。
でも、メイドカフェで鍛え上げた『愛され力』ならある。
そう決意し、ランスロットへ仕え始めるのだった。
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

皆で異世界転移したら、私だけがハブかれてイケメンに囲まれた
愛丸 リナ
恋愛
少女は綺麗過ぎた。
整った顔、透き通るような金髪ロングと薄茶と灰色のオッドアイ……彼女はハーフだった。
最初は「可愛い」「綺麗」って言われてたよ?
でも、それは大きくなるにつれ、言われなくなってきて……いじめの対象になっちゃった。
クラス一斉に異世界へ転移した時、彼女だけは「醜女(しこめ)だから」と国外追放を言い渡されて……
たった一人で途方に暮れていた時、“彼ら”は現れた
それが後々あんな事になるなんて、その時の彼女は何も知らない
______________________________
ATTENTION
自己満小説満載
一話ずつ、出来上がり次第投稿
急亀更新急チーター更新だったり、不定期更新だったりする
文章が変な時があります
恋愛に発展するのはいつになるのかは、まだ未定
以上の事が大丈夫な方のみ、ゆっくりしていってください
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる