エッセイのプロムナード

多谷昇太

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アジア小説との出会い

蕭紅・蓮池3

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それはそれとしてではなぜこの作品を取り上げたのかと云うと、それはあくまでも先の中庸を射った作品としてそうしたのである。作者蕭紅は黒竜江省呼蘭県から夫・蕭軍とともに着の身着のままで文豪魯迅のもとに身を寄せた。その魯迅の援助で二人して作家デビューした時に撮った写真が今も残っている。作家らしく見せようと撮影の前の晩に蕭紅は徹夜して夫の為にルパーシカ風の衣装を縫った。みずからは写真屋の備具にあったパイプを(吸いもしないのに)こちらも作家らしく見せようとして咥えてみせている。茶目っ気というよりは、始めてプロ作家デビューする上での喜びと真摯さが為せるわざであったろう。は小豆に象徴された無垢の存在に、また蓮花池という天国の具現にこそ殉じたのだと思う。先に「抗日に生涯を捧げた」と紹介したのは著者紹介にそうあったからで、決してそれのみにおさまる人物ではない。他のプロフィールとして「中国フェミニズムの祖」などとも記されているが、それが他人から見た彼女の一面の像でしかないのと同じことである。彼女の実像をキャッチコピーするならば「(人間と人間社会への)疑問→抗い→追及」とでもなろうか。蕭紅は中国東北部の地主の子として生まれたがその父が決めた結婚を嫌い、昔ながらの中国封建性を嫌って、家から出奔してしまった進歩的な女学生であったという。しかしその後の二年間の放浪で辛酸を舐め尽くしたと記載されている。その後もあたかも日本軍の進撃から逃れるように上海から西安、重慶へと移り住まねばならなかったことと、共産党前身の出身者である夫蕭軍との軋轢などが、前記の彼女の作家像を形作ってしまったのだと思う。しかし後に(25才の折り)彼女は半年間ほど日本に留学さえしており、またフェミニズムというよりは夫蕭軍のDVに抗ったというのが実像で、畢竟(誰でもそうだが)この世の軋轢に悩み、毀誉褒貶に振りまわされながらも前記の根本命題である、人間存在の原点と理念を追い求めるに至った作家だったということである。小説「生死場」において弱き者、虐げられた者たちへの同苦同悲と、共有へと、やがて透徹して行く…。

※蕭紅は黒竜江省呼蘭県から夫・蕭軍とともに着の身着のままで文豪魯迅のもとに身を寄せた。その魯迅の援助で二人して作家デビューした時に撮った写真が今も残っている。作家らしく見せようと撮影の前の晩に蕭紅は徹夜して夫の為にルパーシカ風の衣装を縫った。みずからは写真屋の備具にあったパイプを(吸いもしないのに)こちらも作家らしく見せようとして咥えてみせている。茶目っ気というよりは、始めてプロ作家デビューする上での喜びと真摯さが為せるわざであったろう。
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