自らを越えて 第一巻

多谷昇太

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丹沢行(1)

よし、行くぞ!

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 ここから北へ1キロほど行ったところ、住宅街が尽きて大秦野カントリークラブの芝生が現れる辺りに定源寺というお寺がある。その門前に50センチ四方の黒板が翳されていて、そこに(おそらく)毎日寺の住職がひとつの教えを書いてくれているのだった。今日のそれは「栓抜きのような人間になれ。普段まったく見向きもされないが、居なければ人々が困るような、そんな、栓抜きのような人間に」とあった。毎回身に染みる教えなのだが今日のそれは特にそうだった。もしこのような人であったならその人には〝自分〟など悉皆あるまいな。おそらくすべてが他人指向の、利他の、仏か菩薩のような、太陽のような人であるに違いない。はたしてなれるかな?そんな人に。弱くて未熟の極みのような俺にとってそんな境地は未だ夢の夢。いまはまだそれを設定したような丹沢縦走を果すまでさ。ふふふ。さて彼方の山脈の山ひとつひとつをこれから超え行くとするか。立ちはだかるそれぞれの頂きはきっと俺の未熟さのシンボルであるに違いない。それら自らのカルマを俺は必ず、超え行かねばならない。俺は両のショルダーストラップに左右の親指を入れてパチンとひとつ弾くと「よし、行くぞ!」とばかり二ノ塔尾根を目指して歩き始めた。そんな俺の脳裡に一瞬、励ますような大伴さんの笑顔が浮かんだことだった…。

              【秋晴れの丹沢景色】
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