祇王と仏午前

多谷昇太

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わたしの主人

きょうのお話

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というのもわたしは年がら年中主人の部屋の中にばかりにいて、表の世界を知らないんです。だから雄猫も知らないし、彼らのわたしへの評価もわかるわけがありません。でもわたしは無理して表など行きたくないし、雄猫を知ろうとも思いません。わたしはここに満足してますの。やさしい主人がわたしのすべてです。建設現場とかいう仕事場で働いている主人はいつも疲れて帰って来ます。身体がきついというのもあるだろうけど、監督さんに叱られるとか同僚にいじめられるとかで、それがつらいんだそうです。でもわたしが尻尾を立てて迎えるといっぺんでそれも癒されるとか。その主人の様子を見るのがこちらはわたしの生甲斐です。どんなことをすれば主人に喜んでもらえるか、どんな仕草をすればいいのか、わたしはもう心得ています。たとえばひっくり返ってお腹を見せてやって、そのお腹をくすぐろうとする主人の手をひっかいたり噛む振りをしますと主人はとっても喜ぶんです。でもそんなことはたぶん他の猫でもするでしょうけど、わたしにしかできないこともあるんです。それは窓から見た今日一日のできごとを主人に語って聞かせること。杖をついたお婆さんがヨタヨタと前を通ったこと、男の子がわたしをからかおうとして窓を叩いたこと、しょげた風の女の子が窓越しにわたしを見ていたこと、などなどを一所懸命に話してあげるんです。でも主人がそれをわかるかどうかは知りません。わたしが口でゴニョゴニョ云う仕草を、ただおもしろがっているだけかも知れない。「おまえは人間の言葉を話す馬のエドみたいだな」と云っては笑い転げますの。「もうわかった」と云って離れようとするのをわたしが癇癪を起こして爪を立てて引き止めようとすると、尚おもしろがるみたい。だってわたしは真剣に話していて、今日一日のことを、出会いを、主人にわかってもらいたいんですもの。
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