人生和歌集 －風ー（１）

海を渡る風

大人（たいじん）と小人（しょうじん）

あった方がいいと松山から云われて作ったズーリックと大書したボール紙を持って我々は通る車群にオートストップのサインを送ります。しかしむさい？男３人連れともなるとどの車も仲々止まってくれません。数十分も経つうちに私はすっかり嫌気がさし「もう止そうや」などと弱音を吐き出しますが、松山も交通公社の男もいっかな同意しませんし、私のことを呆れたように見るばかりです。『気弱いやっちゃあ』と松山などは改めて私を認識したことでしょう。もし私一人だったら遠に諦めていたでしょうが、しかしやがて幾許もなく一台の車が我々の目の前にスルスルとやって来て止まってくれました。見れば銀色に輝く高級車、メルセデスベンツ。私はただ口をあんぐりとするばかりでした。運転をしていたのは細君を伴った７０才くらいの紳士で、気構えることも何もなく、泰然自若といった感じで我々を招じ入れてくれたのです。車中では「国籍は？旅行中？」とかの問い掛けから始り、運転に専念気味の夫君よりは主に奥様との間での会話となりました。私は気を使いまくっていちいち相槌を打ったり愛想笑いに努めるのですが如何せん英語の習熟度にとぼしく、夫妻の云うことは余りよく判りません。しかし同行の交通公社の男が流暢な英語を使い会話を受け持ってくれたので助かりました。相槌や愛想笑いだけで済んだのですがしかし一方松山は？と見るとこちらは両腕を胸に組んでただ悠然としているばかり。夫妻に媚びることもなく、世辞を云うこともしません。改めてその大人（たいじん）ぶりに私は感心したものでした。人と形が違うと云えばそれまでですが、果してこの辺のところに今迄と、これからの人生における差というものが出るのでしょうかね…？とにかく、こうして我々は無事ズーリック市へと到着したのでした。

いかならむかく気遣ふ我の身のいづちゆ来たりいづちへ行くや

【前々ページにも掲載しましたがこれが現在のズーリックのＹＨです。４６年前のそれはこの建物の1/4か1/5のスペースしかなかった。それでも１Ｆの通りに面した側は総ガラス張りのモダンなもので、中の設備も綺麗さもバーゼルとは雲泥の差でした。到着以後ここが私のホーム然としたものとなったのです】