エッセイのプロムナード

多谷昇太

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アジア小説との出会い

蕭紅・蓮池2

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そんなある日「じいちゃん」は小豆を連れて街に出る。最近きびしくなった日本軍による風紀取締りに対して、「賄賂をやれば見逃してもらえる」という漢奸の言葉を信じて、墓から盗った銀の指輪を持参して渡し、合わせて行きすがら小豆に屋台で煮物を馳走しようというのだった。小豆のボロ服は破れてつくろいもせずお尻が半分見えるありさまだ。貧しく孤独な小豆にはじいちゃんがすべて。屋台の前で立ち止まり小豆に「(煮物を)食べたいか?」と祖父が聞くが内心手持ちの小銭で勘定が足りるかと逡巡もしている。「その時首を立てに振ったのか、横に振ったのか、小豆は忘れてしまったが…」と原文にあり、このあたりは祖父を思いやる小豆の心根を描くに絶妙の冴えというもので、蓮花池に寄せる小豆の想いの描写ともども圧巻である。日本軍憲兵に指輪を渡し、そのあとで別の品を金に換えてと思い直して、その場は食べさせずに行くのだったが、豈図らんやそれは果たせなかった。賄賂と盗みを咎められて祖父は鞭打たれることとなってしまったのだ。気配を察した小豆が床に転がって狂ったように泣き叫ぶのを、日本兵が思いっきり蹴飛ばした。壁まで飛ばされた小豆はいくばくもなく絶命し、祖父は絶望の無為のままに残される…。
 以上だがこれを以って歌劇「白毛女」のごとくに安易な(日本軍への)指弾に走るものではない。そこには‘鬼畜’日本軍へのマイナスイメージとなるような作者蕭紅の綿密な構成力が働いていよう。もちろん三光作戦等で実際に行われた住民皆殺しの日本軍の蛮行を、あるいは上海における殺戮などを否定するものではまったくないが、この鬼畜の行ないはなにも日本軍に限ったことではない。残念ながらおよそあらゆる戦場で、また侵略地で為された、また今も為され続けている、人間の持つ原罪に絡んだ、闇の想念の表出なのであり、あらゆるTPOを超えて、我々がみずからして変え行かねばならないものである。この意味でなら蕭紅の構成に大いに組するものである。

                 【蓮池】
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