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関東一文字清女
平田禿木と馬場胡蝶
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その後平田と馬場胡蝶が文学界19号を届けに来たとの来訪の旨を云い「いやあ、それにしてもちょうどいいところに出くわした。加勢できてよかったです」とするのに何度も頭をさげて一葉が礼を云う。夕餉をぜひにと勧めるのだが二人は固辞する。一葉宅の窮乏を知っているためか、あるいはその場の雰囲気をまずいと思ったためか知らないが、逆に「夕飯時分に失礼」と詫びて帰って行った。菊坂から言問い通りを伝って帝大内を抜けて行く道すがら、若い文士たちの一葉を語ること、尽きせぬ観がある。「しかし驚いたな、一葉女史には。まさか酌婦をかくまうとは…実に恐れ入る次第だ」胡蝶が云うのに「そうと見るか、君は。ぼくは彼女ならさもやありなんと見た。戯作文学の通俗な人情本なら知らず、一葉さんの書には魂が入っている。有言実行とでもするがごとく、おのれが書いたことを現しにやりかねない人だ。だからこそ、ぼくは去年に菊坂の住まいをたずねたのだ。今日は彼女のその片鱗を拝見できて胸のすく思いがした」と平田が応じる。およそ一葉心酔者の走りのような、青雲の学士の風情がある。それへ「君らしいな。しかしこの秋に死すべき蝶のはかないがごとく、彼女とてその著作通りにつらぬけるか、そう舞えるかは微妙だぞ。世を憤慨する、また‘うもれ木’のお蝶に痛く心酔する、君の気持ちはよくわかるが」などと馬場が云えば「君はぼくが年下と見て世間を知らぬとでも云うか。一葉宅が窮乏しているのはよく心得ている。だからこそ及ばずながら星野さんには、一葉さんの原稿に限って、稿料を払うよう頼み込んだんだ。いま君の云ったうもれ木のお蝶がごとく、たとえ道半ば、志半ばのままに彼女が挫折することがあろうとも、ぼくは決して彼女の本地をうたがうものではない」と平田は引かない。それを冷ますわけでもないだろうがやや間を置いて「うーむ、ぼくもそれを疑う者ではないよ。しかしぼくが彼女に引かれるのは別のことだ。ぼくより年下でありながらあの落ち着いた、あたかも老女を内に宿すがごとき応対の様はどうだ。あれはいったいどこから来ているのか、ぼくは常にそこに思いが行く。彼女と話しているとやすらぐんだ。君なんぞは彼女より年下でよかった。さもなくば妹でありながら弟のようにあつかわれる兄のごとき、恥ずかしい思いをするぜ」と最後は揶揄的に結ぶ。直情的な平田とはだいぶ赴きの違う、盆栽や将棋、弓術に俳画までこなす、何より寄席が好きな多趣味の人である。バランスの取れた、竹を割ったような性格が人から好かれるところだった。
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