異世界シンママ ~未婚のギャル母に堅物眼鏡は翻弄される~【完結】

多摩ゆら

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3.事情聴取

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「…! かーちゃん。かーちゃん、これおいしい……!」

「どれどれ味見ー。……って、うまっ!? ちょ、マジでうまい……!」

「……あの」

 ミネルヴァが去り、待ちきれない様子で海渡が焼き菓子に手を出した。興奮しながら肩を叩かれて、味見した有那が手作りケーキのおいしさに感激していると横から控えめに声がかけられる。有那はケーキを指差すとユンカースにキラキラした目を向けた。

「ねえこれすごくない……!? え、ユンユン知ってる? ミネルヴァさんのケーキマジで美味しいんだけど……!」

「知ってますよ……。料理なら毎日食べてますから」

「え、料理も上手いの!? やばっ、がぜん楽しみなんだけど!」

「あの、本題に入りたいんですが。待ってる間に話をさせてもらっていいですか」

「はーい」


 部屋の準備が整うまでの間、有那はユンカースから星読みの館で聞ききれなかったこの世界についての情報を教えてもらえることになった。
 焼き菓子に夢中でかぶりつく海渡を横に、有那は珍しく頭をフル回転させてユンカースの話に聞き入る。

 ここはソムニウムという世界で、自分が今いるのはオケアノスという国だそうだ。各国に一つ「星読みの館」があって、大神官が国に何人かいるらしい。
 つい数年前にも彼らの言うところのチキューから飛ばされてきた「恵みの者」の女性がオケアノスに現れたが、ユンカースは会ったことがないとのことだった。なんでも今は侯爵夫人となり、幸せに暮らしているらしい。

「え、その人に会うことってできない? ユンユン、お城勤めならその侯爵…様?には会ったことあるんでしょ?」

「それはありますが……つい先日から、一家総出で地方の領地の視察に行ってしまわれて。お戻りは半年後と聞いています」

「マジかー。ネットも電話もないもんねえ……情報取るのは無理かー」

 何か話でも聞けたらと思ったが、どうやら無理なようだ。有那のいた世界よりだいぶ文明が遅れているらしいここでは、情報を得るのも一苦労どころではなさそうだ。

(しかも文字も分からんしな。いや話し言葉が分かるだけ相当マシだけど……。魔法とかなさげだし、意外と不便そう。サバイバルじゃん)

 どうにも帰る道はないようだし、これはいよいよ頑張ってこの世界で生きるしかなさそうだ。甘味を食べ終わり、うつらうつらと舟を漕ぎ始めた海渡の頭を膝に倒させると、有那はその短い髪を撫でる。
 馬車がゆく通りを窓から眺めて息を吐く有那に、ユンカースが静かな目を向けた。彼は筆記具を取り出すとペン先をインクにつける。

「それじゃあ次は、あなたのことを聞かせてもらいます。年齢や仕事は? 何か特別にできることなどはありますか?」

「え。急にグイグイ来るじゃん。なになに、あたしのこと知りたい感じ?」

「そうですね、職務ですから。城に報告を上げるように言われてるので」

「って事情聴取かーい。なんか尋問みたい」

 ツッコミを入れてみるが、ものすごい速度でペンを走らせるユンカースの表情は変わらない。有那はポリポリと頭をかくと眠ってしまった海渡に注意して、美味しいお茶をズズ……と流し込む。

「お歳は25でーす。カイトは5歳」

「25? ……思ったよりいってるんですね。そんな感じなのに」

「いや失礼やないかーい。『そんな』ってどんなよ。そういうユンユンはいくつなの?」

「23です」

「わっか! ちょい上かと思った!」

 まさかの年下君だった。23歳といえば元の世界ではピヨピヨの社会人1年目が多いが、こっちではどうなのだろうか。
 有那がじっと見つめると、ユンカースは眼鏡の奥の金の目をうっすらと細める。

「馬鹿にしてます? 別に歳なんてどうでもいいと思いますけど」

「いやしてないしてない。ユンユン、何歳から働いてるの? 新人じゃないよね」

「王立大学を飛び級で卒業したので、17からですね」

「神童じゃん。え、もしかしてめっちゃ頭いい人?」

「僕のことはいいですから。……それで、あなたはカイトと転移してしまったわけですけど、旦那さんはどうしたんですか? 一緒じゃなかったんですか?」

 淡々としたユンカースの問いかけに、有那はぴくっと固まった。膝の上の海渡の髪を撫でると、へらりと笑う。

「旦那はいないよー。あたし、そもそも結婚してないから」

「え……。ずっと未婚ってことですか?」

「そ。未婚の母ってやつ。だから家族はカイトと2人だけなんだ」

「…………」

 ここに至るまでには色々事情があったわけだが、そこまで話す必要はないだろう。有那の言葉にユンカースは眉をひそめ、紙にさらさらと何かを書きつけた。

(未婚の母だなんてふしだら、とか思われてんだろうなー。……今さらだけど)

