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プロローグ
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けせらせら
警報鳴ってもあわてない
食堂『桜屋』
じいちゃん、ばあちゃん今日もぜんざい
詠み人 佐倉 小町
…いや、ちょっと待って。さすがに『ぜんざい』ってのは、いくら私がお爺ちゃん、お婆ちゃんっ子だとしてもずいぶん古臭いとおもう。それになんだが長さもおかしいような気がする。これじゃあ五・七・五・七・五・五・七じゃない。
…これは困った。
私は、カウンターの端で頬杖を付いてそう思った。だって、これじゃあ短歌にならないんだもん。…ん? あれれ? 五・七・五と、五・七・五・七・七、短い方が短歌だったっけ?
日曜日のお昼時、大衆食堂桜屋のロゴが入った真っ赤なエプロンをつけた私が上の空で待つのは厨房の中で爺ちゃんが作っている出前用の鯖の味噌煮定食。
いつもと一緒。
いつもと同じ。
賑わう店内。テレビはお昼のワイドショー。ビール会社の名前が入った水のコップと色あせた丸椅子。『店内どこでも携帯準電できます』の張り紙。慌ただしいはずなのに、まるでここだけ時間が止まってるみたいにのんびりしてて、思わず一句読んでしまうんです。そう、ここは昔からやってるお爺ちゃんとお婆ちゃんのお店。こんな山奥の食堂なのに、なぜか名物料理は鯖の味噌煮。そして私はバイトの看板娘(仮)。
…やっぱ今のナシ。自分で言ってて落ち込んだ。
「あら、小町ちゃん? 今のニュース速報、災害対策シフトの一級よね?」
突然、お婆ちゃんがそう言うもんだから、私は慌てて瓶ビールが沢山入っているショーケースの上のテレビを見ると、確かに白いテロップが流れてる。そうか、さっき耳にした警報は、速報が出る時の『ピロンピロン』の音だったのか。と、なると、明日は月曜日でキリがいいから、予備疎開で知多の人達がやってくるのかな。そうなると、ケント君と会えるから、さっちゃんはきっと喜ぶに違いない。
「お爺ちゃん、お婆ちゃん、明日から山本の空き家地区が疎開で解放になるよ。仕入れの発注増やしておいた方がいいんじゃない?」
「あら、それは大変ね…。小町ちゃん、明日も学校が終わったら手伝って貰えるかしら?」
「ん? あ、いいよ! てーか、この勢いで学校もお休みになればいいのにね!」
「こら小町! 不謹慎な事を言うんじゃない!」
自分で言ったその直後、悪い予感がしたと思ったら案の定爺ちゃんに怒られた。私は『小言が始まる前に早く出前にいってらっしゃい。一課の柳川さんね』と言う婆ちゃんの手からオカモチを受け取ると、賑わうお客さんを掻き分けてお店の中を駆け足で進む。
「よ、看板娘! 今日も元気に配達かい!?」
「うん、ハイディさん。イケメンの柳川さんの! 日曜日にお仕事って大変だねぇ、研究所の人達は…って、あれれ?」
「い、いいんだよ…俺達は場末の四課なんだから…。そ、それに日曜日くらいは出前じゃなくて、で、出来立てが食べたいじゃないか…」
「えー? うちの鯖味噌は、ちょっと時間が経ったくらいが味が馴染んで美味しいんだよ」
お昼からビールを飲んで上機嫌なハイディさんと、もじゃもじゃ頭でばっちくて、いつもテーブルを食べかすだらけにするお兄さん。日曜日どころか、ほぼ毎日来ている四課の常連さん達に向かって小さく舌を出すと、私はそのまま引き戸を開けた。
フワリと秋の風が吹いて来て前髪を揺らした。見上げた空は見事なくらいの秋晴れで、何だか少し得したような気分になった。
大きく深呼吸をする。
自転車の荷台にオカモチをセットする。
そしてサドルに跨ると、私は今日も漕ぎ出します。
刈取りが始まった田んぼの中を走る農道を、
私と鯖味噌定食を乗せた自転車が風になる。
辺り一面に、赤とんぼが飛んでいた。
鼻歌混じりにペダルを踏んでいると、神社の森の向こうに手を伸ばしたら触れそうな穂高連峰が見えた。ちょっと離れて乗鞍岳。かすんで見えるのは御嶽山。そして、私が目指すは高層ビルが立ち並ぶ新市街。
うん、いつもどおりの風景。
いつもどおりの善哉、善哉。
旧穂高村から新市街地に入って長い坂を上るいつもの通学路。そして坂を上り切って見慣れた校門を通り過ぎると、学校のグラウンドと金網越しに隣接するラボの広い滑走路が見えてきた。ゲートの前では白衣姿の柳川さんが手を振ってたから、私は思いっきり立ちこぎしてラストスパートをかけた。
「大変ですね、日曜日だっていうのに!?」
「ああ、明日は試験発表のデモンストレーションでね。おかげで夏休みも潰れたよ。でも、これが終わったら休暇なんだ。南の海にひとっ跳びさ!」
右手を飛行機の形にして『びゅん』と飛ばしながら微笑む爽やかな顔は、どことなく橘君に似ていると私は思った。
また秋風が吹いて私の前髪を揺らす。
振り向くと、足元に広がる私の街が見えた。
2035年秋。標高2000メートルの青空市。別名、日本軍防衛技術開発実験都市マチュピチュは、今日もいたってのんびりと平和なものです。
警報鳴ってもあわてない
食堂『桜屋』
じいちゃん、ばあちゃん今日もぜんざい
詠み人 佐倉 小町
…いや、ちょっと待って。さすがに『ぜんざい』ってのは、いくら私がお爺ちゃん、お婆ちゃんっ子だとしてもずいぶん古臭いとおもう。それになんだが長さもおかしいような気がする。これじゃあ五・七・五・七・五・五・七じゃない。
…これは困った。
私は、カウンターの端で頬杖を付いてそう思った。だって、これじゃあ短歌にならないんだもん。…ん? あれれ? 五・七・五と、五・七・五・七・七、短い方が短歌だったっけ?
