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海を渡る風

律義な松山

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相方はいちはやくして抜け目なくズーリックゆ伝手を得もどり来ぬ

※メリー・ルーだのパゴスだの薬売りだのと、自分の置かれた今の状況を顧みないような悠長な私と比べ、相棒の松山氏の行動は早かった。例の、このバーゼル・ユースホステルのふざけた受付係(女の子を膝の上に乗せていちゃついていたインド人)から「ズーリック(チューリッヒ)に外国人専門の職業紹介所がある」という情報を得るや否や、「どうもここよりズーリックの方がよさそうやね」と私に同行を誘う。しかし〝動けば金を使う〟という強迫観念に憑かれていた私は確実な話でなければ同意しかねた。まして〝あの〟インド人なら尚更だった。ところが「おもろいやっちゃあ」とばかりそのインド人を評価していた(この表現が松山氏が人を認めた時の云いまわし)彼は「ほな、わし一人だけで(ズーリックへ)行ってくるわ」と云い残し私を置いて、単身でズーリックへと旅立っていたのだった。そんな彼を『最早帰ることもあるまい』などと半ばあきらめていた私だったが、しかし何日か後に彼はひょっこりと戻って来た。「あちらで正解や。あちらに職業紹介所があるで。第一あっこのユースは日本人の溜り場や。いろいろ情報がもらえるし…行こうや」と私を促す。職業紹介所の存在という夢のような、頼もしいことこの上ない言葉に嫌も応もなく、私は同行を決めた。ところで、これはあとから気づいたことなのだが、彼松山氏は何もわざわざズーリックからここバーゼルへ戻って来る必要などまったくなかったのだ。そのまま向こうでバイトを探せばよかっただけのこと。それを律義に〝相棒の約束〟に鑑みて文字通り〝私のために〟戻って来てくれたのだろうに、往時の私ときたらそれへの思いを致すことさえ出来なかった。まったく、これに限らず私の〝恩知らず〟ぶりは多々再々に渡る。この私における第一の悪を、業を、何年か後に、ここより遙か離れたタイの地で、いとも尊きワット・パクナムの御住職に私は諭されるのだが、まあそれは先の話である。

【現在のチューリッヒ・ユースホステル。一泊5772円で受け付けは24hオープンだそうです。往時は一泊500円で厳しい門限もあった筈…隔世の感があります。尤も約半世紀前のことですからね(笑い)】
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