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分かっていた…分かっていたわ。
初めからこの婚約が上手いくなんて思っていなかった。
パーティー会場から逃げるように乗り込んだ馬車のなかで私は思いを馳せる。
この国の名前は『フォンテーヌ王国』という。
別名『水の王国』とも呼ばれている。
山間にある源泉から美しく澄み切った水が絶えず溢れ出ており、王国の数多に広がる水路に流れている。源泉の水は人々の生活用水や飲み水ともなっている。
今から約三百年前に建国したのだが、建国後間もなくして、源泉が汚染してしまう事態に陥った。原因が分からない為に対処が取れず、水は汚染され人々の生活は立ち行かなくなってしまった。
だが額に角を生やした異形の旅人が、源泉に身を浸し水の浄化を祈るとみるみるうちに水が浄化され人々は旅人に感謝し涙を流したのだ。
王家が異形の旅人に褒美を贈りたいと伝え、異形の旅人は願った『この美しき水の王国を安住の地にしたい。願いを聞き入れて貰えるならこの国の為に祈りを捧げる』と。
王家は願いを受け入れ異形の旅人を『聖女』として崇めるようになった。
そして初代聖女は王国の教会に移り住み、教会の人間との間に子を成した。その子供は額に角を生やし聖女の力を受け継ぎ、国のために源泉に身を浸し、祈りを捧げ続ける。そして次代の聖女となる子を成した。そうして何代もの聖女が国の為に祈りを捧げた。
………しかし年月が経てば人々の思いも変わる。
聖女の誕生からこれまで、この国は平和に過ごしていた。そして年々聖女への信仰は薄れていき、聖女の象徴でもある額から生える角は侮蔑の対象になっていく。
……私はこれからどうすればいいの。
お父様に申し訳ない思いと自分の不甲斐なさに涙が零れだす。
馬車が教会に着くと馬車の音に気づいたお父様が何事かと慌てるように迎えてくれた。
「クローディア! その姿は……何があったのだ!?」
あぁそうだった…。
私は思わず自分のドレスを見ると投げつけられたワインや料理で見るも無残な姿になっていた。
「お父様……ごめんなさい。私が至らないばっかりに…」
どうしても……やっぱり駄目だったの……。
悲しく悔しい想いがあふれだして涙が止まらない。
「あぁクローディア大丈夫だ。落ち着きなさい。まずは湯浴みをしよう。コノア、クローディアを頼む」
「承知致しました、ダニエル教会長様。聖女様、どうぞこちらに」
修道女のコノアに連れられて、私は湯浴みをしながら気持ちを落ち着かせていく。
泣いてばかりではいられない。
お父様に全てお話ししなければ……これからの事も考えなくてはいけない。
身なりを整えお父様がいる応接室のドアを叩くと、お父様が心配そうに様子を伺いながらソファに座るように誘導してくれた。
「クローディア、落ち着いたか? 何があったのか話せるか?」
「……マクシミリアン殿下に婚約を破棄されました。……そして、この国から追放すると……」
「なんだと!? 追放? 殿下は本気で仰られたのか?」
「はい。お父様……申し訳ありません」
「そんな…殿下は分かっていないのか?」
「………」
私は何度も殿下に伝えていた。
『聖女の務め』を。
だが一度もまともに取り合ってくれなかった。
『聖女の務め』それは源泉で水の浄化を祈ること。
聖女が定期的に源泉で祈りを捧げなければの国の水は濁り、澱み、汚染されていく。
水が汚染されれば人々の生活は立ち行かなくなる。その事は初代聖女の頃より皆に伝えてきている。
しかし常に水が清潔を保たれていると、次第にそれは当たり前になっていき、人々は『聖女の力で保たれている』ことを忘れていってしまう。
「いや……そうか追放……王家が追放を望むならそれでいいのかもしれないな」
どうしたの?なんでそんな……。お父様はまるで憑物が落ちたように安堵の表情を浮かべた。
「…お父様? ですが、私がこの国から離れれば…」
「あぁ、だがもう解放されてもいいのかもしれない。クローディア、この婚約のせいでお前には辛い思いをさせた。許してくれ」
私は頭を下げるお父様にそっと寄り添う。
「お父様は何度も聖女の処遇の改善を訴えてくれていたのでしょう。この婚約だって、聖女に王家の血を取り込み正しく務めを理解してもらえれば、聖女の処遇も良くなると思って王家に懇請したのだと聞いています」
「だが、そのせいでお前にさらなる試練を課すことになってしまった」
「それは……」
異形の姿をしている聖女は人々から迫害を受けるようになり、私は殿下と婚約してから更に過酷な日々が続いた。
殿下の扱いは酷いものだった。婚約が決まったとき、私を化け物と罵り髪を掴み地面に引きずり倒した。顔を合わせれば暴言、暴力を受ける。それでも私は耐えた。
「確かに何度も逃げ出したいと思いました。でも……」
何度も逃げ出したいと思った。
しかし聖女の務めを放棄したら、この国の人々に犠牲が出ると思うと怖くて出来なかった。それに次世代の聖女の処遇が少しでも改善できればと必死にこの婚約に縋っていた。
「全て無駄になってしまったのね……」
