自らを越えて 第一巻

多谷昇太

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マドンナ、大伴朗子(おおともあきこ)

全身硬直の村田君…?

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超根暗でまったく覇気の無い俺のどこにそんな図太さが残っていたものか、俺は2人をまったく無視して大伴さんの手を握る右手に力を入れ、さきほど同様に彼女を我が身に引き寄せていたのだった。剰え、今度は最後に繋いだ手を離して隣のパートナーに譲る局面に於ては一瞬でもその手を話さず、彼女にたたらを踏ませてしまった。わずかにズッコケた風を装いながら、また失笑しながら離れ際に大伴さんが俺の顔を見た。その目は俺にはどこかとても印象的で、何と云うべきか、恰も『君をインプットしたぞ。心に止め置いたぞ』とでも云いた気な視線だったのだ。それが良い印象でのそれなのかそれとも真逆なのか、いかにも捉えどころのないものだったのだが…。
 さてここら辺りで往時から今にバック・トウ・ザ・カレントしよう。ここはバス停で、いきなり俺の名を口にした大伴さんが目の前にいる。ちょうどあの時と同じ、不思議な眼差しを目に宿しながら(?と俺には思えたのだが)。「あのう、村田君…じゃありません?」の問いかけに「あ、はい…そ、そうです。村田です」とだけ答えて、あとは真ん丸に見開いた目と緊張した全身でもって『な、なぜ、俺の名前を知っているんです?!』という驚きと疑問を露(あらわ)にするばかりである。その大仰に驚いた様子を大伴さんの連れの2人が面白がって吹き出したがそれを尻目に「ああ、やっぱり、村田君だった。お久しぶりでした。私が誰だか…判りますかね?」と生真面目に聞いてくださる。判るも何も始めの一瞥でマドンナ大伴さんを色別出来ないやつは我が高校の男子生徒にはいないだろうし、ここいら近所の現役の男性に於ても同様だったろう。はい、はい、はい、もう…もちろんです!とでも云ってその御名を口にすべきところをしかしそれがた易く出来ない。なぜならば本人を前にしてその名を口にすることはこれが始めてだったからだし、なお且つ彼女が俺の名を知っていたという感激に未だ浸っていたからだ。俺にどもり癖は本来ないのだが猛烈にどもって返事をした。「は、は、はい。わ、わ、わか、わかります。お、お、おお、大友さん…で、です」連れの2人の女の子がついに声を立てて笑い出した。
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