「そういうユンユンは結婚してんの?」

「……この状況でしてるように見えますか?」

「あはっ、見えんなー。じゃあ結婚願望はある?」

「ないです。……なぜ僕がこんなこと答えなきゃいけないんですか」

「相互理解だって。奇遇じゃーん。あたしもないんだー」

「…………」

 軽い気持ちで聞いたのに、ユンカースは苦虫を噛み潰したような顔でため息をついた。苛立たしげにペン先をインクに浸す。

「話を戻します。……ではあなたは、働いて一人でカイトを育てていたんですか」

「うん。あたし、荷物の配達をしてたんだ。免許取ってー、中古だけど車買ってー、1日中運転しっぱなし」

「……すみません。よく分からないのでもう少し詳しく」

 ユンカースが顔を上げてさらなる説明を求める。有那は元の世界での仕事――フリーランスの宅配業務について、こちらの世界の人にも分かるように噛み砕いて話した。
 ユンカースは興味深そうにペンを走らせると顔を上げる。

「今日頼んだ荷物が明日にも届く……。夢のようですね。さぞや収入も良かったのでは?」

「それなー。あたしもそれを期待してたんだけど、ガソリン……なんだ、燃料?車の栄養?が高騰しちゃって、毎月カツカツだったよ。前はもーちょっと良かったんだけどね」

「そうですか……。大変なんですね」

「風邪でも引くと収入途絶えるしね。やっぱフリーランスは緊急時が心もとないよねー。ちょっと寝込んだときなんて生活がヤバくてヤバくてヤバかった」

「……とりあえず、あなたの語彙力がやばいのは理解しました」

 ユンカースが呆れたようにペンを置く。有那はかたわらの一緒に飛ばされてきたリュックを探ると、巾着袋をテーブルに置いた。

「そーいえばさ。当面の生活資金っつってこれ貰っちゃったけど、実際どのぐらいの額なの? ちょっと見てくんない?」

「軽々しく人に見せるものじゃないですよ……。そうですね、ざっと3か月分というところでしょうか。家賃を払っても3分の2は残ると思います」

「マジ? 助かるわー。でも早く仕事探さなきゃなー。……あ」

「準備できたよ。ユンカース、案内してやりな」

 上階の部屋の支度に行っていたミネルヴァが戻ってきた。ちょうど海渡も目を覚まし、ユンカースが立ち上がる。

「行きましょう」



 ミネルヴァが管理するアパートは3階建てで、各階に部屋が2つずつある。2階にミネルヴァともう一人の住人が住んでいて、3階がユンカースの部屋だそうだ。その隣の空室が有那たちの部屋になる。
 建物はコの字型をしていて、小さな中庭があった。小規模なアパートだが、そのアットホームさが有那にはむしろホッとした。

「もう一人の住民の人は?」

「しばらく泊まりがけみたいです。まあそのうち会うと思うんで、挨拶しておいてください」

「りょー。……あれ、うちの隣がユンユンって、うるさくないかな? 壁薄いとかない?」

「あなたが叫んだりしなければ大丈夫じゃないですか。前の隣人の方の物音も聞こえませんでしたし。僕の寝室はあなたの家とは隣り合ってないので、お気になさらず」

 話しながら階段を上り、3階に着いた。部屋の中に入るとユンカースが設備について説明する。

「やだ、めっちゃイイ感じじゃん。元いた家より広いし素敵なんだけど?」

「え。二人暮らしなのにここより狭かったんですか? 信じられないですね」

「言い方ー。そんなもんだよ、あたしの国は」

 部屋は整えられていて、刺繍の入ったクッションや掛け布団が置いてあった。
 前の住人も女性だったのだろうか。元の世界では買いたくてもなかなか揃えられなかった、民族調なインテリアに有那は心が躍る。

「夕食は頼んでおきましたから、適当に住人用の食堂に降りてきてください。城の者に確認が取れたらまた今後どうするかの詳細を伝えます」

「オッケー。ありがと、助かっ…た……?」

 玄関でユンカースを見送ろうとして、有那は壁に掛けられた鏡に気が付いた。タイルが散りばめられた、おしゃれなデザインのそれに映った自分は――

「……マ!? ドすっぴんじゃん!」

「?」

 ファンデやリップはもちろんのこと、いつもはがっつり入れているアイラインもシャドーもすべてどこかに飛んでいってた。さらには眉も消えて麻呂みたいになっている。

「そっか水に入ったから……! うそー、あたしこんな顔さらしてたの!?」

「最初からその顔でしたけど……。何かまずいんですか?」

「まずいよ! あたし、本当はもっと頑張れる子だから! こんなブサ顔じゃないからー!」

「別にブサイクではないと思いますが……」

 薄い眉を押さえて弁明するも、ユンカースはすんと答えるばかりで動じない。頬を赤らめた有那に対し、ユンカースはわけが分からないという顔でため息をついた。

「変な人ですね。……それじゃ」

「あっ……。まって!」

 ユンカースが扉を閉めようとすると、それまで有那の背後で大人しくしていた海渡が声を上げた。有那の前に出ると、ユンカースの服を掴んで首をめいっぱい上げる。

「あ……ありがとう。かーちゃんを助けてくれて。……ユンユン」

「…………」

 ユンカースが少し目を見開く。子供にまであだ名で呼ばれたらさすがに怒るかも……そんな有那の心配は、杞憂に終わった。

「……別に、助けたつもりはないです。子供がそんなことで礼を言わなくていいです」

 無表情で海渡の頭を撫でると、ユンカースがさっさと出ていく。残された有那と海渡は顔を見合わせると、へらっと笑い合った。


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