バー・アンバー 第一巻

多谷昇太

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第八章 天国と地獄のサスペンス(1)

「やあ、ミキ、偶然だね」「え?…」

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まさか同ビル4Fにある邵廼瑩(ショウ・ダイエイ)が勤める✕✕新聞の東京支局に直接乗り込む分けにも行かなかったし、だから俺は算段をめぐらして昼食時間帯を狙ったのだ。時刻は正午少し前、邵廼瑩がどこで昼食を取るか、だった。あらかじめネットで調べたら10Fには高級フレンチレストランがあり、B1階には炭焼き居酒屋があるのみだ。まずこの2店には行くまい。すれば表に昼食を取りに行くだろう。それを待ってどうにかコンタクトをしようという腹づもりだった。ビル内には自由に立ち入れるし、さて中に入って降りてくるエレベーター前で待とうか、などと考えながらビル手前の歩道上で顎に手をやりながら立ち止まっていると案の定ビル内から三々五々人が出て来た。服装は違うだろうがミキこと、邵廼瑩を見分けることには自信があった。何せ数時間とは云え〝いと近き〟お近づきをさせてもらった身だ。よもや見間違えることはないだろう…などと注視していたがそれどころか、見分けるまでもなく唯の一発で彼女を確認し得た。彼女は黒地に目にも鮮やかな花柄をあしらった、何とチャイナドレス姿で出て来たのだ。真昼間から、しかも往来に、なぜそんな姿で出て来たのか皆目見当もつかないが、しかしその姿の人目を引くことと云ったらない。好色な目で男が、好奇な目で女が彼女をジロジロと眺めて行く。彼女の横には背広姿の40年配の男が付きそっていて2人は他の人たちと違って歩道をまっすぐ横切り、車道に止めてある先ほど目に入ったセンチュリイに向かって行くようだ。このままドアが開いて2人を乗せてしまっては彼女にコンタクトなどしようもない。ここまでわざわざ来ていながら残念だが…などとあきらめかけた時ビルの出口付近から「おい、相田!」と男の名を誰かが呼んだ。男は邵廼瑩に断ってからそちらへと向かう。邵廼瑩は車から出て来て後部ドアを開けた運転手を車へと戻す。このまま車の横に立って男を待つようだ。しめた。これは今しかない。俺は何気ない風を装って邵廼瑩に近づき「おや?君は…ミキじゃない?いや、これはこれは。偶然だね。俺だよ、俺。田村だよ。覚えてるだろ?ミキ」と声をかける。しかし「え?ミキ?…田村って…誰ですか?あなた」と邵廼瑩はまったくの他人顔だ。皆目俺を見分けない。
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