日曜日のお昼時、大衆食堂桜屋のロゴが入った真っ赤なエプロンをつけた私が上の空で待つのは厨房の中で爺ちゃんが作っている出前用の鯖の味噌煮定食。
いつもと一緒。
いつもと同じ。
賑わう店内。テレビはお昼のワイドショー。ビール会社の名前が入った水のコップと色あせた丸椅子。『店内どこでも携帯準電できます』の張り紙。慌ただしいはずなのに、まるでここだけ時間が止まってるみたいにのんびりしてて、思わず一句読んでしまうんです。そう、ここは昔からやってるお爺ちゃんとお婆ちゃんのお店。こんな山奥の食堂なのに、なぜか名物料理は鯖の味噌煮。そして私はバイトの看板娘(仮)。
…やっぱ今のナシ。自分で言ってて落ち込んだ。
「あら、小町ちゃん? 今のニュース速報、災害対策シフトの一級よね?」
突然、お婆ちゃんがそう言うもんだから、私は慌てて瓶ビールが沢山入っているショーケースの上のテレビを見ると、確かに白いテロップが流れてる。そうか、さっき耳にした警報は、速報が出る時の『ピロンピロン』の音だったのか。と、なると、明日は月曜日でキリがいいから、予備疎開で知多の人達がやってくるのかな。そうなると、ケント君と会えるから、さっちゃんはきっと喜ぶに違いない。
「お爺ちゃん、お婆ちゃん、明日から山本の空き家地区が疎開で解放になるよ。仕入れの発注増やしておいた方がいいんじゃない?」
「あら、それは大変ね…。小町ちゃん、明日も学校が終わったら手伝って貰えるかしら?」
「ん? あ、いいよ! てーか、この勢いで学校もお休みになればいいのにね!」
「こら小町! 不謹慎な事を言うんじゃない!」
自分で言ったその直後、悪い予感がしたと思ったら案の定爺ちゃんに怒られた。私は『小言が始まる前に早く出前にいってらっしゃい。一課の柳川さんね』と言う婆ちゃんの手からオカモチを受け取ると、賑わうお客さんを掻き分けてお店の中を駆け足で進む。
「よ、看板娘! 今日も元気に配達かい!?」
「うん、ハイディさん。イケメンの柳川さんの! 日曜日にお仕事って大変だねぇ、研究所の人達は…って、あれれ?」
「い、いいんだよ…俺達は場末の四課なんだから…。そ、それに日曜日くらいは出前じゃなくて、で、出来立てが食べたいじゃないか…」
「えー? うちの鯖味噌は、ちょっと時間が経ったくらいが味が馴染んで美味しいんだよ」
お昼からビールを飲んで上機嫌なハイディさんと、もじゃもじゃ頭でばっちくて、いつもテーブルを食べかすだらけにするお兄さん。日曜日どころか、ほぼ毎日来ている四課の常連さん達に向かって小さく舌を出すと、私はそのまま引き戸を開けた。
フワリと秋の風が吹いて来て前髪を揺らした。見上げた空は見事なくらいの秋晴れで、何だか少し得したような気分になった。
大きく深呼吸をする。
自転車の荷台にオカモチをセットする。
そしてサドルに跨ると、私は今日も漕ぎ出します。
刈取りが始まった田んぼの中を走る農道を、
私と鯖味噌定食を乗せた自転車が風になる。
辺り一面に、赤とんぼが飛んでいた。
鼻歌混じりにペダルを踏んでいると、神社の森の向こうに手を伸ばしたら触れそうな穂高連峰が見えた。ちょっと離れて乗鞍岳。かすんで見えるのは御嶽山。そして、私が目指すは高層ビルが立ち並ぶ新市街。
うん、いつもどおりの風景。
いつもどおりの善哉、善哉。
旧穂高村から新市街地に入って長い坂を上るいつもの通学路。そして坂を上り切って見慣れた校門を通り過ぎると、学校のグラウンドと金網越しに隣接するラボの広い滑走路が見えてきた。ゲートの前では白衣姿の柳川さんが手を振ってたから、私は思いっきり立ちこぎしてラストスパートをかけた。
「大変ですね、日曜日だっていうのに!?」
「ああ、明日は試験発表のデモンストレーションでね。おかげで夏休みも潰れたよ。でも、これが終わったら休暇なんだ。南の海にひとっ跳びさ!」
右手を飛行機の形にして『びゅん』と飛ばしながら微笑む爽やかな顔は、どことなく橘君に似ていると私は思った。
また秋風が吹いて私の前髪を揺らす。
振り向くと、足元に広がる私の街が見えた。
2035年秋。標高2000メートルの青空市。別名、日本軍防衛技術開発実験都市マチュピチュは、今日もいたってのんびりと平和なものです。
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