エッセイのプロムナード

多谷昇太

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アンチ群衆の人

オペラ座の怪人(3)

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「お願い、仮面を取って!」 
歌姫の呼びかけがいきなり彼の脳裏にひびいた。「仮面を取る?」パニクった彼の思考ではそれが何を意味するのか皆目わからない。しかし稲妻のごとくにその言葉が胸中をつらぬく。憎しみと反発に凝り固まった彼の心に亀裂を生じさせる。続けて清浄なアリアが彼の耳に伝わって来た。静かにかすかに清水のごとくに心に沁み込んで来、やがてその胸をゆさぶるがごとくクレッシェンドを増して行く。培って来た、また凝り固まった思念はでなく、胸の奥にある何かがそのアリアを正しく聞き、そして理解した。「ああ、そうか…」男が独り言つ。「俺は仮面をかぶっていたのか。そしてそれはおそらく…俺が群衆とする他の人たちもそうなんだ。彼らも皆仮面をかぶっているんだ。いや、かぶらされているんだ。互いが無明であるがゆえの、排斥という仮面を…」うずくまっていた男の胸を慈雨が洗う。仮面をはがした男の頬を涙が伝う。積年の呪いを解こうとする男の胸いっぱいにアリアのフォルテシモが響き渡った。たまらず男は耳を覆っていた両手を顔に当て、涙を見られまいとする。うずくまっていた身はいつの間にか立ち上り、しかしおさえようもない慟哭に身をふるわせる… 。
「見て、あれ。あの男。泣いてんじゃない?ハハハ」「プータローめ、いじめられまくって、ついに狂いやがったな。アハハハ」通りすがりのアベックがしてやったりとばかりに(?)哄笑して行った。駅前の群衆も少なからずそれと気づくが、しかしどこか始めのアベックのようには反応しないようだった。彼を包もうとする光がむしろ遠目にこそ見えたためだろうか…? 

後日、すっかり人気の絶えた深夜の街角に「群衆の人」が、今は寝屋にこもってしまった群衆を求めてさすらう姿があった。ポーの描写通り、一人になることができない、群れから離れた羊のごとくに、不安そのものの呈をして通りをうろついている。と、そこにあの男が、怪人がどこからともなく現れ、するすると「群衆の人」のもとへと寄って行った。男は「君が求めている群衆とは失われた神の身体の意識だよ。互いに奉仕し合う神の身体の細胞として、また繋がろうよ」と、そう怖ず怖ずと申し出た。きょとんとして見つめる「群衆の人」に熱い缶コーヒーを差し出し、さらにタバコを一本すすめてもみるのだった…。
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