自らを越えて 第一巻

多谷昇太

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丹沢行(1)

F1アタック

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もう一度わざわざ降りて来て俺を見守るとは心外だったが黙ってうなずき大伴さんの肢体に注目する。共に沢登りをすると決まって来ひそかに願っていた大伴さんのあられもない姿。着ていた黄色のジップアップブルゾンと思しきヤッケはすでにリュックの中にしまっていて、いまの姿はキャメルとブルーをシングルブレストチェック柄で交差させた、洒落た登山シャツとGパン姿になっている。これを目をそらさずに堂々と見続けていいとは…俺は思わず喉ぼとけを上下させてしまう。何かしら嫌な感の働くカナがこれを見逃さず薄ら笑いを浮かべたが俺は『見本を見せると云うのだから仕方ないじゃないか』と心中で都合のいい反発をしこれを無視する。しかしそんな俺の邪(よこしま)な想像などいっさいおかまいなしに大伴さんは水が膝近くまである滝壺の中へとジャブジャブと入って行く。滝の真下に立つと「いい?この落ちて来る滝の水には入らないで。そして出来るだけ濡れないようにして行ってね。(ふり向いて滝を見ながら)こっちの右側にガバがあるからまずとっかかりは右側から行くこと」「ガバって何ですか?」と聞くカナに「ガバというのはホールドのこと。つかみやすい窪みや突起があるっていうことよ。このガバを目安にしてこのあとの滝も登って行ってね。いい?じゃ登って見せるからね。実際にやってみれば全然平気だからさ…」と云い残して大伴さんが登り始める。形のいい腰と(日本人にしては)長い足を惜しみなく見せながら滝の左岸(右左は滝の上流から見て右側を右岸、左側を左岸と云う。だから下から見れば逆呼称となる)の中途まで行くと我々にふり向いて「ここでね、こうやってステミングして…あ、ステミングというのはこうして足を伸ばして滝を跨いで対岸に移ることね」と云い、大股を開くと簡単に右岸へと移って見せた。「おう、おう、隊長さん。いい眺めじゃねえかよ」とカナが余計なことを小声で俺に云う。しかし蓋し云い当てズバリなのだが。ぜんたい俺は女の子に話しかけることも出来ない意気地(いくじ)なしのくせにこういった女性の身体への思い入れは人一倍あるようなのだ。
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