そう、私の努力は全て無駄に終わったのだ。
初めからこの婚約が上手いくなんて思っていなかった。
パーティー会場から逃げるように乗り込んだ馬車のなかで私は思いを馳せる。
この国の名前は『フォンテーヌ王国』という。
別名『水の王国』とも呼ばれている。
山間にある源泉から美しく澄み切った水が絶えず溢れ出ており、王国の数多に広がる水路に流れている。源泉の水は人々の生活用水や飲み水ともなっている。
今から約三百年前に建国したのだが、建国後間もなくして、源泉が汚染してしまう事態に陥った。原因が分からない為に対処が取れず、水は汚染され人々の生活は立ち行かなくなってしまった。
だが額に角を生やした異形の旅人が、源泉に身を浸し水の浄化を祈るとみるみるうちに水が浄化され人々は旅人に感謝し涙を流したのだ。
王家が異形の旅人に褒美を贈りたいと伝え、異形の旅人は願った『この美しき水の王国を安住の地にしたい。願いを聞き入れて貰えるならこの国の為に祈りを捧げる』と。
王家は願いを受け入れ異形の旅人を『聖女』として崇めるようになった。
そして初代聖女は王国の教会に移り住み、教会の人間との間に子を成した。その子供は額に角を生やし聖女の力を受け継ぎ、国のために源泉に身を浸し、祈りを捧げ続ける。そして次代の聖女となる子を成した。そうして何代もの聖女が国の為に祈りを捧げた。
………しかし年月が経てば人々の思いも変わる。
聖女の誕生からこれまで、この国は平和に過ごしていた。そして年々聖女への信仰は薄れていき、聖女の象徴でもある額から生える角は侮蔑の対象になっていく。
……私はこれからどうすればいいの。
お父様に申し訳ない思いと自分の不甲斐なさに涙が零れだす。
馬車が教会に着くと馬車の音に気づいたお父様が何事かと慌てるように迎えてくれた。
「クローディア! その姿は……何があったのだ!?」
あぁそうだった…。
私は思わず自分のドレスを見ると投げつけられたワインや料理で見るも無残な姿になっていた。
「お父様……ごめんなさい。私が至らないばっかりに…」
どうしても……やっぱり駄目だったの……。
悲しく悔しい想いがあふれだして涙が止まらない。
「あぁクローディア大丈夫だ。落ち着きなさい。まずは湯浴みをしよう。コノア、クローディアを頼む」
「承知致しました、ダニエル教会長様。聖女様、どうぞこちらに」
修道女のコノアに連れられて、私は湯浴みをしながら気持ちを落ち着かせていく。
泣いてばかりではいられない。
お父様に全てお話ししなければ……これからの事も考えなくてはいけない。
身なりを整えお父様がいる応接室のドアを叩くと、お父様が心配そうに様子を伺いながらソファに座るように誘導してくれた。
「クローディア、落ち着いたか? 何があったのか話せるか?」
「……マクシミリアン殿下に婚約を破棄されました。……そして、この国から追放すると……」
「なんだと!? 追放? 殿下は本気で仰られたのか?」
「はい。お父様……申し訳ありません」
「そんな…殿下は分かっていないのか?」
「………」
私は何度も殿下に伝えていた。
『聖女の務め』を。
だが一度もまともに取り合ってくれなかった。
『聖女の務め』それは源泉で水の浄化を祈ること。
聖女が定期的に源泉で祈りを捧げなければの国の水は濁り、澱み、汚染されていく。
水が汚染されれば人々の生活は立ち行かなくなる。その事は初代聖女の頃より皆に伝えてきている。
しかし常に水が清潔を保たれていると、次第にそれは当たり前になっていき、人々は『聖女の力で保たれている』ことを忘れていってしまう。
「いや……そうか追放……王家が追放を望むならそれでいいのかもしれないな」
どうしたの?なんでそんな……。お父様はまるで憑物が落ちたように安堵の表情を浮かべた。
「…お父様? ですが、私がこの国から離れれば…」
「あぁ、だがもう解放されてもいいのかもしれない。クローディア、この婚約のせいでお前には辛い思いをさせた。許してくれ」
私は頭を下げるお父様にそっと寄り添う。
「お父様は何度も聖女の処遇の改善を訴えてくれていたのでしょう。この婚約だって、聖女に王家の血を取り込み正しく務めを理解してもらえれば、聖女の処遇も良くなると思って王家に懇請したのだと聞いています」
「だが、そのせいでお前にさらなる試練を課すことになってしまった」
「それは……」
異形の姿をしている聖女は人々から迫害を受けるようになり、私は殿下と婚約してから更に過酷な日々が続いた。
殿下の扱いは酷いものだった。婚約が決まったとき、私を化け物と罵り髪を掴み地面に引きずり倒した。顔を合わせれば暴言、暴力を受ける。それでも私は耐えた。
「確かに何度も逃げ出したいと思いました。でも……」
何度も逃げ出したいと思った。
しかし聖女の務めを放棄したら、この国の人々に犠牲が出ると思うと怖くて出来なかった。それに次世代の聖女の処遇が少しでも改善できればと必死にこの婚約に縋っていた。
「全て無駄になってしまったのね……」
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